第八話 天空騎士と商人
ローラン連邦はいつ、どのようにして成立したのかは定かではない。古くは新石器時代から居住が始まったことが考古学的に確認されており、大陸からの移民ではないマーモル島の現地人のことを古の時代より蛮族として呼び蔑んできた。
彼らは自らの体に龍を宿し、龍を乗りこなす龍騎士や、天馬に認められ空を翔る天空騎士としてその歴史を築いていた。
カカ山脈の麓にある天馬の森、そこ龍騎士サロニカの姿があった。父であり里長のスピネルの助言の下、天空騎士の助力を得るために訪れたのであった。
「まぁ、話はわかった。たしかに龍人族は古くからの友であるが、その強大な力の代償に龍熱を患うというのは広く知られておる」
そう話すのは天馬の森の森長であるディノスである。
「我ら天馬を翔るものはそういった病とは無縁であるが、龍以上に乗り手を選ぶからな、しかも戦に強いとはいえん。お前の旅に同行させてもたいした力になれるか・・・」
サロニカは森長の言葉にあまり良い感触がないことを残念に思った。同じカカ山脈に住む者同士ではあるが、小国の争いが絶えないローラン連邦ではお互い傭兵として戦うことも日常である。
必ずしも協力が得られるわけではないとわかってはいた。だが、交渉できるのであれば最後まで諦めない。それもまた勇気のひとつの形なのだ。
「そうですか・・・では、傭兵として雇うことはできませんか?」
「ううむ・・・すまんがこの里の戦士は全てで払っておってな、最近はまた争いの予兆を感じ取っておるのか小国群の動きが活発なのじゃよ」
「おられないのではしかたありませんね、わかりました色々とご無理を申してしまい申し訳ない」
サロニカは天馬の里の協力を得られることを早々に諦める。退くも勇気だ。
「もしかしたら首都のクロラインであれば暇をしている天馬騎士もおるかもしれん・・・紹介状をしたためるゆえ直接交渉なさるがよかろう」
ディノスもまた申し訳なさそうな顔をしていた。どこも生きるのに必死なのだ。
サロニカは天馬の里を早々に辞しローラン連邦最大の都市クロラインへ飛んだ。
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ローラン連邦最大都市クロラインまでは天候もよく風に乗り8時間ほどで着いた。
さすがにクロラインは連邦最大の都市だけに巨大な街で、その賑わいは里と比べるのもおこがましいほどであった。
山の斜面に出来た都市ゆえに王城はそびえるほどに高く周りの町並みから飛びぬけて高く突き出ているように見えた。
「ここがクロラインか、思ったよりも栄えているな」
サロニカはひとり呟き、都市の門前に舞い降りる。都市の入り口には周辺小都市からの荷車や商人たちが、一人づつ検問を受けていた。
龍を空に還し、順番を待っていると近くにいた商人に話しかけられる。丸々と太った身体に背中にリュックを背負い、商品を満載した男はサロニカに興味があるようだった。
「もしもし、龍騎士様であられますか?」
サロニカはどうしようかと思いつつも龍を見られてとぼけるのも無理なので、仕方無しに応える。
「いかにも龍騎士ではあるが、いまは里長の命を受けておる身、傭兵稼業はしておらんぞ」
すると商人は、にこやかな笑顔を絶やさずに小さな声でささやくように話しかける。
「するといまは国に所属していない龍騎士様ですな、それは好都合です実は折り入ってお願いがございまして・・・」
「我は怪しい商売には手を出すつもりは無い、いまは大義によって動いておる」
「決して怪しいものではありませんが・・・まぁ、お話だけでも聞いていただければお食事などをご用意させていただきますよ」
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商人に連れられて通された部屋は客間のようで、豪華な調度品が並べられていた。大きさはサロニカの家ほどもあり、クッションのよくきいたソファーやら、桐の木に何重にも漆を塗って固めた大陸性の広いテーブルが並べられている。
