第十一話 半魚人の地図職人
エジャル島から北に数時間、ミノタウルスの暗黒騎士カイン、闇神殿の修道僧ダクマ、ダークエルフの闇精霊使いモースの三人は、マーモル島にあるエジャル島への玄関口、カナン王国第二の都市「バサル」に降り立った。
ここにはマーモル島全土から集められた犯罪者たちが船出を待つ最後の場所であり、エジャル島からの貴重な品を取引する交易港でもある。
エジャル島は妖魔のはびこる危険な土地ではあるが、カナン王国にとって重要な意味を持っていた。一つは当然流刑地としての役割、そして島でしか育たない特殊な植物アベルバンナの栽培である。
カナン王国は歴史のある国であるがすでに内部は腐敗しきっており政争と利権争いで衰退していた。それに拍車をかけていたのがアベルバンナから作られる夢幻薬である。
強い中毒性と常習性を持ち合わせたこの薬は幻覚作用があり、夢想と現実の区別がなくなる恐ろしい薬であった。
カナン王国はアベルバンナの栽培をやめさせようとした貴族に濡れ衣を着せエジャル島へ追放し、アベルバンナの栽培に携わらせその収穫物を交易商に流させ、さらにはマーモル島全土、そしてアルガレスト大陸へと手を広げていた。
エジャル島の執政官シリウスの父親はこの政策に反対したためエジャル島へ流され、アベルバンナの栽培を手伝わされていたが、子供のシリウスにはいずれこの現状を打破するように、このままではマーモル島、しいては大陸の危機であると告げていた。
シリウスは降魔戦争の活躍でエジャル島の執政官の座を得ると表面的にはカナン王国に従順な態度をとりながら、裏で決起の時を待っていた。
そして、闇神殿アモンと闇の森のダークエルフの協力、さらには邪龍ギャドラの封印など後顧の憂いを断ち、侵攻のときを刻んでいた。
だが、そのようなことを知る由も無いバサルの人々は春の陽気と共に始まった交易や犯罪者の流刑地送りを見物する観光客などで賑わっていた。
「とくに変わりはなさそうです」周辺の確認に出ていたダクマはカインにそう告げる。
「そうか、我らの決起もいま少し時間がかかる。もうすこし情報封鎖はしておかねばな」
カインはうなずくと立ち上がる。
「これからどうするんだよ?」ダークエルフのモースは逸る気持ちを抑えきれないのか四六時中次はどうするのか聞いていたが、そのたびに時がくれば分かるとかわされていた。
カインはまたか、と思っていたが、少しくらい情報を渡しても大丈夫だろうと判断し、答える。
「我らはこれより秘宝探索のために必要な能力者を貰い受けに行く、詳しい説明はそこでする」
そういって港から程近い港湾管理局の建物へ向かっていった。
バサルへ入港する船は全てこの港湾管理局の管理の下にある。交易船はもちろん定期船や軍艦の類も平時は管理下においてあった。
それほどまでにバサルーエジャル島の区間は非常に危険な海流と天候、そして座礁の危険性が高く、どの船がどのルートを通るのか厳密に管理されなければならないためである。
そして最大の仕事が積み荷の確認であろう、船の積載量に積み荷が限度を越えていては沈没する恐れもあるため彼らは日夜仕事に忙殺されていた。
そこに現れた全身鎧に巨大な斧を背負った巨躯の暗黒騎士に闇神殿の神官服を着た修道僧、黒いフードをかぶってはいるが、肌の黒さでダークエルフとわかる異様な集団は目に付かないはずが無い。
「あ、あの騎士さま、なにか御用で・・・犯罪者の引渡しの臨検ならばいましばらくお時間をいただけると・・・」
受付の女性職員は冬の間に雇われた新人なのだろうかおずおずと話しかけてきた。
暗黒騎士はエジャル島から出ることは滅多に無い、あるのは春から始まる犯罪者の受け渡しの際ぐらいなものだろう、エジャル島は執政官が治めているようなもので一応カナン王国の所属にはなっているがマーモル島とはほとんど交流がない。
カインは受付の女性職員に懐から出した書状を渡し、
「我らは臨検使ではない、シリウス閣下より秘宝探索の命を受けたものである、これはその書状である。正式なものゆえ局長にお目通り願いたい」
「は、はいただいま」
自分では荷が重いと思ったのか、とりあえず上司に持っていくことにしたのだろう。立ち上がり奥の上司に話しかけている。
それを待つ間三人で待合室で密談をする。
