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第一話 ドワーフの戦士

新連載になりますが、キャラ作りの設定を行っています。

 第一話 ドワーフの戦士


 夜の帳が辺りを包み込み、鬼子母神殿の壁がたいまつの光によって、日中は恋人たちの婚姻を祝福する女神の像が妖しく照らされていた。

 ようやく訪れた春の陽気も夜の間は肌寒く、山肌に残る氷雪が冬の名残を残している。

 神殿から村への街道には夜の間だけ咲くという月見草が黄色い花を咲かせていた。


 ダイクスの村はマーモル島最北の村である。エメルダス山脈の高い峰の間に広がるわずかな平地に百人ほどの人間が住まっている小さな村だ。

 ここは氷の精霊たちの集う寒冷の地で、春の訪れは他の地域よりもはるかに遅い。

 この小さな村の周辺には採掘師の村とよばれるドワーフの集落と、マーモル最大の鬼子母神殿がある以外は、山裾から広がる針葉樹の森によって覆われていた。

 村人たちは森から木を切り出し燃料とし、森の動物たちを狩りながらその糊口を凌いでいた。

 ほかには、ドワーフ一族との交易、細工物の売り買い、そして鬼子母神殿に訪れる巡礼者たちの宿泊所として旅館業を営んでいた。


 もうじき街道を閉ざしていた雪も無くなり、マーモル各地から若い男女の巡礼者が祝福を得るために鬼子母神の本殿であるこの地へ旅してくるろう。

 神殿の最高巫女の地位にあるマーラにとって、それは忙しい季節の到来でもあった。


 「旅に出られるのですか」

 マーラは神殿内の自室に一人の客を迎えていた。鬼子母神の巫女が着る真っ白な着物に赤い帯を締め、左胸には赤子を抱いた母の紋章が朱色で刺繍されている。

 彼女の顔には五十余年の齢を重ねた人生の奇跡として、深い皺が何本も刻まれていた。しかし、その威厳と背筋の伸びた姿勢からにじみ出る雰囲気は最高巫女の名に恥じぬものであった。

 最高巫女の自室とは思えぬほどの質素な作りのテーブルに腰を下ろし、向かいの客の顔を見つめる彼女の顔に怪訝な表情が浮かんでいる。

 

  「うむ。旅にでる」

 マーラと向かい合っている客は短くそう答えた。

 人間の半分ほどの背丈しかない寸胴の体格。身体に不釣合いと思えるほどの大きな顔には、灰色のひげがびっしりと生えている。そのひげの先端は緑色の服の胸元まで届いていて、一言声を発するたびにもごもごと揺れる。

 客はドワーフなのだ。もちろん、こんな体格の生き物が他にいようはずが無い、雪焼けした褐色の肌、茶色の瞳が上目がちにマーラに向けられている。

 かれらドワーフは不死ではないが、250年以上の寿命を持っている。かれらは一般的に人間よりも堕落しがたい種族であるが、欲に駆られて性急な行いをするともいわれている。

 だが、突発的な行動であるが目の前のドワーフには覚悟の決まった目をしており、引かぬ構えをしている。


 「何ゆえに旅立たれるのですか」

 マーラは静かに問いかけながらも、ある種の予感めいたものは感じ取っていた。本当に独りで旅立つつもりなら挨拶などもせずに出発したことだろう、わざわざこのような夜更けに会いに来る必要も無い。


 「理由など、とっくに知れておろうお前の娘のためでもあり、わしのためでもある」

 ドワーフは鼻息荒く、力を込めてこぶしを握り締めた。全身から漲る怒りとも悲しみともいえるそのオーラは長年溜め込んだ分さらに力を増しているようだった。


 「あの娘のことは、鬼子母神様も見守ってくださってますし、お医者様もこれ以上手の施しようが無いとおっしゃっていました」

 マーラは一人の親としての顔になり、神殿地下にある安置所に置いてある娘の遺体に思いを馳せた。

 「わたしはもうあの娘のことをあきらめているのです」

 

 その娘マーヴェルはマーラが十八のときに産んだ娘であった。十五年の月日が流れ、その事件は起こった。彼女はこの神殿に侵入してきた賊と戦い、敗れ、そして死者の眠りという呪いをかけられたらしいのだ。

 その時マーラは氷龍スノウの怒りを鎮めるための儀式を執り行っており、その護衛としてドワーフ族最高の戦士であるダンもそれに随行していたのだ。

 マーラの娘を失った喪失感は傍目にも痛々しいものだったが、それ以上にマーヴェルと十五年もの月日を共に過ごしてきたダンにとっても心にぽっかりと空いた空白は二十年の月日を持ってしても埋めることはできなかった。

 ダンは神殿に足しげく通い、二十年間マーヴェルの変わらぬ姿を見つめては二度と賊の侵入を許さずと神殿の守護を勤めてきた。

 

 ダンは無言でマーラを見つめる。ドワーフは義理堅く、頑固者である。たとえ知恵はなくとも彼女の呪いを解く方法が必ずあると信じているその信念だけはゆるぎなかった。


 「ねぇ、ダン。氷龍の目覚めは決められていたこと。私たちが赴かねばこの村はもちろん麓の町まで被害が及んだことでしょう。私たち鬼子母神殿の役目は婚姻と出産の加護だけではないわ。氷龍の封印を続けることが私たちの使命、ましてやそのときに神殿を襲う者がいたことが、どうしてあなたの責任になるの。

