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第十話 薬師

 不意に肩を叩かれ驚きのあまり声を上げてしまったアメリアであったが、そこにいたのはエルフの精霊使いシャーラの姿であった。


 「ああ、シャーラさん驚かせないでくださいよ」

 「ごめんなさい、でも私が先に見つけられて良かった」

 シャーラはアメリアがジャーテン商会に向かったとマックから聞き及び、嫌な予感がしたので迎えに来ていたのだ。

 「よくわかりましたね、裏道を通っていたのに」

 アメリアは首をかしげながらそうつぶやくと、シャーラは風の精霊を顕現させて小さな羽根の生えた妖精を呼び出した。

 「ええ、この子に手伝ってもらってね、行き先がわかったから少し先回りしようと思ったのだけど追いつくのがやっとだったわ」

 風の精霊は噂好きである。シャーラにとってこの街のできごとなどすぐにわかるのだろう。

 ただ、シャーラは人間界の出来事にあまり興味が無いうえに、風の精霊もきまぐれで話をするのも要領を得ないことも多いのだ。


 「あら、怪我をしているの?」

 シャーラはアメリアが腕に乱暴に包帯を巻いていることに気づいた。

 

 「えへへ、ちょっと失敗しちゃった」

 アメリアは腕を差し出し、包帯を見せる。シャーラは包帯をはずし、傷口に向かい精霊語を使い水の精霊を召還し傷口を洗い清めた。そしてエルフの森で作られる血止めの軟膏を取り出し包帯を巻きなおした。

 「応急処置だけどいまはこの場を離れましょう」

 

 「でも、父さん・・団長に奴らのことを話してみんなに避難させないと」

 「心配要らないわ、正体が知られたことをマックはもう知っているの、ただあなたのことが心配で探しにいこうとしていたのを私が代わりに行くことにしたの」


 「そうなんだ、団員のみんなも無事なんだね?」

 「ええ、あなたが飛び出していった後知らせが入ってすぐにアトスを脱出して、いまはカナン王国のエルフの里に向かっていることでしょう、迷いの森ならぺルクス様が保護してくださるわ、マックもほとぼりが冷めたらまた別の顔で興行をやるっておっしゃってたわ」


 「じゃあ、わたしも行くの?」

 「もう検問も敷かれてしまっているでしょうし、なにより怪我人のあなたを連れての移動は危険ね・・・北に逃げましょう、第二の都市コークスを抜けてテムスの村、ダイクスの村、最悪でも鬼子母神殿まで逃げ切れればかくまってくれるはず」


 「わかった、それしかなさそうだね・・・悔しいなぁ私が生まれ育った場所なのに」

 「いずれまた機会はやってくるわ、さあ歩きましょう」

 

 エルフと盗賊の少女は一路北を目指す、後ろから餓狼の剣士ゼノンが追いかけているとも知らずに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アムラン王国第二の都市コークスは現在の王都アトスよりも歴史のある街である、ラインフォール王国との交易路と交わる要衝の地であるため半ば開放的なその風土は封建的な国家を目指したアムラン王国にとっては守りの面で不安を隠せなかった。そのため継承順位の低い王族に治めさせ、その権威を保ちつつ各地の叛乱があった場合の最初の前線基地としての場所として機能していた。

 

 その街の一角に小さな薬師の工房があった。薬師の名はポール、バーナム王国の出身で黒髪で肌色はクリーム色をしているマーモル島の蛮族と呼ばれていた者の特徴を有している。

 着ている服は旅に耐えられるような丈夫なものだが、内ポケットを多く作られたコートに長袖のシャツ、茶色のズボンに丈夫そうな膝下までのブーツといういでたちで、腰には短い鉈剣を吊るしており、護身用というよりは太目の枝を切り落とすために使われるようなものであった。


 幼少の頃より、天界十二使徒の一人でバーナム帝国の専属薬師であるラードンに師事し、一人前になったとしてアムラン王国での工房を任されるようになったのだ。

 街の周辺で薬の素材となる植物や昆虫、動物などを狩り、神聖魔法の治療を受けられない貧しい者達の助けとなることを使命とし、日々暮らしていたポールであった。

 

 そのポールのもとに今日も患者が担ぎこまれる。

 「先生、病人連れてきたよ!」

 近所の少女ミリーの声だ、工房の向かいにある診療所を開いたとき客はほとんど寄り付かなかったが、急病で倒れたミリーを助けてもらおうと街の医師に見せたが、助からないと方々で断られたミリーの親が最後の頼みとして訪れてからの縁である。


