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第四話 龍騎士

キャラ設定4回目

 山の谷間に朝日が差し込み、飛龍の里が薄明かりによって目覚める頃、気の早い飛龍達は喚きだし、山びことなってカカ山脈に鳴り響く。ようやく訪れるであろう春の陽気も標高の高いこの地ではあまり感じることができない。

 それでも高山に咲く花々は季節の変わり目をしっかりと感じ取っていた。


 飛龍の里はマーモル島南西部に位置するローラン連邦、カカ山脈の山中に作られた隠れ里である。平地はなく、切り立った山の間にロープが張り巡らされ、崖の斜面に木の杭を打ち込んで足場を作り、燕の巣のように張り付けられた家々に百人ほどのドラゴンライダーが住まっている小さな里だ。

 ここは風の精霊たちが集う風穴の地で、風の精霊に親しみを覚える怪鳥や飛龍の巣が多く作られている。


 この小さな里の周辺にはわずかな恵みしかないため5年から10年という長い周期で移動を繰り返し、その場所はよそ者ではわからないようになっていた。

 村人たちは、山からの木を切り出し、空を舞う鳥を狩ることでその糊口を凌いでいた。

 そしてこの里の最大の特徴は、龍騎士育成所としての拠点になっていることであろう。


 もうじき山を閉ざしていた風の気まぐれもおさまり、ローラン連邦各地から、龍騎士に憧れる若い男女の騎士たちが飛龍を得るために飛龍の里に押し寄せるだろう。

 飛龍の里の里長の地位にあるスピネルにとって、それは忙しい季節の到来でもあった。


 「旅にでるというのか・・・ゴホッゴホッ」


 スピネルは崖の上に作られた家の中に一人の客を迎えていた。龍騎士だけが着ることを許される龍鱗の鎧はスピネルの隣に鎮座し、彼は病床の為、麻で編まれたシャツを着ているだけであった。

 彼の顔はには六十余年もの歳月を重ねた人生の重みがそのままのしかかっているように眉毛と髭は白くなり、もはや表情を読み取ることさえ困難なっていた。

 それでも未だ判断力を失っておらず、横になりながらもしっかりとその目は客の顔を見つめていた。


 「はい、旅に出るつもりです」

 スピネルと向かい合っている客は短くそう答えた。

 成人したばかりの青年とも少年ともいえる身長で細身の体格、頬は痩せこけ、無駄な贅肉の一切の全てをそぎ落とし、青に染められた龍鱗の鎧を身に纏っていた。

 客は龍騎士であった。もちろんこんな体格の人間が他にいようはずは無い、龍に騎乗しスピードと航続距離を伸ばすためには自身の身を削る必要がある。日焼けした黒い肌、青い瞳が伏し目がちにスピネルに向けられている。

 元々この里のものは龍との混血だったのではないかと思われるほどの強靭な肉体と空における平衡感覚を備えている。しかし龍騎士になった者は龍との親和性が高くなると龍熱にかかり、寿命を縮めてしまう奇病にかかりやすいのだった。

 

 「なぜ、旅立つ・・・ゴホッ」

 スピネルは病床にありながらも、半ば形式的なやりとりになってしまったこの会話をやり遂げなければならなかった。この里の暮らしは苦しく、そして危険であった。かつて戦乱の時代には多くの龍騎士が誕生し、そして戦場で散っていった。

 スピネルの幼少時代の戦争は多くの龍騎士を抱えた国が勝つといわれ、ローラン連邦15ヶ国が先を争うように飛龍の里の協力を仰いだ。

 だが、35年前の『降魔戦争』が全てを変えてしまった。あれ以降、龍騎士の数は減り続け、里を抜ける者も後を絶たず、残った者も行くあてのない老人ばかりになった。

 次の移動は無理かもしれない。そう感じるほど里は死に瀕していた。


 「理由ですか、もちろんこの里を救うためです。高齢化が進み過疎化したこの里には新たな人間を呼び込むか産業を興す必要があります。それに龍騎士となってしまったらかかってしまう龍熱の謎を解きその治療法か予防法を確立する必要が・・・」