「さすがはカイン殿堂々とした態度ですな」ダクマはそう微笑む。
「けっ信じられねぇぜとっくに騎士なんてやめてるのにああやって話せるなんてよ」モースはさすがにあきれているようだ。
「別にたばかったわけではない、あの書状はシリウス卿の直筆であるし、騎士も辞はしたがこの鎧がなくては討伐されかねんからな。だが、このやり方が通用するのもここまでだ」
カインは二人にそういうとさらに声を低くする。
「さすがにこの先はシリウス卿の権威も効かなくなる。我らもただの冒険者として活動をするしかないだろうな」
「それで、ここで誰を仲間にするおつもりで?」ダクマはこのようなときでも周囲を観察し人が寄ってこないように見張っている。
「こんな役所に俺たちについてこられるような実力者がいるとは思えねぇな」モースは人間たちの品定めをしているようだ。
「お前は人間の能力を分かっておらん、この役所の機能そのものが人間の恐ろしさなのだ」
カインはモースを窘めるように言った。
「役所仕事というものは武力や魔力では計り知れないものなのだ。この腐敗しきったカナン王国がまだ国体を保っていられるのは彼ら官僚や役人の優秀さのおかげだ、かくいうシリウス卿も武力においては並外れておられるが、真の力は内政力だ。世が世なら離れ小島の執政官どころか一国の宰相を任されてもおかしくないほどの辣腕なのだ」
「シリウス卿のことは認めているさ、なにせ俺らや闇神殿の連中まで口先三寸で丸め込んだんだからな」
ダークエルフのモースは少々納得できないのか憎まれ口を叩く。
「ふん、我らとてシリウス卿のことは認めておる、だが口先三寸で丸め込まれたと思われるのは心外であるな」
ダクマが少々険のある顔をする。
「互いの利益と未来を計った結果を提示しただけの話だ、無駄に争うよりもよほどいいだろう」この中でミノタウロスのカインだけが一番落ち着いているというのも皮肉な話だ。
「シリウス卿が公平な御方だからこの国じゃ使いづらかったんだろうよ・・・まぁ、お陰で俺たちもいきてはいけるがよ」
「少々話しがずれたな、そういうわけでこの役所は様々な分野の一流が集まっておる、現場に程近く無能では事故がおきかねんからな、そこで狙うのは海図を作っている職人だ」
カインの次の仲間候補は海図職人であった。
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海図とは沿岸海図や港湾海図など、種類は多岐に渡るが、共通しているのは基点となる場所から測量し、その距離で地形を描いていくものである。
水深や高さを測り、図に描く方法は上空から観察したり海に潜ってみたりと様々であるが、こと海に限っては半魚人の協力が欠かせなかった。
なかでも半魚人ジャズゴの作る海図は正確であり、海に道を作る男として名を馳せていた。
ジャズゴは本格的な交易がはじまる前に海に異変がないか調査していた。海流によっては海蛇龍や海王烏賊がが出没し船を沈める可能性もある。
幸い異常もなく、海流に乗ってきた魚を数匹仕留めると陸に上がってきた。
魚人は鰓呼吸ができるが半魚人である彼は肺呼吸である。皮膚を鱗に変化させたり水かきを広げたりはできるものの長時間の潜水はできなかった。
「今日は魚の蒸し焼きにするか・・・いや、煮付けも美味いかな」
いまだ一人暮らしである彼は料理も自然と得意になり、海を泳ぎ新鮮な魚を調理することができる現状を幸せに思っていた。
遠目に見える人影をみるまでは。
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「彼がうちで一番の地図職人です、有能な男でして海賊や魔物の監視もしてくれております。観光客が多くなると人命救助などもしてくれるのでわしらも大助かりでして」
そうジャズゴを紹介したのは港湾局局長のライブリーである。
「お初にお目にかかる、我らはシリウス卿の命により秘宝探索をおこなう冒険者。我はカイン、あの僧衣の男はダクマ、後ろのフード男はモースという。君の助けを借りたいと思ってきたのだ」
暗黒騎士の証である黒の全身鎧に無骨な斧を持ち威圧感がただ事ではない男はそう告げてきた。
