-Episode42-
「今のは……!」
僕はゆっくりと目を開ける。おそらく今の雷鳴は優奈の魔法によるものだろう。あまりにも大きい音だったので、まだ耳鳴りがする。
「優奈ちゃん! すごいよ! やっぱり私が言った通り、優奈ちゃんはやればできる子なんだよ!」
怜がいくらか興奮して飛び跳ねている様子がなんとなく伺える。目が完全に開いて視界も良好になってくると、僕の目に最初に入ったのは、想像通り飛び跳ねている怜と、そんな彼女に手を握られ、困ったような顔をしながらもはにかんでいる優奈の姿だった。
「わ、私、必死で……自分でも、何をしたのか、何が起きたのか、いまいち分かっていないんです」
魔法にはそういうこともあるのか。そういえば、舞から魔法について説明を受けた時、強い感情が引き金になって無意識に魔法を使うことがあると聞いたな。今回のがそれの例というわけか。かなり強力な雷だったと思うのだが……。
「それにしても、本当に優奈ちゃんの魔法はすごいねぇ……辺り一面にはびこってた黒いのも、全部いなくなっちゃったよ」
怜の言うとおり、黒夜はきれいさっぱり消えてなくなっていた。後には、どこからか差し込んでくる明かりが薄暗く道を照らしているのみだ。
「ポニテ子の炎といい、優奈ちゃんの雷といい……黒いのはやっぱり光が苦手なのかな。見た目黒いし、分かりやすい弱点かも」
ポニテ子って……あぁ。舞のことか。意地でも舞のことは名前で呼ばないのか。
だが、黒夜に関する情報は、いくらかありがたいと言える。弱点が光なら、魔法なんてなくても、携帯電話の明かりとか、懐中電灯などで黒夜に対する対策が可能になる。
「さて、これからどうしようか……」
僕はこれからのことについて話題を切り出すことにする。
「あ、あぁー……外にはあのフードの人がいるし、ここにずっといる訳にもいかないしなぁ。でも、どうやってここから出るかもよく分からないよ。もと来た道を戻るにしても、これじゃあ……」
怜が後ろを振り向く。そこには迷路と間違えるような複雑な分かれ道がたくさん存在していた。こんなに迷えそうな所だったっけ。
「今回はたまたまうまくいったけど、次もうまくいくかは……」
優奈は不安そうに僕の服をつかんだ。一度魔法で黒夜を撃退したとはいえ、この薄暗い雰囲気が彼女は苦手らしい。それに、感情が昂ったことで無意識に発動した魔法であるなら、優奈の言うとおり、次もうまく発動してくれるとは限らない。
「出る方法自体なら、怜が氷のはしごを作るとか、携帯電話で舞を……うわ、そんな怖い顔しないでよ。あ、ほら、携帯電話は圏外だったよ、連絡は出来ない」
僕が出る方法を提案し、舞の名前を出したところで、怜は思いっきり不機嫌そうな顔をした。なぜそこまで舞のことを毛嫌いするのか。
「嫌い嫌いも好きのうごごぉ!?」
つい思いついたことを口にしようとした瞬間、頭上から巨大な氷塊が降ってきて僕の頭に激突する。とりあえず現段階では怜が舞のことを本当に好きでないことだけは分かった。
「朔君、私、朔君がモテるのは仕方ないと思うけど、朔君が浮気するのは許さないんだからね!」
怜は何か念を押すように僕に指を突き立てていった。僕は別にモテるわけではないと思うし、浮気性でもないと思うけどなぁ。自分で決断するのが苦手な部分があるというのは自覚してるし、その辺が浮気性だと勘違いされているのかもしれないな。
「……ちなみに、浮気ってどういうこと?」
僕はそっと怜に尋ねた。なんとなく回答は分かっているが。
「勿論朔君だよ?」
やはりか。なぜ彼女は僕のことを彼氏扱いしているのか。別に僕は特定の誰かと付き合っているつもりはないし、怜とだって付き合っているつもりもないんだけどなぁ。あえて関係性を述べるなら、友達――。
「以上家族以下?」
怜に思考の途中で余計な言葉をはさまれた。家族以下って、つまり家族を含む可能性もあるということじゃないか。
「だってほら、ゴールインする可能性とか……」
怜は頬を染めて言う。いや、あり得ない。僕達はまだ中学生だ。
「って、こんなことを言い合っている場合じゃないよ! これからどうするかを話し合うところだったのに!」
いつの間にか脱線していた話に区切りをつける。いつ話が脱線したんだろう。氷塊が飛んできた当たりか? と思った次の瞬間、地面から、何かが僕の足を掴んでいることに気付いた。
「こ、黒夜!?」
下を見ると、手だけ残された黒夜が、僕の足を掴んでいるのが見えた。
「ど、どうしよう!? 私の魔法じゃ朔君ごと凍らせかねないし……」
怜は慌てているようだ。幸い、僕以外に黒夜に襲われている人物はいない。しかし、このままでは僕がこの黒い沼のようなところへ引きずり込まれてしまう。丁度そう思ったとき、突然黒夜の手が発火した。