 それから無事に回復したミリーは診療所にたびたび遊びに来るようになり、ポールも飴玉と引き換えに新しい患者を探してつれてくることを条件に臨時の看護師として雇っている。

 

 「わかった、診療所のほうに連れて行ってくれ、怪我かい?病気かい?」

 ポールの元で診察のポイントを教わっているミリーは少し考えて、どっちも!と答えた。


 ポールは急ぎ工房から、解熱薬と傷薬を用意し、念のために手術道具とキラービーの針を改造した注射針も準備した。

 あまり外科治療は進んでいないのだが、神聖魔法を受けられない患者のためにいつでも用意はしてあるのだった。

 

 診療所に入るとそこにはフードのかぶった女と熱にうなされ診察台で横になっている少女がいた。

 

 「あー君たちの名前を教えてくれ」

 「私はシャーラ、そこで倒れているのはアメリアよ」

 ポールは横になっているアメリアの側に寄り、脈をとり、呼吸を診る。そして声を掛ける。

 「アメリア、聞こえるかい?僕はポールだ、聞こえていたら返事をしてくれ」


 「は、はあぁっ、ええ、聞こえるわポール」

 ポールは意識のあることを確認し、シャーラに尋ねる。

 

 「なにか心当たりは?」

 シャーラはアメリアの腕の包帯を指差し、二日前に怪我をしたことを伝えた。

 「しばらくは大丈夫だったんだけどこの街に着てから急に容態が悪くなって」

 

 ポールは腕の包帯を外し、傷口を確認する。そこに現れたのはナイフの切っ先でえぐられた後と血止めの軟膏を塗られた後そしてその傷口の周りに広がる浅黒いあざだった。

 

 「うーん、まぁ、傷の原因はあとから聞くとしてその後の処置は見事なものだ。エルフの秘薬を使っているね。とても効果の高いものだ、となるとこのあざは傷を負った後しばらく放置していたのだろうね、その間に悪い菌が入ったのかもしれないな傷口からどんどん腐りかけてる」


 「助かるの?」

 シャーラは心配そうにポールの顔を覗き込む。

 「半々といったところだろう、潜伏期間があったことを考えてみても破傷風の可能性が一番高い、意識は失っていないみたいだけど筋肉の痙攣は始まっているし、これに対抗するための治療薬は手元には無いんだよ」

 そういってポールはキラービーの注射針を取り出した。


 「それはなに?なにをするの!」

 シャーラはポールから針を奪い取ろうとする。

 だが、ポールはそういう患者の身内に慣れているのか一瞬にしてシャーラの秘孔を突き身動きを取れなくする。

 「ごめんね、そこでしばらくおとなしくしてて、これは筋弛緩薬といって痙攣をおさえるんだ」

 そういって怪我をした場所と反対側の腕におもむろに針を刺し薬剤をアメリアの体内に流し込んだ。

 

 「ミリー!僕は工房で治療薬を作ってくる。その間に手術の準備を整えてくれ」

 そういうとポールは工房へ引き返し治療薬の作成をする。


 天界十二使徒であるラードンの別名は魔薬師ラードン、魔法と薬学のコラボレーションによって神聖魔法よりも効果の高い薬品を作り出し、様々な風土病や特殊な病に効果を示す秘薬を作り出す技を持っていた。

 しかし、悪用されるとあまりにも危険なため、門外不出の技術でありポール以外にこの術を知っているものはいない。

 

 「えっとこれと、これ・・・あの道具はどこにしまったっけ」

 久々の魔法薬の出番だったので少々手間取ったが、なんとか薬を完成させ診療所にもどる。


 「先生!準備できてるよ」


 「ありがとうミリー、とにかく緊急性の高い壊死した部分の切除を始めよう」

 ポールは手術道具を手にとり、眠っているアメリアの腕から腐った肉をそぎ落とし、代わりにゼリー状の軟膏を塗り包帯で巻いた。

 「この分だと・・・復元までに約五日ってところだな」

 問題は全身に回ってしまった毒素のほうだ。

 アメリアに気付け薬をかがせ、意識がはっきりさせ、完成させた薬をみせるとアメリアは顔を背ける。

 どうみても口に入れるものではないし、匂いが強烈でとても飲めそうになかったのだ。

 「いやなのはわかる、でも時間がなくてこれしか作れなかったんだよ、飲んでくれないなら無理やり流し込むよ?」

 それでもアメリアはいやいやと首を振る。

 「しかたない、ミリー、その子を押さえてて。小さじで口に入れるよ」


 ミリーはアメリアの頭を押さえつけ、その隙にポールはアメリアの口を開け数度にわけて回復薬を流し込んだ。

 「これで大丈夫だとおもうけど」

 「どう?アメリアさん」


 抵抗する気力すら失ったのか、ぐったりとした様子のアメリアだったが、もぞもぞと動き出し、ミリーが頭をおろすとゆっくりと立ち上がり、きょとんとした様子でぴょんぴょんとその場で跳ねて見せるほどの回復ぶりだった。