ジャズゴは隣にいるライブリーをちらりとみたが、どうやら断れる筋の話では無い様で目で済まないと謝っているようだった。
「うーん、拒否権はなさそうですし、僕も秘宝探索というのは興味がありますよ、ただ・・・問題が一つあって半魚人の僕だと海から離れてしまうと戦闘能力が著しく落ちてしまってお役に立てないと思うんですけど・・・」
申し訳なさそうに半魚人のジャズゴが言うとカインは問題ないとばかりに手を振り。
「別に戦闘をさせようと思っているわけではない、やってほしいのはこちらのほうだ」そういって懐から巻物を取り出しジャズゴに渡す。
「これは島の沿岸海図ですね、しかもこの近辺の海ではない・・・」
地図を見たジャズゴはすでに職人の目になっていた。
「少々古い地図でな我が父シリウスが餞別にくれたものだ、なんでも水龍サーマルの財宝が隠されているそうだ」
「これが水龍サーマルの居る島ですか・・・大体の場所の見当はついておられるので?」
「我も数日前にいただいたばかりで見当もつかん。それに地図は読めんからな」
「そうですか、さすがにこれだけではどの島かは分かりませんが、この様式だとアルガレスト大陸と商国家ジュエルを繋ぐ航路便が立ち寄る島のうちのひとつでしょう」
「これだけでそれが分かるのか?」
「使ってある図法が用途によって違うのですよ、そもそも私たちのように沿岸海図を使う場合はこのような大雑把な縮尺はつかいません」
そういってカインに地図を返そうとしたが、そのままもっていろと押しとどめる。
「俺には海図は読めんし、お前だけの気付きがあるかもしれん。それになんとなくだがお前とその地図には因縁めいた物を感じるのだ、それはお前が持っているといい」
「そうですか、わかりましたこれはお預かりしておきます。何か分かればお知らせします」
「うむ、それから出発は明日にしよう。家族ともしばらくは会えぬぞ?」
「いえ、父も母も生まれたときからおりませんで、親代わりにライブリー様に育ててもらっていた恩返しができるのならそれで結構です」
そうなのか?とライブリーのほうをみると、ライブリーは言い出しにくそうにしていたが、仕方無しという風に語りだした。
「まさか、このことをいわずにおくわけにもいきますまい、確かにジャズゴの親代わりとして育ててきましたが、本当の父親は今も存命だと思われます。なにせ天界十二使徒の一人海王ナザル様ですからな、ナザル様はわたしの妹と恋に落ち一人の男児を授かりましたが、異種族間に生まれた子供は弱いものです。過酷な旅には耐えられぬであろうと泣く泣く私に預け、降魔戦争に赴かれました。その後は水龍サーマルの封印をひとり続けておられるとか」
突然の親代わりであったライブリーに出生の秘密を打ち明けられ呆然としていたジャズゴであったが、それならばとカインに向き直る。
「我が父にも一度お会いしてみたいと思っていたところです、水龍サーマルの秘宝探索にぜひご協力させていただきたい」
こうして、エジャル島より秘宝探索の旅に出た3人に加え4人目の仲間が加わった。
彼らがバサルを出立し、王都グローリーキャッスルへ向かったのは翌日のことであった。
カイン:ミノタウルスの暗黒騎士、幼生体の頃に天界十二使徒黒騎士シリウスに保護され、暗黒騎士としての修行を受ける。シリウスの命を受け秘宝探索に旅立つパーティのリーダー、黒の全身鎧と巨大な斧をつかう、狂化状態で混乱の符をうけたことにより異常な冷静さを保っている。
ダクマ:闇の神アモンを信仰する闇神殿の修道僧、最高司祭ドーゼンの命を受け秘宝探索に同行する。黒の神官衣に手甲を嵌め黒のブーツの裏側には毛皮が張っており、隠密任務を主とする暗殺者でもある。
暗殺任務の多くをこなすも、その戦果を恐れられどこの神殿でも長居はできなかった。秘宝探索成功後は司祭へ昇格する予定。
モース:闇の森のダークエルフ、族長ガビエンの命により秘宝探索に同行する。里の未来を愁い、黄金樹の実を手に入れようとしている。
ジャズゴ:半魚人の地図職人であり、カナン王国第二の都市バサルの港湾局の職員、局長のライブリーは義理の父親で本当の父親は天界十二使徒海王ナザル。ライブリーの命により秘宝探索に同行する。
ライブリー:バサルの港湾局局長、海王ナザルの義理の兄にあたり、ジャズゴの叔父になる。