第七話 闇神官と闇精霊使い
犯罪者が島流しにされる場所エジャル島、その首都ダークプリズンに程近い場所に暗黒の神アモンを信奉する神殿がある。
闇こそ心安らぐ場所、生まれ出る全ての根源とし、混沌と悪徳の全てを許容し全ての行為を正当化する宗教であった。
だが、この闇神殿においては信者たちは規律正しい生活をしていた。およそ上下関係などは他の神殿よりも自ら律しており、身寄りのない者たちへの保護も厚く、神官たちも信者に対しては暖かく接し、行く場のない者たちの最後の拠り所としての意味合いが強くなっていた。
その本神殿の入り口にミノタウルスの暗黒騎士カインはいた。
彼は元天界十二使徒であるシリウスの義理の息子であり、暗黒騎士隊の隊長でもある。だが彼はその職務を退き、冒険者として探索の旅に出たいと申し入れたのだ。
そしてそれは許され、旅の仲間を集めるためにアモンの神殿に訪れたのだ。
「これはこれは、カイン様いつもご苦労様です。先日も多大な寄付を頂き我々神官、信者一同感謝の念に耐えません」
そう話しかけたのは闇神殿の最高司祭ドーゼンであった。彼は元々正義と審判を司るジャッジ神殿の司祭であったが不正に手を染め追放されたのだが、エジャル島でシリウスに見出され最高司祭まで上り詰めた人物である。
「なに、俺には金など必要ないからな、必要なのは俺の渇望を埋めてくれる強敵だけだ。そしてそれは一人ではたどり着けぬ場所にある」
カインはそう答える。ドーゼンにはその受け答えで用向きはわかるはずだ。カインがミノタウルスであり人前に素顔を晒せないことをドーゼンは知っており、さらに並の人間よりも冷静な判断力があることを理解している。ならばこれで十分なのだ。
「ほっほっほ、ついに旅立たれますか、たしかにシリウス卿からは闇神官たちに戦争への動員令もかかっておりますし、仲間を募るならば今が最後の機会でしょうなぁ」
ドーゼンは笑顔でそう答えると辺りを見回した。
「そうですな、候補者を募ってもよろしいですが、果たしてカイン様のお眼鏡にかなう者がどれだけおりますでしょうか・・・あやつならばお役に立てるかもしれません」
「手間をかける必要もあるまい、ドーゼン殿の推薦であればお会いしてみたいのだが」カインがそういうとドーゼンはうなずき、それならばと一人の男を呼び出した。
「彼の名はダクマ。現在は神官に留まっておりますが、こたびの旅を完遂することを条件に司祭の地位につけたいと思っております」
ダクマと呼ばれた男の体格は大柄で短髪の黒髪をしており厳つい表情が全ての感情を消し去っている。
黒い神官服に身を包み、同じ色のズボンを身につけている。手には黒のつや消しを手甲を嵌め、足にも黒革の短ブーツを履いている。そのブーツの底には柔らかい動物の毛皮が貼り付けてあり、足音を消すに最適の作りをしている。もちろん、滑り止めの役割も果たしていた。
「お呼びですか、ドーゼン様」
低く、そして響く声が神殿内にこだまする。
「こちらはカイン様、我らに多大な寄付をしていただいておるお方だ」
「存じております、暗黒騎士隊の隊長であり並々ならぬ膂力の持ち主だとか、たしかにその背中の斧を自由自在に扱えるのであれば脅威としか思えませぬな、とても人の成せる業とは思えませぬ。よって魔族でございましょう、さらにその背丈に胸の厚みからしてミノタウルスかデュラハンといわれてもおかしくありません」
ダクマは感情のこもらぬ表情で淡々と応えた。
闇神殿は難民や犯罪者の孤児たちを積極的に保護しているが、彼らは幼少の頃から様々な状況における訓練を積み命令があれば使える駒としての生き方も教わる。
そして、各地に潜む闇神殿の神官として各地に派遣され様々な任務を行うのだ。
ダクマはその中でもとびきり使いにくいという評判であり、どの支部でもうまくいかずに本部に戻されていた。
カインはこの男を見た瞬間、神官というよりはモンクに近い存在だろうとあたりをつけた。
