-Chapter42-
「楓の病気が治るかもしれない……か」
俺は弥奈の虹魔法について考えを巡らせていた。彼女が言うには確実に楓の病気が治る、という訳ではなさそうだが、それでも虹魔法使いというだけで彼女が何でもできるような気がしてならなかった。あとは、楓があの病気を治そうとするかどうか――いや、彼女は治そうとするだろう。彼女は病気のせいで様々な困難に遭って来たし、病気をそのままにしておこうなんて考えることすらないだろう。……しかし、もし楓の病気が治ったとしたら、杣はどうなるのだろう? 楓が病気によって意識を失っている間現れる杣の人格は、消滅してしまうのだろうか? 楓は杣の記憶を持たないから、彼女は杣について知ることもないし、杣が消えても何の影響もない。影響があるとするなら――。
「俺……か?」
俺はその結論に至る。知らない間に、杣も楓と同じくらい大切な存在になってしまっていたらしい。杣も楓の一部だから当然なのかもしれない。ただ、それだけではないような気もする。俺は弥奈の話に明確な結論が出せないまま、家に帰った。
母さんが仕事に出かけるのを見送った後、俺は自分の部屋のベッドに寝転んで、暫くの間自由な時間を過ごす。ただ退屈な、何をすることもない時間。何かをしようと思えばできるが、やろうとする気が起きない。そんな状態で、俺は眠気が訪れるまで特に何をするでもなく、特に何を考えるでもなく、ぼぅっと過ごしていた。
「……ん?」
ふと、窓の外に誰かがいることに気付く。カーテンごしに人の形の影が見え、俺は病院での出来事を思い出した。また、奴がやって来たのか。俺は前回のような事態にならないよう細心の注意を払いながら、ゆっくりとカーテンを開ける。窓は閉めているから、入ってくることはないだろうが――。
「おお! 迅よ! やっと気づいてくれたか! 今日の夕方から某はずっと窓に張り付いていたのだぞ! どうして気付かなかったのだ!?」
ゴル先輩が、窓に張り付いてこちらを見ていた。
「――で、何があったんですか」
俺はゴル先輩を中に入れるために窓を開けた。ゴル先輩は中に入ってきた瞬間俺を抱きしめ、大声で感謝しながら泣いていた。正直、彼の両腕に締められてすごく痛い。彼が泣き終え、俺が彼の両腕から解放されたところで、本題を持ち出す。
「いや、舞が急に某は用済みだと言ってな、某は住んでいた賃貸住宅を追い出されてしまったのだ! まったく……女の考えることは分からんな!」
ゴル先輩は本当に分からない、といった様子で話す。まぁ、俺も彼が追い出された理由が分からないから何とも言えないのだが、
「なんで、俺の家に来たんですか?」
俺が最も疑問に思っているところはそこだった。
「はっはっは! いい質問だな迅よ! そんな迅には某特製の紅生姜風味ふぉーちゅんくっきーを授けようじゃないか!」
どうやら俺の質問がゴル先輩の機嫌をよくしたらしい。
「紅生姜風味とかいらないんで質問に答えてください」
このままだとゴル先輩が本気で紅生姜風味フォーチュンクッキーを手渡しそうだったので、俺は軌道修正をする。そんなものを誰が食べるのかすごく気になるところではあるが。
「むぅ、そうか……。いや何、舞の近くに髪の黒いちびんてーるがいたからな、ちびんてーるの家が分からないから、ちびんてーるの近くにいる迅の家に行こうと思っただけだ」
クッキーを受け取ることを拒否したことにひどく落胆していたゴル先輩は、テンションを落としながらも質問に答えてくれた。舞と杣が一緒に行動しているというのは本当らしい。さらに、ゴル先輩は楓と杣の違いが見極められていないらしい。髪色が違うだけで別人と判断するのも早計ではあるとは思うが、杣と楓は明らかに纏っている雰囲気が違うだろう。少なくとも別人っぽいとは思うだろう。
「それにしても、ちびんてーるはどっちの髪型が地毛なのだろうな? 某は茶髪であるが、ちびんてーるは橙か黒か、よく分からんかったのだ」
ゴル先輩は楓と杣を混同したまま話す。ついでにゴル先輩の髪は茶髪というよりはブラックブラウンのような気がするが……まぁ本人が茶髪と言うなら茶髪ということにしておこう。下手に反論すれば何の勝負を持ちかけられるか分からない。
「そうだ! せっかくの機会だ、某と迅で何か勝負をするのはどうだ!?」
……反論しなくても勝負を持ちかけられてしまった。だが、まだ大丈夫だ。何で勝負するかは言っていない。
「いいですよ……じゃあ、トランプはどうです?」
頭脳戦ならゴル先輩にだって勝てる、そう思って俺はトランプ勝負を提案し、ゴル先輩も乗ってくれた。……のだが。
数時間後、俺はトランプのカードが壁中に突き刺さった現状を見て、溜め息交じりに呟く。
「トランプって……こういうゲームじゃないよな?」
俺の部屋ではただ一人、ゴル先輩が楽しそうに笑っていた。




