第二話 エルフの精霊使い
キャラ設定二回目です。
地平線から太陽の日差しであろうと、闇の森はわずかにその木漏れ日を地表に伝えるだけであるが、迷いの森とも言われるこの森の中に点在する集落だけは日の光が差し込んでいた。 植物はその春の訪れを敏感に感じ取り、明るい黄色の花を咲かせている。
エルフの里はマーモル島の南東部中心にある広大な森林にある迷いの森の中心にある小さな集落のひとつである。
ここは風と水と木の精霊が集う豊かで温暖な地で、春の訪れは他の地域よりもはるかに早い。
この迷いの森には人間の狩人と木こりの村がいくつも点在し、森の動物たちを狩り、木々を伐採することで生計を立てていた。
ほかにはエルフ一族と交易、弓や薬草、希少な魔獣の売り買い、そしてエルフの美しさをひと目見ようとする観光客の宿泊所として旅館業を営んでいた。
もうじき森の恵みも豊かになり、甘い果実が実を付けるようになるとマーモル各地から交易商や材木商、観光客が押し寄せてくるだろう。
エルフの里の最長老の地位にあるぺルクスにとってそれは忙しい季節の到来でもあった。
「旅にでたいというのか・・・」
ぺルクスは巨木のほらをくり抜いた集落の会議所になっている場所で一人の客を迎えていた。青草色のローブをはおい、頭には蔦を編んだ冠を被った彼の姿はとても数百年を生きてきたようには見えぬほど若々しい。ただ、彼の表情はすべてを達観してしまったかのように動揺することなく泰然としていた。
地面に腰を下ろし、向かいの客の顔を見つめる彼の顔はこのときが来るのを予想していたようである。
「ええ、そうさせていただきたいと思っていますわ最長老様」
ぺルクスと向かい合っている客は短くそう答えた。
人間より明らかに背が高く痩せている体格。身体に不釣合いと思えるほどの小さな顔で白銀の髪がサラサラと流れている。その髪の先端は腰まで届いていて身じろぎをするたびにキラキラと光を反射している。
客もまたエルフであった。もちろんこんな体格の生き物が他にいようはずが無い、いくら日に焼けようと変わることの無い白い肌と金色の瞳がぺルクスに向けられている。
かれらエルフは数百年以上の寿命があるといわれているが、それは一部のハイエルフというわれる種族だけであり、エルフ、ハーフエルフとなればその数も増えるが寿命も短くなる。
かれらは堕落という言葉からは無縁の存在であり古来より同じ生活を繰り返し森と共に生きることを最上の幸福であると考える種族である。
その一員である彼女が森を出て旅に出ると言う、これは永い時を過ごしてきたぺルクスにとっても珍事であった。
「理由を伺ってもいいかな」
ぺルクスはそう尋ねつつ、自身も心当たりを探していた。いくら森から出ることはないとは言っても他のエルフの里との交流がないわけではないし、人間たちとの交易もある。それに里の危機ともなれば自ら弓をとり里の平和のために戦うこともある。
ただし、長老たちによる合議制によって交易も戦争決めているエルフたちにとって単独での旅というのはすなわち里を捨てると言うことであり、よほどの覚悟がなければこのようなことは言い出すことはない。
前に森を出た者は三十余年ほど前のぺルクス自身が『降魔戦争』に自ら赴いて以来のことであろう。あの時は二度と森へ帰れぬかもしれないと覚悟したほどの激戦であった。
「理由ですか・・・端的に言えば婿探しです」
エルフは鼻息荒く、力を込めてこぶしを握り締めた。全身から漲る婚活への意欲、嫁き遅れてなるものかという悲壮感ともいえるそのオーラは数十年分の怨念を溜め込んだ分さらに力を増しているようだった。
「まだ、あの男のことを引きずっているのか、お前のことは我らエルフの祖父たる黄金樹も見守ってくださっておる。必ず良縁にめぐり合わせてくださるだろう。しかし、エバンスとの見合いを破談せしめたのは運命だ、世話好きのエマおばさんもこればかりは手の施しようがないと言っていたぞ」
ぺルクスは娘を思う親の顔になり、かつてこの地にいた婿候補に思いを馳せた。
「わたしはお前が結婚することをあきらめておるのだがな・・・」
隣の集落のエバンスはぺルクスが目をかけていた青年であった。二十年ほど前にぺルクスの娘との婚姻話が持ち上がったときその事件は起こった。