 若き龍騎士は鼻息荒く、力を込めてこぶしを握り締めた。その姿は細身の身体に似合わぬ使命感と悲壮感に満ちていた。


 「里の復興と龍熱の治療・・・おぬしの両親の悲願じゃったな、願いかなわず龍神様の御許に旅立った彼らもお主のような跡継ぎがおって安心して逝ったであろう」

 スピネルは孫の不憫な姿をつらそうにみつめ、この里の現状について思いを馳せた。

 「じゃが、わしはもうこの里のことあきらめておるのじゃ・・・ゴホッゴホッ」


 孫のサロニカが生まれたとき、斜陽にあった里も新たな希望を見出したように活気付いていた。サロニカの両親も喜びに沸き、里の秘宝である古代龍の卵に祈りを捧げていた。

 だが、その夜事件は起こった。両親はこの里に侵入してきた賊と戦い、敗れ、そしてその手傷が元で龍熱の発作に耐えられず。龍神の御許に召されたのだった。

 その時スピネルは風龍ガゼルの財宝を得るためにカカ山脈の南の果てに来ていた。里の財政難を救うためには余所から奪うしかなかったのだ。

 激闘の末、幸運にも風龍ガゼルと交渉が成立し、その勇気と里を思うスピネルの愛に感嘆したガゼルは財宝を一部譲り渡し、友となることを約束したのだ。


 スピネルの息子夫婦を失った喪失感は傍目にも痛々しいものだったが、残された孫を育てることが唯一の生きる目的となり、サロニカを二十年の月日をかけて龍騎士として立派に育てあげたのだった。

 サロニカもまた、祖父の教えを守り両親の無念を晴らす為に、龍騎士としての厳しい修行に耐えてきた。 

 サロニカは押し黙るとスピネルを見つめた。龍騎士は空を自在に飛ぶために養うのが恐怖心と克己心である。己をコントロールできぬ者に龍は付いて来ない。たとえ知恵は無くとも勇気だけは失ってはならない。そう語ったのは祖父だったはず、その信念はゆるがなかった。


 「ハァ、ハァ、サロニカよ、よく聞くのだ。龍熱は我ら里に生きる者にとっては避けられぬ運命、それにわしが風龍の元に赴かねば年を越せず飢え死にしていたであろう。この里はかろうじて延命しておるに過ぎんのだ。ましてやその隙に里を襲う者がいたこと、そしてお前だけが生き残ってしまったことがどうしてお前の責任になろう、それは龍神様もご存じなかった運命なのだ・・・」

  

 若き龍騎士の沈黙は解けず、ただスピネルを見つめていた。

 「わしも、高名な薬師であるラードン殿に龍熱のことを何度も相談しておる。はやり病なのか血統なのか、解決策はあるのか・・・ゴホッ」


 「ラードン様はなんと答えられましたか」サロニカは静かに尋ねた。


 「わしには詳しいことはよくわからんが、龍との触れ合いによって傷口に感染性の細菌が体内に入り身体の中で暴れている可能性もあり、龍と心を通わせることによる共感性パニック障がいではないかという見解もある・・ゴホッ」

 

 サロニカは絶望に沈んだ目をしているスピネルの顔を見た。祖父のことは物心ついたときから一緒にすごし、自分に生きるすべを教えてくれた逞しく、頼りになる男である。最近は病床に着くことが多くなり会話を交わす機会も減っていたが。それでも尊敬する唯一の人物であった。

 両親を失ったときは自分は生まれたばかりでその原因が自分には無いことはサロニカにも分っている。だが、理屈ではなく、サロニカはスピネルの無念さを晴らし里を復興させ龍熱を駆逐することが自分に課せられた使命であると感じていたのだ。


 「龍熱の原因を探ることは私には出来ません。医学のことは門外漢ですから。しかし速さには自信があります。それに我が愛騎、風龍ガゼルの娘シャーナも力を貸してくれます。彼女とならマーモル島全土だけでなくアルガレスト大陸まで渡れましょう、もしかすれば解決策が見つかるやも知れません」

