第十四話 追手
アムラン王国第二の都市コークス、これより北はエメルダス山脈の山裾になりテムスの村とダイクスの村、そして鬼子母神の神殿があり、春になれば巡礼者の一団が列を成して訪れ、エメルダスの鉱脈からとれる鉱石を引き取りに交易商がやってくるだろう。
だが、雪解けの始まったばかりのこの時期は、気の早い巡礼者がまばらに訪れるだけで、重い荷物を運ぶ荷馬車は道がぬかるんでいるためまだ出発できなかった。
そのような時期にフードをかぶった女と荷馬車の一団が北へ向かうなど怪しいの一言であり、王都アトスからやってきた捜索隊にとって見過ごすことのできない情報だった。
捜索隊はすぐさま北に追手を差し向けた。追手は不良騎士ゼノンであった。
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春の訪れを告げたはずの陽気は今日に限ってお休みしているのか、しとしとと降る雨の中フードをかぶった女がひとり、街道にたたずんでいた。
捜索隊の一員として同行していたゼノンは当たりだったかと安堵する。
いまの雇い主は金払いはいいが、気が短くそれに臆病者であった。まぁ天界十二使徒のひとり、怪盗マックに正面から喧嘩を売ったのだ。
それもやむなしとは思うが、賄賂を贈っている役人を焚きつけ怪盗マックの捕縛向かってみたもののすでに芝居小屋はもぬけの殻であり、どうやら南のカナン王国へと逃れたらしいという衛兵の話であった。
ではなぜ北にいるのか。
それはほとんどゼノンの直感であった。もちろん根拠はある。マックの動きが早かったのは自らの情報が取られると同時に自分にも伝わるような仕組みがあったのだろう。裏世界の住人であるマックは盗賊たちにも慕われている。だから、ジャーテン商会よりも早く正体を知られることを察知していたのだ。
しかし、自分が屋根裏で感じた気配は気のせいではない、その証拠に投げたはずの小柄が見当たらず、かすかに血のにおいがしていたからだ。
つまり、別行動を取った一味がマックに合流できずにアムラン王国内に潜んでいる、ということだ。
もちろんカナン王国との国境も見張っているだろうが、怪我人を連れて捜索隊より早く移動するのはまず無理だろう。
ならば、北のコークスからさらに、鬼子母神殿まで逃げ切れればとりあえず助かると思うだろう。アムラン王国でもあの一帯は自治をおこなっており、王国の権威が届きにくい場所だ、確実な証拠があれば別だろうが、ジャーテン商会のやり口を聞けば天界十二使徒の巫女マーラがアムラン王国に引き渡すとも思えない。
ならば、方法は二つ、コークスの街で捕らえるか、それができなければテムスの村、ダイクスの村に攻め込み引きずり出すより他は無い、後者の方法は手持ちの戦力では不安があり、さらに王国内の強硬派の連中も鬼子母神殿の信者たちを敵に回す恐ろしさも感じており踏み切れるかどうかわからない。
さらに近隣のドワーフ族まで敵に回ればこれほど恐ろしいことも無い。
できればコークスの街で捕らえることができれば面倒が少なくていい、ゼノンはそう考えていた。
そして街道を北に向かう荷馬車を背に、忘れもしないフードをかぶった女がいる。
大勢の前で大恥をかかされた相手でもあり、油断ならない使い手だ。
それにあの時は周りに大勢の見物客がおり、周囲に影響がある魔法の使い手でもあるエルフにとっては戦いにくい場所であったにも関わらず、剣の技だけで自分とやりあう技量もある。
今は、周りには荷馬車に御者と荷台に二人ほど人影があるが、戦闘が始まれば先に進んでしまうだろう。
街道だけは道がしっかりしているが、雪解けでぬかるんでいる道では馬が足を取られるかもしれないし、重装備の連中では追いつけまい。
それになにより恐ろしいのが魔法だ。
天気も雨でウンディーネやシルフ、大地もむき出しの場所なのでノームを召喚されれば、厄介なことこの上なく、地の利、人の和、天の時、すべてが不利と言えるだろう。
こちらで勝っているのは捜索隊の人数と装備だけだろう。
ならば・・・やることは一つだ。
俺は捜索隊の隊長に話しかける。
「なぁ、あれはエルフだぞまともにやりあっても勝てるかもしれねぇが、被害も大きくなるんじゃねぇか?ここはいったん交渉による解決が望ましいんじゃねぇかと思うぜ?」
隊長はゼノンをちらりと見ると
「そうか、エルフか・・・まともにやると被害が大きいのなら代表同士の一騎打ちで決めるしかあるまい」
「さすが、話が分かるね」
「お前とはたった二日の付き合いだが、人となりは分かるさ、斬りたいんだろ?」
