-Episode34-
……意識が遠い。体が重い。いつの間にか何も聞こえなくなっていた耳は、次第に人々の騒ぐような、ささめくような声を僕の頭に入れてくる。
「――朔君、朔君」
誰かが僕を呼んでいる。いつの間にか気を失っていたのか、僕は。
「朔君ってば!」
聞き覚えのある声が、僕を叩き起こすかのように叫んでいた。意識がはっきりしない。まるで他人の体に入り込んでいるみたいだ。
「ご、ごめん怜。ついうっかりして寝ちゃったよ」
まるで口から勝手に言葉が出てくるかのように、僕は言った。なんだろう、自分が今ここにいるという実感がない。周囲の景色もなんだかぼやけていて、水彩画みたいだ。ここは現実なのか?
「もう、朔君って何の脈絡もなく寝たりするよね! 朔君って意外とねぼすけさんだったり?」
隣にいるのは、どうやら怜らしい。遠くで花火の音が聞こえる。ゴル先輩の作った花火を打ち上げてでもいるのだろうか?
「夏休みも今日で終わりかー……朔君は、いい思い出とか作れた?」
怜は僕に対してそう聞いてきた。というか、今日はまだ七月だし、夏休みはまだまだこれからだと思うのだが……やはりこれは現実ではないようだ。だとすれば一体なんだろう? 夢か、幻想か? いや、もしかしたらこれは、舞の言っていた時間の巻き戻しが起こる前の僕の記憶かもしれない。
「思い出は……まあ、そこそこかな」
僕の口は勝手に動き、勝手な言葉を口にする。意識はぼんやりとしているため、その口を意識的に閉じたりすることはできないが……勝手に喋られるのはなんだか好ましい気分ではない。
「えー? 私はいっぱい朔君と遊べて楽しかったよ?」
怜はそんなことを言っていた。どうやらこの記憶か夢か幻想の中では、怜は僕とたくさん遊んだらしい。それは……なんというか、怜につき合わされた僕が気の毒に思えてくる。
「そ、そう?」
と思ったが、僕はそうでもないような返事をしてきた。まんざらでもなかったのか。まぁ、慣れればなんとかなるのだろう。僕としては彼女の理由もなく氷を飛ばしてくるのには慣れたくないが……。
「あ、そうだ朔君――」
僕が勝手に喋る僕と考えている僕の間でちぐはぐな感覚に陥って困惑している間に、ノイズのような音と視界に数本の線が入ってきた。つまり、この夢とも幻覚ともつかないものが終わりかけているのだろう。そう思って怜の方を見ると、彼女はかすかに涙を流しているように見えた。その涙が印象的で、僕は――。
「……ん」
プツ、と電気が入ったかのように意識を取り戻した僕は、ゆっくりと体を起こしてみる。隣では怜が僕の体をつんつんとつついていた。
「ゴル先輩のことだから心配はしてなかったけど……朔君、随分長い間寝ていたんだね?」
怜が言った通り、日が暮れる頃まで僕は気絶してしまっていたようだ。その間に夢のようなものを見ていた気がするが、ノイズのような音と、印象的な誰かの涙という二つの光景しか思い出せない。
「何々? 変な夢でも見たの?」
……そういえば、怜は僕の考えていることを読めるんだった。……待てよ? ということは……。
「怜、僕が無意識下で考えていることとかも読み取れる?」
僕がそう怜に聞いてみると、
「ん? んー……それは難しいかなぁ。いや、頑張れば不可能じゃないと思うんだけど……今朔君が考えていることを当てるよりは難しいし、手間もかかると思う」
怜はそう返事をした。不可能ではないのか。手間もかかるなら、別にそこまで気にする必要はないか。夢のことなんて、大したことではないのだ。
「あ、そうだ朔君! 見て見て!」
怜が自慢げに僕の腕を引っ張るので、一体どうしたことかと思って見てみると、たくさんの花火の玉の中に、一個だけ、水色、いや空色の花火の玉があった。
「へへん、これが私の作った花火だよ!」
怜は自慢げにいった。……まじか。僕でさえかなり苦労したのに、彼女はいとも簡単にやってのけたというのか。
「か、簡単じゃなかったよ!? 色々頑張ったんだから!」
いや、頑張っても、こうしてちゃんとした花火の形になるなんて、かなり技術の育成に時間をかけたとしか思えない……。まさか、
「怜の家系って、花火職人?」
僕の予想を怜に尋ねてみると、怜は少し噴き出して、
「そ、そうかもね? それは朔君の想像にお任せするよ」
と、いくらか冗談めかして言った。まあ花火職人ではないことは確かか。……とすると、一体どうやってあの花火を作ったのか。
「とりあえず朔君、早く帰ろう?」
ふと、怜が立ち上がって帰ろうとしていた。僕も自分の家には帰りたいが、舞、いや、ええと……何か理由を考えないと。
「そうだ、花火! せっかくだから僕も花火を一個作るまでは、ここに泊まり込みで生活するよ!」
丁度いい理由を思いついた僕は、急に声が上ずった僕に疑惑の視線を向けながらも、泊まり込みで花火を作ることを優奈に伝えてくれることを約束してくれた。