 楽観的な見方であるが、龍騎士は引くということができない、圧倒的な速さで突き進むしかないのだ。

 

 スピネルはしばし黙考した。里の寿命は短い、自身ももはやいつ逝ってもおかしくない。せめて龍熱だけでも抑える方法が見つかれば余所からの住人を受け入れることが出来る。このまま座して待つわけには行かなかった。

 それに彼自身が広い世界に飛び立つときが来たのかも知れない。


 「ありがとう、わが孫サロニカよ。それではお願いするとしようか、わが里を救っておくれ」

 スピネルの言葉にサロニカの目が細く閉じられ、こわばっていた緊張が少しほぐれたようだった。


 「任せてください、必ず方法を見つけるか、原因を突き止めて見せます。治療が成功したらまたお爺様さまと飛龍で空を駆けましょう」

 サロニカは小柄なスピネルの手を握り、そっと涙した。


 「それで、いつ里を発つのじゃ?」

 「はい、ほかの里の者たちに挨拶をしてからすぐにでも発とうと思います」

 「旅は危険じゃよ。わしがかつて旅をしたときよりは平和になったが、それでも危険な魔獣はおるし、心無い人間もおる。気をつけるに越したことはないぞ、お前の無事を龍神様にお祈りしておくからの」


 スピネルも壮年の頃旅に出たことがある。それは決して楽しい旅ではなかった。それは戦いの旅だったのだ。マーモル島南西部の山中にある「いと深き深淵」から古代より封印されし異世界からの魔物『降魔』が解放され、マーモル中に死と災厄を撒き散らした。

 その『降魔』と戦う為に、彼は槍を手にとって旅立たねばならなかった。そして、激しい戦いの後に『降魔』を封印した功績によってマーモル最高栄誉の称号である天界十二使徒の一人として称えられるようになった。だが、その呼び名から逃げるように里に引きこもり、それ以来三十五年このカカ山脈から降りることはなかった。


 「ありがとう、龍騎士の里長様。ついでに旅の目的がうまくいくことも祈っておいてください」

 「どこを目指すのじゃ?」

 「バーナム王国の薬師ラードン様にお会いしようと思います。我ら龍騎士には道は無用、昼夜を問わずとばせば3日もかからぬでしょう・・・その後は商国家ジュエルにて我らの秘宝『古代龍の卵』の行方を追いたいと思います」

 

  スピネルは『古代龍の卵』という言葉を聞くとわずかに目を見開き、周囲を気にするようなそぶりを見せた。

 「それを滅多なことで口にしてはならんぞ、あれは『降魔戦争』において最終兵器として使われる寸前であったものを我ら天界十二使徒が命がけで阻止した代物じゃ、それも追うつもりならペガサスの森におる天空騎士にも助力を願うが良い、お前だけでは危険すぎる」


 それを聞いたサロニカは日頃見せぬ祖父の真剣な表情に身を引き締まる思いであった。

 「そのような危険なものを我らがなぜ預からなければならないのです」

 「あの時代、だれもが信じられるわけではない。何れ来る戦乱の世を少しでも遅らせる為に力を分散して持つことにしたのじゃ」


 サロニカは首を振り、半ば運命を呪うかのように天を見上げて涙をこらえた。

 「どこの欲に駆られた者かは知りませんが、親子にとって互いの存在以上の宝はありません」 

 

 龍の里の龍騎士であったサロニカが麓のペガサスの里に向かって旅立ったのはそれからしばらく後のことであった。彼が目指す下界の空は奇妙に薄暗く、錆色の雲が厚く垂れ込めていた。 

 

スピネル:ローラン連邦、カカ山脈にある飛龍の里の長、『降魔戦争』での活躍により英雄となった天界十二使徒の一人


サロニカ:龍の里の龍騎士、スピネルの孫、愛騎シャーナを駆る、龍熱の治療法を探し里の危機を救うために旅立つ、だが裏で里の秘宝である『古代龍の卵』の行方を探していることは秘密である。

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