それは鬼子母神さまもご存じなかった運命なのよ」


 ドワーフの沈黙は解けず、ただマーラを見つめていた。


 「私は夫にあの娘のことを何度も相談したわ、生きているのか、死んでいるのか、魂はどこにあるのか」


 「マーロン殿はなんと答えられた」ダンは静かに尋ねた。


 「私にはよく分からなかったけど、黒魔術で解釈すれば時空魔法ストップによって対象の時間を止めているようにもみえるし、精霊魔法にもドライアードの眠りの魔法で時が止まったまま閉じ込める現象があるそうなのこれが夫の答えだったわ」


 ダンは悲しそうな目をしているマーラの顔を見た。彼女のことは幼い時から知っている。やさしさと強さを同時に秘めた女性である。彼女の顔が悲しみで曇るようになったのは、マーヴェルが眠りについて以来だ。

 その原因が自分にはないことはダンにも分かっている。だが、理屈ではなく、ダンはマーヴェルをこのような姿にした賊を探し出さねばならないと感じていたのだ。

 

 「呪いの原因を解くことはわしにはできん。考えるのは得意ではないからな。だが、力には自信があるぞ。お前の娘をあのような姿にした賊を無理やり連れてきてお前の前で洗いざらい吐かせてやることはできる」

 ぶっきらぼうな物言いであるが、ドワーフはむやみに暴力を振るう種族ではない、ただ己の信念と正義のために戦う種族なのだ。


 マーラはしばし黙考した。人間の寿命は短い、自身もすでに五十を越えあと数年生きられるかどうかだろう、もちろん賊が人間であるとは限らないが、ドワーフやエルフが賊まがいな行動を起こすとは思えなかった。

 それにマーラは清貧を旨とする神殿で一番価値のある宝を盗みに来た賊の目的が分かっていた。それゆえただの賊ではないことも分かっており、追跡は危険であると皆を思いとどまらせていたのだ。

 しかし・・・

 「ありがとう、ダン。それじゃあ、お願いします。あの子を、マーヴェルを目覚めさせて下さい」

 マーラの言葉にダンの目が細く閉じられ、こわばっていた緊張が少しほぐれたようだった。


 「任せておけ、必ず連れ帰るか、解呪の方法を聞きだしてやるさ。マーロン殿と飲み明かしてやるのもおもしろいわ」

 マーラは細い両腕で、そっとドワーフの体を抱きしめた。


 「それで、いつダイクスを立つの?」

 「うむ。一度家に戻って夜明けに立とうと思う」

 「旅は危険ですよ。私がかつて旅をしたときとは違うけれど。それでも、気をつけるにこしたことはありません。あなたの無事を鬼子母神に祈りましょう」


 マーラも若い頃旅に出たことがある。それは決して楽しい旅ではなかった。それは戦いの旅だったのだ。マーモル島南西部の山中にある「いと深き深淵」から古代より封印されし異世界からの魔物『降魔』が開放されマーモル中に死と災厄を撒き散らした。

 その『降魔』と戦うために、彼女は刀を手にとって旅立たねばならなかった。そして、激しい戦いの後に『降魔』を封印した功績によってマーモル最高栄誉の称号である天界十二使徒の一人として称えられるようになった。だが、その呼び名から逃げるように早々に山奥に引っ込みそれ以来、三十五年このエメルダス山脈から降りることはなかった。


 「ありがとう、鬼子母神マーラの巫女よ。ついでに旅の目的がうまく行くことも祈っておいてくれ」

 「どこを目指すの?」

 「とりあえず、デムスに行くさ。他に道はないしの、あそこにはマーロン殿の弟子がおる。それからアムラン王国かラインフォール王国のどちらかじゃろう。賊の目的がなんだったのか教えてくれればもう少し手がかりになりそうなんじゃがな」


 ダンは二十年もの間マーラが押し黙っている賊の目的について、教えてくれるように頼んだが、マーラは首を振りいままでは答えようとはしなかったのだ。

 だが、マーラは本当に小さな声でささやくようにダンに語った。

 「あれは『降魔戦争』のおりに多くの人を不幸にする原因になったものです。原理は不明ですが、使い方は簡単で誰にでもすぐに使えるでしょう、使ってからの調整が難しいそうですが、それも慣れ次第、準備を整え二十年もの歳月があれば実用化できていると思います、効果は・・・」

 

 それを聞いたダンは表情のあまり変わらぬ顔をさらにしかめてうなだれ、絞り出すような声で言った。

 「そのようなもの、すぐに捨ててしまえばよかっただろうに」

 「あの時代ではきれいごとだけでは済みませんでした。マーロンはいずれ来る戦乱の際に私たちだけでも逃げ出せるようにあれを隠すようにしていたのです」

 

 ダンは首を振り、半ば運命を呪うかのように天を見上げ涙をこらえた。

 「家族を守りたいがための宝物が逆に賊を呼び込んだか、マーロン殿が引きこもってしまったのも無理はないな」

 

 ドワーフの採掘師であったダンが南に向けて旅立ったのは、それから数時間の後だった。彼が目指す南の空は奇妙に薄暗く、錆色の雲が厚く垂れ込めていた。


マーラ:鬼子母神の最高巫女、三十五年前の『降魔』戦争において活躍が認められた天界十二使徒の一人。現在は辺境の地で静かに暮らしている。


ダン:ドワーフの採掘師で戦士。二十年前の賊の侵入を防げなかったことを悔い神殿の守護を務めるが、マーラに娘の元気な姿を見せたいと思い旅立つことを決意する。

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