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練習作品集  作者: 七忍ルキ
2/3

死を告げるモノ

第二段

 ―――恐ろしい。


 目の前で人が冗談のように死んでいく。皮膜のある翼を持った赤い鱗のトカゲ――ドラゴンが、爪を、尻尾を、牙を、猛威を振るうたびに巻き込まれた人たちが息絶えていく。吐く息が火炎となって大気を焼き、周囲の温度が上がるに連れて鱗が灼熱の如き熱を発していく。


 ―――怖い。


 存在するだけであらゆる全てを焼き尽くす太陽の蛇、最古の生命。全身に炎の如き緋色の鱗を纏ったそのドラゴンは、見るものに死の錯覚を抱かせる縦長の黒き瞳孔を持つ金眼を輝かせて咆哮する。


「グォオオオオオオオッ!」


 咆哮によって周囲の温度がさらに上昇し、その際の熱量移動で金属鎧を纏っていた数人が熱中症で倒れる。そんな彼らを連れて下がるように命令を出している一人の青年は、しかし全身に火傷を負っているはずだ。重症で、本来なら声を出すだけでも苦痛のはずなのに、それをおくびにも出さずに前線に立って盾を、剣を掲げている。


 ―――死にたくない。


 神話に語られるドラゴンに命を賭して挑む彼らを視界に納めながら、俺は動けずにいた。胸に戦士した友の亡骸を抱き、膝を屈したまま呆然と暴虐の化身たる火竜を見上げている。その赤に、金眼に、吹き上がる炎熱に、俺の心が悲鳴を上げた。目を背けてしまいたいほどの光景に、しかし何故か視線を逸らす事が出来ない。あるいは、俺の中の砕けたはずのプライドが彼らの死に様から目を逸らすことを許さなかったのかもしれない。けれど、どんな理由があったとしても虐殺を余さず見せられる事となった俺は、心が許容できる臨界点を容易く突破し―――、


 暗転。


 精神が裏返る、という表現が一番しっくりくるような感覚。それまで感じていた恐怖は高揚感に、どんなものよりも恐ろしいと感じていた咆哮は耳障りな雑音に、そして死を告げられているような錯覚を抱いていた金眼はただ必死になって抗うだけの弱者の瞳に思えてならない。知らず、口元が釣り上がる。自分の顔に浮かぶのは、牙を剥き出しにした攻撃的な笑顔。胸に抱いた()()()()を投げ捨てて、『僕』は相手の咆哮をかき消すように狂笑を上げた。


「くひッ、ヒャハハハハハハッ!」


 大口を開け、天に響けとばかりに声を上げる。狂笑しながら、僕は今まで一体何におびえていたのだろう、と思った。こんな、怖がって威嚇ばかりしてくるトカゲ風情に、何を恐怖していたのか、と。


 僕の笑い声に反応したのか、前線を支えていた生き残りの兵士たち数人がこちらを振り返り、そしてその隙を突かれてトカゲに焼き殺された。けど構わない。既に彼らの役目は終わっている。


 未だ熱を発する顔見知りだったはずの誰かを踏みつけて、僕はトカゲの前に立つ。来ていた学生服は、血で汚れあちこちが炎で焦げているがまだ衣類としての体裁を保っていた。それを、強引に破り捨てる。下に来ていた黒い長袖シャツ一枚になった僕は、刀身が半ばから溶けている槍を地面から拾い上げて右手に持つ。持ち手の部分まで金属で作られているその槍は、持っただけで皮膚が焼けるほどの温度を有していた。構わない。この程度の怪我は無視しても問題ない。僕はそのまま片手で槍を構える。


「ははっ、串刺しにしてやんよ、トカゲぇええええええッ!」


 叫び、突撃する。それに反応して振るわれた尻尾を槍で下から掬い上げるようにして力任せに殴りつけることで回避する。軌道を変えて僕の頭上を通り過ぎていく尻尾をやり過ごし、それを成した代わりに変形して使い物にならなくなった槍を放り捨てると、足元の溶けかけた大盾を蹴り上げて右手でキャッチする。そのまま盾で殴るように、追撃で迫ってくる爪を弾き飛ばした。


「ハッ、その程度で僕が死ぬかよ!」


 ひしゃげてただのゴミと化した盾をドラゴンの顔面に向けて投げつけながら叫び、その勢いのまま前に倒れるように飛び込む。

 一瞬の後、さっきまで僕の頭があった空間を火炎が駆け抜けた。ちりちりと熱が露出している肌を焼くが、無視。倒れた状態から四肢を使って右に跳ねる。ごろごろと転がりながら体勢を整え、そしてそのまま地面に突き刺さっていた持ち手の融解した剣を握る。持つ場所がないので、当然持った場所は刀身だ。いくら鈍い根元とはいえ、素手で握ったので切れる。痛みが脳を刺激するが、そんなことはお構いなしに突撃する。


