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五年生になって、委員会に入ることになったなら飼育委員になりたいと、菜摘はずっと思っていました。一学期の最初の学級会で、ひとりひとりがどの委員になるのかを決めることになった時、菜摘はまっ先に手をあげて、限られた子どもしか入ることのゆるされない、生きものとこやしのにおいが立ちこめる、あの小屋の住人になる権利を手に入れました。
「菜摘ちゃんは、かわってるなぁ! わたし、飼育委員になんかなったら、おなかが痛くなりそうだよ。あの小屋くさいし、毎朝えさをやるなんて、めんどうだもん」
前の席の園田さんが、わざわざ振り返って言いました。
「わたしもいっしょに、飼育委員をやってもいい? なっちゃんといっしょだと楽しいから。それに、わたしのうちはアパートだから、子犬も子ねこも飼えないの。でも飼育小屋に行けば、たくさんの動物に会えるから」
なかよしの百合ちゃんが、はにかみながら言いました。
飼育小屋は、校庭の西のはずれに十年も前からたたずんでいる、それはすてきな建物です。三方の壁と屋根はれんがでできていて、残り一方には壁がなく、金網がはってあります。とおりかかった子どもはだれでも、そこから好きなだけ動物たちをながめることができます。小屋のまえには用務員さんがせわをしている、せまいけれどあおあおとした牧草地があって、すこし行けば、とうもろこしの畑と、石づくりの流しもあります。そんなところで、一羽のおんどりと二羽のめんどり、七羽のうさぎが暮らしています。
「はじめまして、菜摘といいます!」
月曜日に、はじめて飼育小屋のなかに入った時、菜摘は大きな声で言いました。
「これはまた、ちからの入った子どもが来た」
小柄だけれど、がっちりとしたおんどりが、ゆううつそうに言いました。
「お会いしたいと思っていました、〈皇帝〉!」菜摘は感激して、胸をおさえながら言いました。「二年生の時、あなたのうわさを聞いたんです。お散歩ちゅうに、からすの盗賊がおそいかかってきた時、ふたりの奥さんのために勇敢にたたかったって」
「むかしのことだ」
おんどりの〈皇帝〉が、ため息まじりに言いました。そして、菜摘のうしろではずかしそうに小さくなっている百合ちゃんを、ちらりと見て続けました。
「もうひとりの五年生かね? ずいぶんびくびくしているが、わたしたちのなかで、やっていけるのかね?」
「もちろんです」
ますます小さくなってしまった百合ちゃんのかわりに、菜摘があわてて言いました。
「うしろの子に訊いてるんだ」
〈皇帝〉が厳しく言いました。
百合ちゃんは顔をまっかにして、あてもなく目をさまよわせていましたが、やっと小さな声で「はい」と言いました。
小屋じゅうの動物たちが、菜摘と百合ちゃんをじろじろ見ていました。菜摘の頭の高さにわたされている止まり木では、二羽のふわふわしためんどりがからだを寄せあって、目を開けたり閉じたりしていました。くるっ、くるっと、どちらかが不満の声をもらしていました。コンクリートブロックでアーチをつくった巣箱のなかでは、うさぎたちがぎゅう詰めになって、うさんくさそうな顔をしています。壁がわりの金網をとおして、ゆうぐれどきの金色の日差しが、ななめに差しこんでいました。
「飼育委員ってのは、時に信用できないことがある」
〈皇帝〉が、おもおもしく言いました。
「わたしたちはちがうわ」
菜摘は、すかさず言いました。
「だまって聞きたまえ。飼育委員には、責任があるのだ。わたしたち小屋の住人の、飼いぬしとなったことへの責任が。学校に遅刻しそうな朝でも、飼育委員はわたしたちに食事をあたえなければならない。ともだちと遊んでいたい日曜日も、小屋の掃除のために学校に来なければならない。真夏の日にも雪の夜にも、わたしたちの健康と幸せに心をくばらなければならない。きみたちは、学校では先生に、うちに帰ればおとうさんやおかあさんに、めんどうを見てもらっている。そう、子どものなかには、責任というものがなんなのか、まだわかっていないものもいる。だが、飼育委員はそれではいけないのだ。きみたちに、わたしたちのめんどうを見ることができるのかね?」
〈皇帝〉は、菜摘の目をのぞきこんで言いました。
菜摘は、だまりこみました。そして、
「努力します」
と、あおざめた顔で言いました。
「いい子だ」〈皇帝〉が、ほほえみました。「さあ、今日はもうお帰り。もうすぐ日がくれる。おまえたちはまだ、子どもなのだからね」
菜摘と百合ちゃんは、すっかりしょげかえって、飼育小屋を出ました。とびらにかぎをかけていると、アーチの巣箱から一羽のうさぎがとびだしてきて、金網ごしに笑いかけました。すべすべした灰色の毛なみを持つ、やさしそうなうさぎでした。
「びっくりした。飼育小屋の動物って、教頭先生みたいに厳しかった」
ランドセルをしょって歩きながら、菜摘は、ふうっと息をつきました。
「信頼してもらうのって、そんなにかんたんなことじゃないと思うわ」
百合ちゃんが、考えこむように言いました。
菜摘が帰った時、うちのなかは、まっくらでした。おかあさんは、今日も残業でしょうか。菜摘は電気をつけて、ランドセルをソファーのうえにほうりだすと、仏壇のまえに正座しました。
「ただいま、おとうさん」
菜摘は、手をあわせて言いました。そして、
「ただいま、プリンス」
仏壇のとなりのたなに置かれている、ゴールデン・レトリーバーの写真にむかって、そう言いました。