表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光のまえあし  作者:
四月
1/1

 五年生になって、委員会に入ることになったなら飼育委員になりたいと、菜摘なつみはずっと思っていました。一学期の最初の学級会で、ひとりひとりがどの委員になるのかを決めることになった時、菜摘はまっ先に手をあげて、限られた子どもしか入ることのゆるされない、生きものとこやしのにおいが立ちこめる、あの小屋の住人になる権利を手に入れました。

「菜摘ちゃんは、かわってるなぁ! わたし、飼育委員になんかなったら、おなかが痛くなりそうだよ。あの小屋くさいし、毎朝えさをやるなんて、めんどうだもん」

 前の席の園田そのださんが、わざわざ振り返って言いました。

「わたしもいっしょに、飼育委員をやってもいい? なっちゃんといっしょだと楽しいから。それに、わたしのうちはアパートだから、子犬も子ねこも飼えないの。でも飼育小屋に行けば、たくさんの動物に会えるから」

 なかよしの百合ゆりちゃんが、はにかみながら言いました。

 飼育小屋は、校庭の西のはずれに十年も前からたたずんでいる、それはすてきな建物です。三方の壁と屋根はれんがでできていて、残り一方には壁がなく、金網がはってあります。とおりかかった子どもはだれでも、そこから好きなだけ動物たちをながめることができます。小屋のまえには用務員さんがせわをしている、せまいけれどあおあおとした牧草地があって、すこし行けば、とうもろこしの畑と、石づくりの流しもあります。そんなところで、一羽のおんどりと二羽のめんどり、七羽のうさぎが暮らしています。

「はじめまして、菜摘といいます!」

 月曜日に、はじめて飼育小屋のなかに入った時、菜摘は大きな声で言いました。

「これはまた、ちからの入った子どもが来た」

 小柄だけれど、がっちりとしたおんどりが、ゆううつそうに言いました。

「お会いしたいと思っていました、〈皇帝〉!」菜摘は感激して、胸をおさえながら言いました。「二年生の時、あなたのうわさを聞いたんです。お散歩ちゅうに、からすの盗賊がおそいかかってきた時、ふたりの奥さんのために勇敢にたたかったって」

「むかしのことだ」

 おんどりの〈皇帝〉が、ため息まじりに言いました。そして、菜摘のうしろではずかしそうに小さくなっている百合ちゃんを、ちらりと見て続けました。

「もうひとりの五年生かね? ずいぶんびくびくしているが、わたしたちのなかで、やっていけるのかね?」

「もちろんです」

 ますます小さくなってしまった百合ちゃんのかわりに、菜摘があわてて言いました。

「うしろの子に訊いてるんだ」

 〈皇帝〉が厳しく言いました。

 百合ちゃんは顔をまっかにして、あてもなく目をさまよわせていましたが、やっと小さな声で「はい」と言いました。

 小屋じゅうの動物たちが、菜摘と百合ちゃんをじろじろ見ていました。菜摘の頭の高さにわたされている止まり木では、二羽のふわふわしためんどりがからだを寄せあって、目を開けたり閉じたりしていました。くるっ、くるっと、どちらかが不満の声をもらしていました。コンクリートブロックでアーチをつくった巣箱のなかでは、うさぎたちがぎゅう詰めになって、うさんくさそうな顔をしています。壁がわりの金網をとおして、ゆうぐれどきの金色の日差しが、ななめに差しこんでいました。

「飼育委員ってのは、時に信用できないことがある」

 〈皇帝〉が、おもおもしく言いました。

「わたしたちはちがうわ」

 菜摘は、すかさず言いました。

「だまって聞きたまえ。飼育委員には、責任があるのだ。わたしたち小屋の住人の、飼いぬしとなったことへの責任が。学校に遅刻しそうな朝でも、飼育委員はわたしたちに食事をあたえなければならない。ともだちと遊んでいたい日曜日も、小屋の掃除のために学校に来なければならない。真夏の日にも雪の夜にも、わたしたちの健康と幸せに心をくばらなければならない。きみたちは、学校では先生に、うちに帰ればおとうさんやおかあさんに、めんどうを見てもらっている。そう、子どものなかには、責任というものがなんなのか、まだわかっていないものもいる。だが、飼育委員はそれではいけないのだ。きみたちに、わたしたちのめんどうを見ることができるのかね?」

 〈皇帝〉は、菜摘の目をのぞきこんで言いました。

 菜摘は、だまりこみました。そして、

「努力します」

 と、あおざめた顔で言いました。

「いい子だ」〈皇帝〉が、ほほえみました。「さあ、今日はもうお帰り。もうすぐ日がくれる。おまえたちはまだ、子どもなのだからね」

 菜摘と百合ちゃんは、すっかりしょげかえって、飼育小屋を出ました。とびらにかぎをかけていると、アーチの巣箱から一羽のうさぎがとびだしてきて、金網ごしに笑いかけました。すべすべした灰色の毛なみを持つ、やさしそうなうさぎでした。

「びっくりした。飼育小屋の動物って、教頭先生みたいに厳しかった」

 ランドセルをしょって歩きながら、菜摘は、ふうっと息をつきました。

「信頼してもらうのって、そんなにかんたんなことじゃないと思うわ」

 百合ちゃんが、考えこむように言いました。

 菜摘が帰った時、うちのなかは、まっくらでした。おかあさんは、今日も残業でしょうか。菜摘は電気をつけて、ランドセルをソファーのうえにほうりだすと、仏壇のまえに正座しました。

「ただいま、おとうさん」

 菜摘は、手をあわせて言いました。そして、

「ただいま、プリンス」

 仏壇のとなりのたなに置かれている、ゴールデン・レトリーバーの写真にむかって、そう言いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