「おたくほど俺の雇い主が話が分かる人間ならいいんだがなぁ」
「我らは王国の騎士だ、犯罪者は取り締まらなければならん、だがこのような有力な筋からの命令はあまり乗り気でなかったのも事実、ほどほどで逃がすつもりではあったが・・・」
「へへっ俺のようなお目付け役がいるからそうもいかなかったんだろ?わかるぜぇ、だからあくまでジャーテン商会の怪盗マックとの対立に際しては中立の立場を取るってんだろ?」
「そういうことだ、なに、賊は発見しておるし、向かう先も確定的だ。今後は自治のありかたも含めて北方安堵のいい口実になったであろう」
「じゃ、そういうこったエルフのねぇさんよ」
すると声が距離ではないにも関わらず、すぐそばで彼女の声が聞こえてくる。
「あら、気付いていたの?」
「シルフの魔法を使っていたんだろ、エルフの耳が良くったってこの距離じゃなぁ、とっくに射程範囲にはいっているのに攻撃をしてこないってことはこっちの様子を伺っていたんだろ?」
「そうね、でも射程範囲とはいえこちらが攻撃するそぶりを見せたらすぐに逃げるつもりだったでしょう?」
「おやおや、さすがに気付かれてたか、こっちは馬だからな、本気で切り刻むつもりでこられたら逃げ切れなかったかも知れねぇが、なに、その場合は俺が相手をしたさ」
「えらく自信家なのね?人工物のない自然の中でエルフを相手に勝てると思っているの?」
「たしかに不利だが森の中じゃねぇからな、それほどでもねぇよ。エルフの真骨頂は相手の姿が見えない場所からの奇襲戦法だが、見晴らしのいい大地に少々広がってもいい陣形がとれるこの場所は人間にとってホームグラウンドだぜ、俺たちが分散して荷馬車を弓で追い立てればお前さんの意識が分散されるからな」
「・・・それをしなかったのは大地がぬかるんでいるかもしれないという恐れがあったからね」
「そうだな、まだ雪解けとはいえどれだけ沈むかわからないところで突撃なんかして罠があったら身動きが取れないからな」
「それで、あなたは退いてくれるのかしら?」
「いや、無理だな、だがそれは俺だけだ、あとの連中は、見届け人ってところさ、結果はどうあれ荷馬車は見逃すしかねぇからなぁ」
「そう・・・ではしかたがないわね」
そういうとシルフによる遠話を切ったのか声はしなくなった。
その代わりにエルフの女性が弓を取り出し弦の張りを確かめているのが分かる。
ゼノンは昼飯でも食べてくるかのように軽く、「じゃ、いってくるわ」と隊長に声をかけ馬を下りる。
「この距離で弓を持ったエルフに一対一で勝てると?さらに魔法による補正もかけておればいかなる曲射も可能であろう」
「ああ、そうだな流れ矢には注意しておいてくれよ」
そういうとゼノンは歩き出した。
ゼノンは戦場を観察する。草の丈が短く樹木もまばらである。遮蔽物になりそうなものはないのでかわすか叩き切るしかないが、シルフの魔法のかかった矢は自由自在に曲がり、たとえ避けたとしても多少ならば方向転換が可能となる。適当に射出した矢が方向を変えて標的に向かってくるのだ。
しかも空気抵抗どころか押し出すように放たれる矢は遠距離であればあるほどその威力を増す。
エルフの弓と精霊術のコラボレーションは恐るべき武技として広く知られている。さらに森林であれば樹上にたたずみ、姿消しの魔法まで併用し、気配すら消してしまう。
それにくらべれば相手の姿と射出される瞬間がわかる今は戦力半減といったところであろう。
しかも、話を長引かせている間に雨が止みうっすらと光が差し込んできた。春の強い日差しに弓がキラリと光った。
ゼノンは立ち止まり、エルフの準備も整ったのを確認すると、ゼノンはいきなり両刀を抜き放った。
右手に小刀、左手に大刀という逆二刀であった。左手の大刀を垂直に立て、右手の小刀を横に寝かせて、ゼノンは左右へ蛇行しながら前進を始めた。
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シャーラは風の精霊の加護を願い、弓をキリリと引き絞り狙いも適当に放つ。
2本目を番え、3本目も用意し、速射、連射の構えである。
シャーラも森の戦士であり、自身の特性は分かっている。本来ならば森で隠れながら相手の隙を突くのが常道であるが、このような一対一でしかも弓を持たない相手など一方的になぶるだけで終わるはずだった。
シャーラは手加減など一切考えずに魔法を使い、矢のある限り打ち込んだ。
唸りを生じて、次々に矢が放たれる。さすがにエルフは弓の達人であり、すべての矢がゼノンの胸を目がけて的確に飛んでくる。さらに風の精霊の加護もあってそのすべてが一撃必殺の威力である。