ガラスの開きのついた棚には、高価なワインやブランデーが並び、色つきガラスのグラスも用意されている。壁には名匠の手によるものだろう、降魔との戦いを描いた巨大な絵画が一面に飾られ、他の壁面にもそれに劣らぬ高価な装飾の品が並べられていた。
窓側の壁にはステンド・グラスがはめ込まれ、さすがにローラン連邦の首都だけあるとサロニカをうならせた。
「これ、飲んでもよろしいんですか?」サロニカが棚に並んだ酒に目を輝かせる。
商人は、お好きなのをどうぞとばかりに手を差し出す。
「商談がうまくいけばお好きなだけお飲みになって結構ですよ」
サロニカはうろうろしながらも手を伸ばすか悩んでいたが、先に話が先だと商人に向き直る。
「ならば、さっそく商談にいきましょう。我は龍騎士の里長の息子サロニカと申します。詳細は明かせませぬが、里の危機に際し救うすべを探す旅を始めるところです、ただ恥ずかしながら・・・」
「ははは、わかりますよ、龍は食事が大量ですからな、その騎士たる者も大食漢であらせられるとか」
「その通りです、食事の確保は我らの急務です」
サロニカは居心地が悪そうに、ソファーの上に腰を下ろしながら辺りを見回した。
その時外から羽ばたきの音が聞こえ一人と1頭のペガサスが降り立ってきた。
あれは・・・間違いない天空騎士だ。このようなところに一体・・・そう考えているとしばらくして、扉をノックする音が聞こえてきて、一人の召使らしい男が入ってきた。
「ワタミ様、メルクリス様がお着きでございます」
「おお、すぐにお通ししろ」
ワタミと呼ばれた商人はうれしそうな様子で呼びにいかせた。
その様子を見ていたサロニカは天空騎士メルクリス・・・どこかで聞いたことがあったか?と思いふけっていた。
天空騎士とは天馬の里にいる天馬に認められた者のことをいう、天馬は純真な心を持つものにしか背に乗せることがなく邪なものには心を許すことが無い。
サロニカの前に現れたのはまさに純真さを形にしたような少女であった。
「私に御用があると聞き及びまして、参上仕りました」鈴の音のような声をした少女は見目麗しく、金色の髪に白い肌をしたローラン連邦出身ではありえない白い肌をしていた。
ローラン連邦で蛮族と呼ばれているものは皆肌が浅黒いのが特徴であるのでこの少女は間違いなく大陸から来たものの末裔だろう。
少女を見たワタミは顔をほころばせ握手を求めたり、髪をベタベタと触り始め、馴れ馴れしい様子で語りかける。
「いやはや、天空騎士の方をお願いしたのですがこのように見目美しい方だとわたくしも商談相手として喜ばしい限りですなぁ」
などといってにこやかに話しかけていたが、サロニカはあまりにもその様子が気持ち悪く、どうやって逃げ出そうかなどと考えていた。
「ワタミ殿・・・お邪魔なら失礼するが?」
そういって退席しようとすると、サロニカのことを失念していたのか咳払いをして、それには及びませんと少女に席に着くように促した。
「えー実は危急の用件がございましてな、お二人には運んでもらいたい荷があるのです」
「まぁ、そうだろうな二人も空を飛ぶものが必要な理由はそれしかあるまい」
サロニカはさも当然だろうと首肯する。
「わたしもそれしか聞き及んでおりませんが、詳しい理由を伺っても?」
メルクリスという少女はきちんと裏を取る慎重な性格のようだ。
「そうですな・・・商売の種は明かせませんのですが一応国同士の取引に関わるもので違法性はないのですがなにぶん荷を狙うものが多すぎてなるべく街道を通りたくないのですよ」
ワタミはそういって一通の書状を見せる。
「これはローラン連邦より発行させられた上空通過許可証です。これがあれば国の国境を越えても不法侵入に問われることはありません」
サロニカは書状を受け取り中身を確認し少女に手渡した。
「なるほど、たしかに違法性はないようだ、どのような代物かは興味がないこともないがそれを聞くのも野暮と言うもの、ただし、この書状には目的地が書いておらん」
「荷は明かせず、目的地も不明ですかとなるとどなたか同乗されるのですね?」
少女はとんでもないことを口にした。
同乗?龍にも天馬にも乗ったことのない素人が我々と共に空を翔けるというのか?