「グルォオオオオオオッ!」


 なかなか死なない僕にイラついたのか、ドラゴンが咆哮を上げて僕に向き直った。その顔前には、灼熱のごとき赤い光を放つ魔方陣。先ほどまでのただの吐息とは違う、正真正銘の竜の息吹。神代より恐れられてきた竜の代名詞―――ドラゴンブレスだ。


 ぞっとするほど膨大な魔力が凝縮され、そして次の瞬間にはそれが喉元を通って顔の前にある魔法陣に触れようとしていた。常識外れの精密な魔力操作と速度。さすがは最古の竜かと僕が思わず感心した瞬間に、ドラゴンはその魔力を開放した。


「ガァッ!」


 火炎を纏って放たれた魔力は即座に目の前にあった魔法陣に接触し、そしてそれは赤い光線となって僕を襲う。大地を削りながら迫る半径一メートルはありそうなその光線を前に、僕の思考が加速する。視界がモノクロに染まり、光線の速度が良く見なければ動いているとわからないほど遅くなる。そして、僕はそこであえて笑みを浮かべた。


「―――起きろ、Azrael(アズラエル)


 小さく、しかし魔力を込めた故に遠くまで響く声で告げる。音なんて聞こえないはずの停滞した時間の中で、しかし何故かその音が鼓膜を揺らした。瞬間、眼前まで迫っていた光線は僕の目の前で粒子となって分解される。それを見届けたところで停滞した時間が動き出し、分解されたドラゴンブレスの粒子が収束するかのように僕の背中に集う。それは次の瞬間には一対の赤黒い無機質な翼となって現実に出現した。

 その翼は金属を無理やりコウモリの翼に見えるように形成したかのような形状をしており、ギチギチと耳障りな音をたてながら他者を威圧するかのようにゆっくりと上下に動いていた。


「ガァアアアアアアアッ!」


 ドラゴンブレスを無効化されたのがイラついたのか、ドラゴンが怒りの咆哮を上げながらこちらを睨んでくる。気の弱いものならそれだけで精神を焼き尽くされそうな金眼を前に、僕は笑顔のままあえて隙を見せ付けるように手に持った刀身をわざと大きく振り上げる。


「グルァ!」

「―――クハハハハハッ」


 僕が意図的に作った隙に反応して噛み付くようにして攻撃してきたドラゴンをあざ笑いながら、背中の翼を羽ばたかせて空へ浮き、噛み付きを回避する。その際ドラゴンの首裏に刀身を叩きつけることも忘れない。対したダメージにはならないだろうが、それでも嫌がらせにはなるだろう。そう考えての行動だったが、それは予想を超えて鱗を切り裂き筋肉で止められるまでドラゴンに食い込んだ。灼熱の血が吹き出て右手にかかる。本来ならその時点で右手が炭化してもおかしくないが、何故か少し熱いくらいにしか感じられない。一瞬疑問に思い、すぐに思い当たる。


 ―――Azrael(アズラエル)か!


 ドラゴンブレスを吸収し翼として形成したとはいえ、ここまで効果があるとは思わなかった。以前『俺』が自力で試したときは、翼は半透明だったし攻撃補正はもっと弱かった。防御補正も当然ながらないに等しかったはずだ。だが現実は翼は金属でできたようなものになっているし、攻撃補正と防御補正も以前とは比べ物にならないほど上昇している。

 流石はドラゴンブレス、と僕は心の内で相手を褒めながら狂笑と共に地面に着地する。


「アッハハハハハッ! すばらしいぞAzrael(アズラエル)!! そして流石だドラゴン! 神代より恐れられし太陽の蛇よ!」


 無言の返答とでも言わんばかりに振るわれる尻尾、爪、炎の息を全て紙一重で避ける。Azrael(アズラエル)によって防御に補正がかかっているため、以前のように武具を使い潰しながら命をすり減らすように避ける必要がなくなった。そのため、当たりそうな攻撃は殴ったりして逸らし、炎の息に関しては熱いとしか感じられない程度にまで脅威が下がっているのでそのまま正面突破した。おかげで全身に少しやけどを負ったり、両手にひびが入った気がする痛みが残留していたりとコンディションは割りと悪いが気分だけは絶好調だ。周囲には炭化した死体がたくさん転がっているというのに、微塵も気分が落ち込まない。むしろ高揚し続けている気さえする。


「これはAzrael(アズラエル)の副作用なのかなぁ! そこんとこどう思うよドラゴン!!」


 襲い掛かってきた尻尾を逆に手に持ったままだった刀身で両断しながらそう問いかけるも、その返答は爪による攻撃だった。それを下から蹴り上げて逸らしつつ、その反動を利用してすれ違いざまに一閃。切り落とすとまではいかなかったが、腕に半分ほど切り込みを入れることに成功した。