「ふむ、自己紹介はいらないようだ、では俺もお前についての感想を率直に申し上げよう。お前はいわゆる己の拳で近接戦闘を得意とし、軽い道着を着込み、素手か手甲で戦うモンクつまり武道家だろう、お前は武道を通じて心身を鍛え悟りを開こうとしている。それには一にも二にも近接戦闘能力が求められる。冷静かつ的確に拳を繰り出す判断力、敵の攻撃を避ける身のこなし、物怖じしない勇気、もちろん体力も必要だ。性格的には、体を動かすのが好きで臨機応変、理論より経験から物事を考える、目に見える形で結果が出ると満足する、好きな事のためには危険も顧みない、といった性格ではないかな?」
さらにカインは分析を続ける、
「お前の報酬は金貨200~300枚程度、これはお前の実力からすれば低すぎるが、他のパーティーに加えてもらったり、ギルドで仕事を斡旋してもらったりと、仕事は自分で取ってこなければならない。戦士や武闘家の役割はかぶるため、熾烈な就職競争をしなければならない事もあるだろう。魔法使いや僧侶などと違い、一人でも戦える独立性が高い職業だ。孤高を貫くことも、チームワークを大切にする事もできる。自由度が高いのは大きな魅力と言えよう。また戦士と違って武具を揃えなくてもいいため、金欠になることもない」
二人はお互いの視線をぶつけ合い、探るように見つめあう。
先に口を開いたのはカインだった。
「ふっふっふ、いやまさかこうも簡単に見破られるとは思わなかった。先ほどは自己紹介はいらんといったが改めてやらせてもらおう」
そういって顔をすっぽりと覆っていた冑をはずす。ミノタウルスの顔が露になり、二人の人間の前に晒される。
「ミノタウルスの暗黒騎士カインと申す。先ほどはさかしいことを申してしまった申し訳ない、そして改めてお願いする。あなたが必要だ、私と一緒に秘宝探索の旅に同行して欲しい」
「こちらこそ不躾に余計な詮索をしてしまいました。闇神官のダクマと申します、私をあなたの旅の一員にお加えください。」
こうして、闇神官ダクマを仲間にしたカインは闇神殿をあとにする。向かう先は闇の森ダークフォレストである。
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エジャル島の北に広がる闇の森ダークフォレストにはダークエルフの里があった。かつては本島にも里があったらしいが、現在ではこの島に残る里が最後であった。
ダークエルフは迫害の歴史を持つ種族であった。彼らは光の種族といわれるエルフやドワーフたちから忌み嫌われ、エジャル島でようやく里を持つまでになったがこの土地は元々強力な妖魔が住み着き、非力なダークエルフだけではとても維持できるものではなかった。
そこでダークエルフは人間と組むことを覚え、下級の妖魔を従える術を教わり、勢力を拡大することができたのである。
ただし、定期的に妖魔の出現を抑えるため、噴出孔であるダンジョンの管理という仕事も同時にしなければならなくなった。
そのように忙しく里の維持だけで汲々としているダークエルフにとって今回の話は到底受け入れられるものでなかったのも当然であろう。
「我らにそのような余力は無い!」
声を荒げているのはダークエルフ族の族長の側近である若いダークエルフだ、まさに次代を担うというところなのだろうがいかんせん相手が悪かった。
カインは一瞥もせずダークエルフの族長であるガビエンに向き直る。
「シリウス閣下はマーモル島本島への侵攻がかなえばカナン王国にあるエルフの森をそちらに任せるとお約束している。このような妖魔がうろつく森にしがみつくことはあるまい」
ガビエンはハイダークエルフの最後の生き残りと言われている種族であったが、高齢のためもはや現状を理解していないように見えた。
その代わり若いダークエルフが否定的な意見ばかりを述べてくる。
「たしかに本島への侵攻の際には我らも含め多くの戦士たちを供出するとは約束した。だが、お前の冒険譚の手伝いなどという夢物語に付き合っておられるほどヒマではないと言っているのだ!」
「夢か、たしかにそうかもしれん。世界の秘宝を集め俺の手にかき抱くこと。それは俺の性ともいえるものだろう。だがお前たちが他人のことを言えるほど現実的か?」