だが、集中して速射される矢を、ゼノンは逆二刀の白刃がことごとく払い落とす。
距離が半分になったところで、ゼノンは急に走り出した。ゼノンの両足が地面をけりつけて、跳躍しながらの疾走であった。その間にもシャーラが放つ矢はゼノンの上半身を外すことがなかった。
だが、その矢を残らず払いのけられるのでは、いつまでたっても勝機の訪れがない。一方のゼノンはみるみるうちに、シャーラの目の前に迫ってくる。シャーラは、弓矢を投げ捨て腰に差していたレイピアに手をかけた。
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荷馬車に乗っていたポール、アメリア、ミリーの三人はシャーラ達から少し離れた高台でその様子を見ていた。
シャーラからは後で追いつくからと先に行くように促されていたが、シャーラ一人残して行く訳にはいかないと様子を伺っていたのだ。
「ありえない・・・なんであれを叩き落せるの?」アメリアは見ているものが信じられず驚愕の表情をしており、ミリーもまたあんぐりと口をあけたままその光景に驚いていた。
ポールはひとり冷静な顔をしており、状況を把握していた。
「あれは経験があるんだよ、たぶん弓の使い手に自分を撃たせてその速さと連射速度を身に染み込ませているんだろうな」
それを聞いたアメリアはさらに驚く。
「そんな経験普通はしないわよ・・・」
「まぁ、そうだろうね、でもあの二刀を使うスタイルで弓に対応することができるなんて天界十二使徒剣匠キャラインぐらいだろうからね、その縁のものじゃないかな」
「そういえば、逃げる直前にキャラインが親父とかなんとか・・・」
「そうか、それなら納得だな、かれら一門は有名な傭兵でもあるがもともとは剣闘士の流れを汲んでいる。ありとあらゆる武器、武芸の達人との様々な環境で修行を積んでいるはずだ。ただ、彼らのモットーはすべて金次第っていうところが僕らの一門とは相容れなくてねぇ、僕の師匠であるラードン様とは犬猿の仲だったはずだよ」
「そんなことはどうでもいいのよ!このままだとシャーラが危ないわ!」
「さて、どうだろうね、かたや数百年の時を修行に打ち込んできたエルフと三十年程度の人間とでは地力が違うよ、シャーラが本気を出せば負けるはずがないよ」
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勝負は一瞬で決まる。ゼノンはそう思っていた。たしかに飛来する矢はすべてが必殺の威力を秘めており、相手の狙いもほぼ正確である。やろうとおもえば目の玉だけを射抜くことすら可能であろうが、どうやら上半身に定めているだけのようだ。
下半身を狙わないのはなぜか?たぶんそれは技量ではなく、狩猟のクセが抜けないためであろう。エルフは弓を使うがもともと森の動物を狩るための技法だった。人を殺すためではなく、人よりもすばしっこく、小さな獲物を狙うためだ。
そして足を射られた程度では平気逃げ切る体力を持ち合わせている。だから狙いは脳天か心臓に限られる。
射線が見えており、ある程度の予測がつくならば叩き切るのもわけはない、しかも矢の本数しか撃つことができないのだ。これが二人、三人が同時に撃ってきたらさすがにかわすことはできないだろう。
その場合は別の手段をとるしかない。
そしてそのときがきた。
目の前のエルフは弓を捨てレイピアを抜き放とうとしていた。エルフはいままでの自分の速さから予測して剣を抜く時間があると思っていたようだが、それは甘い見通しだ。
敵の前では常に騙しながら動く。傭兵の鉄則である。
血煙が舞った。
ゼノンはエルフのフードごと側頭部を叩き割り、エルフに一撃を加えたが、同時にレイピアを胸に突き立てられ、大地に倒れこんだ。
捜索隊の隊長はそれを見届けると背を向けコークスに引き返した。
アメリアの叫び声が大地にこだました。
シャーラ:エルフの女性で精霊使い、弓とレイピアの達人でお芝居好き、アメリアとともに鬼子母神殿に向かう途中追手をひとりで引き受けた。
アメリア:人間の女性で盗賊、芝居小屋の呼子で盗賊見習い、手傷を負って倒れたところをポールに助けられる。
ポール:アムラン王国第二の都市コークスで薬師をやっている青年、アメリアの治療の際事情を聞き鬼子母神殿まで送る手伝いをする。
ミリー:ポールの看護助手、ポールに付き添い鬼子母神殿までの往診を手伝う。
ゼノン:元カナン王国の騎士で天界十二使徒キャラインの息子、幼い頃より一門で英才教育を施されたが、退屈しのぎにはじめた傭兵稼業で生活している。