「グルァアアアアアアアアアア!!」


 一際大きく咆哮して、ドラゴンがその背にある翼を動かして飛翔する。空中という、人類が独力ではどう足掻いても届かない領域へと退避してこちらを向き直る。滞空状態からその眼前に灼熱のごとき赤い光を放つ魔方陣を顕現させ、必殺の意思をこちらへぶつけてくる。二度目のドラゴンブレスだ。そしておそらく、今回放たれるのは前回放たれたものとは格が違う――正真正銘の全力だろう。僕としても、Azrael(アズラエル)で吸収しきれるか分からない。そもそもAzrael(アズラエル)の吸収は本来の能力ではないので、前回と同じように対処できるとは思えない。それを裏付けるかのごとく、背中に生えた金属の翼がギチギチと警戒を促すようにざわつく。否、警戒ではなくこれは(・・・)歓喜だ(・・・)


 ―――Azrael(アズラエル)が本領を発揮できると喜んでいる。


 それを確認して、僕はこの喧嘩(アソビ)が終わりを迎えることを悟る。何故ならAzrael(アズラエル)告死天使(死を齎す者)。元の世界の宗教的な意味で見るならば違う意味があるようだが、この世界における僕のAzrael(アズラエル)はただただ死を齎し、命を終わらせるモノだ。故に―――。


「―――これが最後ってことだよなぁAzrael(アズラエル)ぅ!! アッハハハッハハハハァ!!」


 高笑いと共に、僕は手に持っていた刀身を投げ捨ててそのまま自身に生えた翼を両方もぎ取る。ブチ、と生々しい音と共に引きちぎられた金属の翼は、それぞれくっついて一つになり、そのまま変形する。最終的に僕に生えていた翼は、見るものに禍々しい印象を与えるであろう大鎌へと姿を変えた。その大鎌を両手に構えながら、僕はドラゴンを見上げる。


「さぁ、カーテンコール(終幕)だ。―――死を想え!!」


「グルァアアアアアアッ!!」


 僕が啖呵を切ったのとほぼ同時に、ドラゴンがドラゴンブレスを放った。前とは一回りも二回りも違う大きさ、速さでこちらに迫る光の柱。その光から感じる死の気配はもはや以前とは隔絶しており、気の弱いものならば見るだけで心の臓腑が脈動を止めるかもしれないほどだ。その死の光に対し、僕は両手に持った大鎌を振るう。普通の武器ならば、そんなことをすれば刹那の時間すら稼げず蒸発するだろう。だが、僕が握るこれは普通じゃない。相手のドラゴンブレスに匹敵―――否、凌駕する死の気配を漂わせるこの大鎌は、Azrael(アズラエル)の大鎌だ。死を告げる天使の持つ大鎌だ。それはつまり、死そのものだ(・・・・・・)と言っても過言ではないだろう。ならば、ドラゴンブレスに押し負けるはずが―――ない。


 僕がそう確信と共に振るった大鎌がドラゴンブレスと接触した瞬間、ドラゴンブレスが一瞬停止し、そのまま僕の大鎌と触れたところを基点に魔法陣へ向かって亀裂が入っていく。その様子を見ていたドラゴンが慌てて更なる魔力を放出して崩壊を防ごうとするが、無意味だ。僕の死はそこまで甘くない。

 僕の思いを肯定するかのように、増強されたドラゴンブレスすら亀裂が飲み込んでいく。そして亀裂がついに魔法陣にまで到達下その時、亀裂の入ったまま停止していたドラゴンブレス全体が一気に砕け散った。きらきらと破片が光の粒子となって宙へ消えていく光景を横目に見ながら、僕は全力で宙を駆ける。宙を舞うまだ消えきっていない破片を足場に、ドラゴンへ向けて一直線に。


 呆然としていたドラゴンが僕に気付いたのは、僕が大鎌を振り上げたそのときだった。

主人公

『俺』『僕』の二重人格的な何か。

『俺』が一応メイン人格。だけど異世界召喚のときにもらったチートがいい具合に混ざり合ってできたのが『僕』。『俺』はその辺にいくらでもいる見栄っ張りな男子高校生。『僕』はその『俺』から派生したチート人格。ぶっちゃけ『僕』は自身の肉体(=『俺』の肉体)を100%完璧に意識的に操れるので、超人じみたことだろうと簡単にできる。『俺』が考え『僕』が実行するのが当初の『俺』の構想だった。


もらったチート

Azrael(アズラエル)』なんか守護天使的なの。魔力とかで顕現する。


『戦いに耐えうる心』かっこ悪いところ見せたくないという男子高校生の見栄。『僕』の当初の形。


『頼りにできる何か』あいまいだが、たった一人で異世界に行くわけだから何か頼れるものが欲しかった。これと上の『戦いに耐えうる心』が混ざって『僕』が生まれた。

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