彼はエルフの里に訪れた交易商の娘に一目ぼれし、恋の病という呪いをかけられたのだ。
その時ペルクスは黄金樹の異変を調査するために妖精界に赴き、次代の長としてのつとめを果たすべくシャーラも同行していたのだ。
ぺルクスの婿を失った喪失感は傍目にも痛々しいものだったが、それ以上にエバンスと数百年も共に過ごしたシャーラにとっては半身を失ったような衝撃であった。
その傷は二十年経った今なお、癒されることなくさらに醜く性根を捻じ曲げてしまった。
シャーラは黄金樹に足しげく通い二十年間仲睦まじく過ごす二人の姿を黄金樹を通して見つめては、怨念をぶつけてきた。黄金樹はマーモル島の木々すべてに繋がっており、これを通して世界中を見ることができるのだ。
ペルクスは無言でシャーラを見つめる。エルフは執念深く、数百年前のことも昨日のことのように覚えている。なまじ知恵があるぶん、彼らを別れさせ、自分とよりを戻す方法が必ずあると信じている。その信念だけはゆるぎなかった。
「のぉ、シャーラよ。我らが黄金樹の守護を任されている以上、私たちが異変の際に真っ先に駆けつけねば物質界にどのような被害が及ぶかわからぬ、我々が黄金樹は決して恵みだけを与えてくれる存在ではない、すべては循環なのだ。お前の留守中に婿を寝取る者がいたことが、どうしてお前の責任になるのだ。
それは黄金樹も予期しえぬ運命であったのだ」
シャーラは顔をうつむき沈黙を守りつつも、父の言葉に耳を傾けていた。
「私はお前の母にお前の望みことを何度も相談した、悪い女に騙されているのではないか、いつか破局するのではないか、いつかよりを戻してくれるのではないかと期待しておるとな」
「母はなんと答えられました?」
「わたしにはよくわからないが、恋の呪いは正体は恋に落ち、相手を好きでしょうがないという気持ちをつくる魔法薬らしい、そして、これが大量に摂取されはじめると寝ても覚めても恋人のことしか考えられなくなり、客観的に物事を見ることができなくなるらしい。
副作用として快感や多幸福感をうみだす。しかし、魔法薬の作用は長続きしない。2~3年ほどで効果が減ってくるのが普通らしい。そして、3~4年後には別れたり、正気を取り戻したりするというのである。
恋の魔法薬の効果が切れると減るとそれに代わって投与されるのが愛の魔法薬だ。愛の魔法薬は脳内に安心感や幸福感を与える魔法薬。長く付き合っている相手と一緒にいることで魔法薬の蓄積が高まりお互いを 「やっぱりこの人といるのが1番いい」 という気持ちにさせる働きがある。
つまり恋の魔法薬から愛の魔法薬を投与することにより恋愛の段階が「激しく燃える時期」から「愛を育む時期」に移行させることができるらしいというのがお前の母の見解だ」
シャーラは我が意を得たりと言うしたり顔でうなずいているペルクスの顔を見た。彼は昔から変わらず全ての現象を理論的に分析し、理性と論理の固まりのような男性である。その彼の顔が怒りに満ちた表情を見せるようになったのは娘の夫になるはずだったエバンスが駆け落ちしてしまってからだ。
その原因が自分にないことはシャーラにも分かっている。悪いのはあの女だ。だが、理屈ではなく、シャーラはペルクスに恥をかかせたあの女とエバンスを見返してやらなければならないと感じていたのだ。
「恋の呪いを解く方法は私にはわかりません。恋愛の機微については得意ではありませんので。しかし、容姿には自信があります。最長老である我が父と私に恥をかかせたあの二人を見返し、散々自慢してやるのです」
散々な物言いであるが、エルフはむやみに暴言を吐く種族ではない、ただ己の誇りと家族のために戦う種族なのだ。
ペルクスはしばし黙考した。人間の寿命は短い、すでに二十年が経ち、あの娘もエルフから見ればあとわずかな寿命しかない。エバンスはエルフなのであと数百年は生きるかもしれないが、彼については魔法薬で操られていただけなのでそれほど問題にはしていなかった。
「ありがとう、我が娘よ、立派な婿を探し出し我らの誇りを取り戻して来い」
父の言葉にシャーラは目を見開き、力を抜いて微笑んだ。