「な、なんだとっ」
若いダークエルフは激昂しやおら剣を抜きかねない勢いだった。しかし相手がこの島の実力者の息子であり、さらに本人の実力もただものではない。その理性がなんとかその手を押しとどめていた。
「お前たちの現状はもはや詰みだ、これ以上の勢力拡大を狙うなら南に出るしかない、そしてそれはすなわち人間の領域に踏み込むかさらに東に進みボマル山の邪龍ギャドラの生息地に侵攻するしかない、ボマル山はわが父シリウスが封印をしているからこそ落ち着いておる。しかし、今後は父の援助は受けられぬ、マーモル本島への侵攻後はもはやこの島に戻るつもりは無いからな」
ぐぅの音もでないほどの正論で追い詰められた若いダークエルフはそれでも、あきらめない。
「だがマーモル本島での戦争に勝利するなどという保証がどこにあるというのだ、我々ダークエルフは森がなければ生きていけぬ。各地に散らばる黄金樹はいまやその数を減らしつつあるのだ、せっかくここまで切り開いた里を捨て去ることなどできようはずが無い!」
「黄金樹か、異界への入り口となる特殊な樹であったな、エルフは妖精としての影響が色濃く残っているからなときどき里帰りしたくなるという、俺もこの世界に召還されたミノタウルス族だ、ダンジョンに戻りたいと言う意思、もはや理性でどうこうなるものではないというのは理解できる」
「それならばこれ以上戦力の供出を迫るのはやめてくれ!」
「俺の目的はただの秘宝探しではない」
「よくわからんが、一体どういうことだ」
「この世界は異界からやってきた者たちがそれぞれの世界から門を通ってきたのだと俺は思っている。エルフやドワーフは妖精界から、魔族は魔界から、天使族は天界から訪れそして戻れなくなったものたちだ。
古代の人間たちに召喚されたものや神と呼ばれる存在に呼び出された者たちの末裔が龍族だろう。やつらの個体数が増えすぎれば俺たちではとても太刀打ちできるものではないからな、ではどうやって門を増やしたのか」
すなわち、とカインは若いダークエルフに圧力をかける。
「お前たちの種族を救う方法は二つ、黄金樹のある森を奪うか黄金樹を増やす方法を見つければよい」
「ま、まさか一万年に一度実を付けるかどうかという黄金樹の実が存在するのか!」
「そのまさかよ、わがシリウス閣下のご友人にして裏社会のボス、天界十二使徒の一人ハインス殿からのの情報だ、その信憑性は高いだろうな」
「そ、それさえあれば新たに里を開くことも可能だ」
「我々の目的は秘宝探索、そのひとつに黄金樹の実も加えるとし、見つけた場合はお前たちに譲ろう」
「う・・ううむ、確かに悪い話ではなさそうだ」
そこに半ば眠っているように見えた族長ガビエンが目を開き、一言つぶやいた。
「委細全て承知した。新たな盟約を結び、我が一族の戦士モースをお前たちに預けよう」
すると若いダークエルフはカインの前に膝を着き礼をする。
「我が名はモース、闇の精霊使いであり、槍を少々使います。盟約に従いカイン様にお仕え申し上げます」
するとカインは若きダークエルフに手を差し伸べる。
「うむ、お前の胆力は見事なものだ、必ずやお互いの目的を達するための力となろう」
こうして二人の仲間を引き連れたカインはマーモル島への交易船に乗って一路カナン王国へと旅立った。彼らこそが戦乱の前触れであると言うかのように。
ドーゼン:アモン神殿最高司祭、元々は正義と審判の神ジャッジの司祭であったが神殿運営費の着服をおこなったと糾弾され島流しにされた。
ダクマ:アモン神殿で育った闇神官、感情を出さず冷徹に任務を遂行する。武器は使わず体術のみで戦う。カインとともに秘宝探索の旅に出る。
ガビエン:エジャル島北部にある闇の森の里長、最後のハイダークエルフあり、高齢のためほぼ眠ったような状態である。
モース:闇の精霊使い、感情的になりやすく里の未来を憂いている。精霊術と槍を使う。カインとともに秘宝探索の旅に出る。
カイン:ミノタウルスの暗黒騎士、ダンジョンを廻り自分のルーツを探している。盗まれた降魔の剣を探索している。