確かに二人乗りはできる。熟練の騎士ならばバランスを取って落ちることもないだろう、しかし空酔いだけはどうにもならない。
「我々天空を翔けるものはそれこそ血のにじむような修練の先に心通わせ乗り手となったのだ、同乗者には命がけの旅になろう」
サロニカはワタミを見つめ、諭すように言葉を述べる。
「それでも、ですよこの荷を届けることはそれだけの価値があります。そして私が行かなければ意味のないものなのです」
だが、ワタミの決意は変わらずにこやかな笑顔のままであった。
「わかりました、これ以上は聞きません。私たちはあなたの指示通りに天馬を飛ばせばよろしいのですね」
少女は納得した様子ではなかったが、ことの成否に関わらず報酬がいただけるならかまわないといった。
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ワタミとの細かい交渉が終わり、いったん正式な契約書を作成するといって部屋を出たときにサロニカは少女に話しかける。
「失礼、自己紹介をする間もなく今更で申し訳ないが、我は龍の里のサロニカと申す、この鎧の示すとおり龍騎士の一員であるが、若輩者ゆえいまだ都の流儀には慣れぬ。真にこのようなことがまかり通っておるのかご教示願いたい」
少女も気の張った交渉事だったのか少しほっとした様子で答えてくれる。
「お初にお目にかかります、天空騎士メルクリスと申します。わたくしも所属している天馬騎士団からの要請で派遣されたのですが、このような所業は初めてごとでございます」
どうやら彼女もこのようなことは初めてだったようだ。
「そうだ、天馬の森の森長ディノス様からこのような紹介状をいただいておるのだが・・・他の天空騎士殿でもよいがご紹介願えないだろうか」
拝見しますとメルクリスは紹介状の裏を確認する。どうやら封印と宛名を見ているようだ。
「なるほど、これは確かにクロラインにある天空騎士団へ宛てた書状ですね。出発までに暇があるでしょうから、団長にお渡ししておきましょう」
「かたじけない、なにかお礼ができればいいのだが、あいにくと貧しい里から出てきて食事もままならず、何も無いのだ、なにかそれがしに出来ることがあればおっしゃっていただきたい」
「お礼・・・ですかそうですね、一度飛龍に乗ってみたいのですがどうでしょう?」
「あ・・シャーナが・・いえ実は私の龍は風龍ガゼルの娘シャーナなのです。いい娘なのですが嫉妬深くて、匂いも嫌がるほどでして、あまりほかの女性を乗せたがらないのです」
「ふふ、そうですか私の天馬ペテロも他の男性を乗せようとはしませんね。まぁそれならひとつ貸しにしておきます。いずれ認められるときがきたらということで」
二人は頷きあい、同じ天空を翔るもの同士ということで色々なことを話していた。その様子を扉越しに聞いていたワタミのことも気づかずに。
一人の女に二人の男、一人は金持ちだが肥満体で気持ちの悪い男、一人は貧乏だが、鍛えられた肉体に優れた感覚を持つ同じ仕事に生きる男。
すでに波乱は起こるべくして起こっていたのだった。
ディノス:天馬の森の森長、慎重な性格であり長年の付き合いである龍族を救いたいと思っている
ワタミ:天界十二使徒ハインスの弟子、クロラインでサロニカと出会い傭兵として雇う。
メルクリス:天馬騎士団の団員、ワタミからの要請で荷物の運び屋として雇われる。
サロニカ:龍の里の龍騎士、里の危機を救うため龍熱の治療法を探すたびに出る。ワタミと出会い目的地のわからぬ旅に同行する。