「任せてください、婿を必ず連れ帰って見返してみせます」
ペルクスは娘の肩を抱き、そっと涙した。
「それで、いつ里を立つのだ?」
「はい。一度家に帰って昼過ぎに立とうと思っております」
「旅は危険だぞ、わたしがかつて旅をしていたときは戦乱の真っ只中であったゆえ、いまはそれほど危険ではないかも知れぬ。だが、それでも気をつけるのだ、お前の無事を黄金樹にて見届けているぞ」
ペルクスが旅に出たのは三十五年前、それは決して楽しい旅ではなかった。それは戦いの旅だったのだ。マーモル島南西部の山中にある「いと深き深淵」から古代より封印されし異世界からの魔物『降魔』が開放されマーモル中に死と災厄を撒き散らした。
その『降魔』と戦うために、彼は弓を手に取り、旅立たねばならなかった。そして、激しい戦いの後に『降魔』を封印した功績によってマーモル最高栄誉の称号である天界十二使徒と一人として称えられるようになった。
だが、その呼び名から遠ざかるように早々に森の奥に引っ込みそれ以来三十五年この迷いの森から出ることはなかった。
「ありがとう、最長老様、私の無事もよろしいのですが旅の目的がうまく行くように祈ってくださいましね」
「どこを目指すのだ?」
「とりあえず北のアムラン王国に向かおうと思います。あそこは歴史と文化の都、恋愛をテーマとしてお芝居も上演されているそうですので勉強になるかと、そしていずれは二人のいる商国家ジュエルに向かいますわ」
「そうか、ならば私からの使命をお前に授けたいと思う」
そして、二十年間秘密にしていた真実をシャーラに語りだした。
ペルクスの一番の懸念はあのエバンスが持ち出した秘宝であった。自然と共に生きるエルフにとって人間との価値観が一致することはあまりない。
エルフ里の特産品は森を荒らさない程度の薬草や動物、間引いた樹木などから作られる工芸品の類である。
どれも増えすぎては生態系を荒らしてしまうし、人間たちの干渉を防ぐためにも管理者としての役割で余剰になったものを人間との取引に使っているだけに過ぎない。
逆に人間側からエルフが必要とするものはほとんどなく、森の外に出て行く村人のために持たせるだけで、三十余年前にペルクスが軍資金として持ち出して以来溜まっていく一方であった。
そのような状況であるのにあの交易商の父娘は大量の貨幣でエルフの秘宝を買い取ろうとし、それがかなわなければ、エバンスを魔法薬で籠絡し、秘宝を盗み出させて逃げ出したのだ。
秘宝が盗まれた話はシャーラにはしていなかった。それどころか追っ手を差し向けることを禁じ、ただの駆け落ち話として収めたのだが、周辺のエルフに知られれば大変なことになるのは明白だった。
「あれは『降魔戦争』の際に使われた魔導機械のパーツとして使われていたものだ。当時この迷いの森と対を成す天空の湖とよばれた湖がローラン連邦の山中にあった。その中に沈んでいた黄金樹が実を付けたものそれが黄金樹の果実と呼ばれる存在だった。
大地と水の魔力を蓄えたそれは『降魔』生産工場の動力源となった。大量の『降魔』は空間を捻じ曲げ、各地へのゲートを通って出現したのだ」
それを聞いたシャーラは真っ青になり、「そのようなものを盗まれていたのですか!あのときの異変とはそれが原因・・・何ゆえ教えてくださらなかったのです」
「黄金樹は自らの意志で実をつけ、不毛の大地を蘇らせるために我らに授ける、こうなるのも運命だったのかもしれん、ただ、二十年経った今も黄金の実が芽吹いた様子はない、それが意味するところはわかるな?」
シャーラは首を振り、自身の婚活から幸せへの道のりの険しさを思い描き、負けるものかと思った。
「愛の為に道を誤り大勢の不幸の上に成り立った幸福などまがい物に過ぎないわ」
エルフの精霊使いであったシャーラが北に向けて旅だったのはそれからしばらくしてからのことだった。
彼女が目指す北の空は奇妙に薄暗く、錆色の雲が厚く垂れ込めていた。
ペルクス:エルフの里の最長老、三十五年前の『降魔戦争』での活躍が認められるも森の奥に隠棲している。
シャーラ:ペルクスの娘、エルフの精霊使い、数百年ともに過ごした幼馴染を寝取られその復讐に燃える。執念深い。