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Lonely Liar  作者: Laugh
-Episodeβ-
200/344

-Episode89-

 僕は目を疑うことしか出来なかった。一瞬の間に何が起こったのか、理解さえ出来なかった。

「ぁ……ぅあ……」

 優奈の苦しそうな声が、前から聞こえてくる。影が一斉に目の前の人から引き抜かれ、その人は地面に落ちた。血まみれのサイドテールが視界に入る。

「……あれ?」

 僕はどこかおかしくなってしまったのだろうか? これは幻覚なのだろうか? それとも僕はもう死んでいて、幽体離脱した僕が見ている景色なのだろうか?

「――」

 影を放った張本人である杣も、言葉を失っているようだった。その場にへたりと座り込み、まるで自分の犯した過ちを悔いるように、頭を下げる。何度か瞬きしても、目の前の景色は変わらない。

「嘘、そんな、優奈ちゃんが……」

 僕の背後で、怜がそんなことを言う。優奈? 何を言っているんだ? それじゃまるで、目の前にいるこの人が優奈だと言っているようじゃないか。

「お……兄……ちゃん……」

 地面に倒れたままの人が、最後の気力を振り絞ったかのように、優奈の声を発した。彼女は僕にゆっくりと手を伸ばし、僕がその手を取ろうとしたとき、ふっと糸が切れたかのように、その手が地面に落ちる。僕は何も言えないまま、その落ちた手を見つめた。視界がぼやける。何だろうこれは。僕は落ちた手を手に取り、じっと眺める。手にぬくもりと温かな液体が伝わる。今、僕はどんな顔をしているんだろうか? 目に浮かんでいた涙を拭おうとすると、視界が少しだけ赤く染まる。

「朔……君?」

 怜が僕の様子を心配してか、声を掛けてくる。僕は何か答えなくちゃいけないと思って、必死に言葉を選んで話しかける。

「優奈?」

 その声と同時に、目の前で息絶えていた一人の少女が、まるで蛍の光のようなものとなって、消えた。

「――あ」

 僕はその光に導かれるように、立ち上がる。光を掴もうと手を伸ばしても、それはするりと僕の手をすり抜けて、どんどん高く登っていく。一つだけ、一回り大きな光が僕の元に近づき、ゆっくりと僕の体の中に入り込んでいく。

「あぁ、あ……」

 僕は呻き声とも泣き声とも取れないような声を出した。ゆっくりと、現実が認識できるようになってくる。僕は助けられた。代わりに誰かが死んだ。代わりになったのは――。

「優、奈ぁ……嘘だ……」

 僕は両手で顔を押さえる。先ほどまで付いていたはずの血は、消え去っていた。

「どうして……」

 僕は首を振りながら、何度も何度も後悔する。なぜ彼女は僕なんかを庇ったのだろうか? 彼女の方が僕なんかよりずっと立派で、思慮分別があって、人見知りもしなくて、頭もよくて……どうしてそんな彼女が、僕の代わりにならなくちゃいけないんだ。そんなの、おかしい。そうなるくらいなら、僕が――。

「朔君!」

 不意に僕の名前を呼ばれ、僕は顔を上げて振り向く。そこには、涙で顔を腫らした怜が、僕の方を見た。

「今、何をしようとしたの……?」

 怜は、涙をぽろぽろと流しながら、そんなことを言う。僕が、何かをしようとしたのか?

「駄目だよ、朔君……自分を責めないでよ……」

 怜はそう言いながら、僕をそっと抱きしめた。彼女の体温が、いつの間にか冷え切っていた僕の体に伝わる。

「怜、僕は……」

 何も言えないまま、僕は怜への言葉を探す。心の底から湧き出てくる、黒の絵の具のような感情が、彼女の表情を見ていると、ゆっくりと水に溶けて流されていくような感じがする。僕を突き動かそうとしていた何かが、まるでしぼんでいくかのように、急速に勢いを緩めていく。

「僕は今……何か取り返しのつかないことを、しようとした?」

 その取り返しのつかないことが分からないまま、僕は怜に尋ねる。彼女は強く頷き、そのまま僕の胸で泣く。

「……ごめん」

 なんと声を掛けていいか分からず、僕は怜に謝って、代わりに僕も彼女を抱きしめる。これでいいのか分からないけれど、何もしないよりはよっぽどましだ。突然優奈を失ってしまったとき、僕はどうしようもない否定の感情に支配された。自己否定、出来事の否定、存在の否定。きっとそれが、怜の言う取り返しのつかないことに繋がっていたのだろう。怜は、そうなる前に僕を止めてくれたのだ。――彼女には感謝しかない。

「ありがとう、怜」

 僕は心安らかにそう言うと、怜をそっと僕の体から離した。――僕の心から、自分を否定するような感情は消えてなくなった。――そうなった今、僕の心の中には、また別の新しい感情が芽生えている。僕は黙ったまま、遠くで自問自答を続けているような少女に近寄る。

「――朔、君。私は――」

 生気を失ったような顔で、杣は僕に話しかける。そんな彼女に僕は少しだけ笑いかけると、

「――死ねばいい」

 そう、言葉を投げかけた。新しく芽生えた感情、それは優奈を殺した杣への、強い憎悪だった。

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