 「あ、あっれなんともなくなってる・・・ええー!どうして!あんなに苦しかったのに!あ、シャーラ!ポールさんに病気を治してもらった・・・の?」

 アメリアの視線の先には秘孔を突かれ身動きができないシャーラの姿があった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  診療室待合室には薬師のポールと精霊使いのシャーラ、そして病より復活したアメリアの姿があった。ミリーは飴玉をもらって家に帰してあった。


 「いや、申し訳ない、どうも治療や研究に没頭すると周りが見えなくなってしまうんです。実はミリーの父親にも同じ事をしてしまいまして、どうも勝手に条件反射で体が動いてしまうんです」

 ポールはシャーラに謝り倒していた。

 「私も人間の治療法に詳しいわけじゃないけど、身内にいきなり針を突きたてようとするんだから止めるわよ、それにあの不思議な技はなんだったの?全く動けなくなって呼吸しかできなかったわ」


 ポールは恐縮ですといい、技については教えることはできないと断った。

 そしてアメリアのほうに向き直り、予後について説明する。

 「アメリアさんに投与した薬は魔薬です、本来はもう少し飲みやすくしたりできるのですが、緊急だったのであのような形にになってしまい申し訳ありません」


 アメリアは治療の反動からかボーっとしていたが、ポールに話しかけられ、はっとした様子で首を振りながら「いいのよそんなこと、ああ、治療費を支払わないと・・・あ・・お金ないんだった」

 着の身着のまま飛び出してきたアメリアには当然路銀などは持っておらず、どうしようと途方にくれていた。

 ポールはその様子を見て苦笑いしながら、「じゃあ御代はこの薬について口外しないことでいいですよ」と言った。

 「それじゃあ悪いわ・・・でも、働こうにも私たち追われてるし・・・」


 「アメリア!」

 シャーラはアメリアを強く制止するが、ぼんやりとしたあたまではあまり状況が把握できていないようだった。

 二人の様子を伺っていたポールだったがそのやりとりで大体のことを把握したようだ。

 「薬師といえども医者の端くれです。患者の秘密は守りますよ、もちろん傷の詮索もすることはありますがあくまで治療の一環として必要だと思われることだけです」

 ポールはふたりに安心させるように穏やかな声でそう伝える。


 だが、急に深刻な顔をし二人を交互に見つめ続きを話す。

 「ただ・・・アメリアさんの容態はいまは安定していますがそれは薬が効果のある間だけです。完治したとは申せません。できることならこの診療所で休んでいかれるかご自宅で静養されるのがよろしいのですが、追われているのではそれもままなりませんね」


 シャーラはすぐにでもここを発ち北のテムス村にいこうとしていることを伝える。

 

 「そうですか、追っ手次第ではダイクスの村まで行かれるのですね。ちょうど私もダイクスの村まで定期往診に向かおうと思っていたところです。荷馬車の手配は私が行っておきます。私の見立てでは腕の傷は五日ほどで完治しますのでダイクスの村に着くころには体の中に溜まった毒も大分排出されていることでしょう」


 そう話しているときに、玄関からミリーが飛び込んできた。

 「大変だよ!アトスの街からきた捜索隊がエルフのおねーちゃんたちを探してるよ!」


 

 

アメリア:天界十二使徒怪盗マックの娘、劇団で働きながら見習い盗賊として修行中、ジャーデン商会に潜入中、ゼノンに見破られ手傷を負いポールに助けられる。


シャーラ:天界十二使徒精霊王ペルクスの娘。里の秘宝、「黄金の果実」を追って旅をする観劇好きのエルフ、いずれ元婚約者を見返してやろうと婚活中。


ポール:天界十二使徒魔薬師ラードンの弟子、門外不出の魔法薬作りを唯一受け継ぐ、研究に没頭しがちで周りが見えなくなること多数、秘拳を無意識に使ってしまうため周りに被害がおよぶこともある。


ミリー:ポールに命を救われた少女、現在は看護師としてポールの手伝いをしている。

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