-Episode67-
「思っていたよりも早かったね」
杣は壁にもたれかかりながら言う。
「それはどうも。彼があたしたちに居場所を教えてくれたのよ」
舞は僕の腕を軽く上げて言う。
「そう。ということは、これから朔君を外に連れ出そうとしてる、ってことでいいのかな」
杣はあまり動揺せず、冷静に状況を確認していた。
「あ、あぁ。それより、杣、どうしてお前がここに……?」
この場で僕を除き誰よりも戸惑っている迅が、杣に質問する。正直、僕は舞と迅に見えていない辺りから空気と化しているような気がしてならない。
「訂正しておくと、あたしはここから連れ出そうとはしてないから」
不意に舞が迅の発言を訂正し、迅が驚く。まぁ彼女は僕をここから連れ出すことにはあまり積極的ではなかったからなぁ。
「――そう。じゃあまずは質問に答えるよ。私がここに来たのは、これのためだよ」
杣はそう言いつつ、影の中からパンを取り出した。おそらくあれが今回のご飯だろう。今まで弁当だったのに急にパンに変わったというのが少し気になるが。
「パン、ねぇ。つまり餓死しないように食料を与えてたって感じかしら?」
そう言われると、なんだか僕が餌付けされているような気分になってきた。いや餌付けされているのか? 僕はここから出れないから食料を手に入れることが出来ない。それを利用して――。
「別に餌付けのつもりじゃないけど。朔君には死んでほしくないだけ」
僕の考えを読んだのか、それとも舞の言葉から僕と同じようなニュアンスを読み取ったのか、杣はやや反抗的な態度で答えた。
「そこまで言ったつもりじゃないんだけどね。まぁいいわ。別に彼がここにいたところであたしの目的にはなんの障害にもならないし。むしろ、やりやすいわ」
目的……そういえば、彼女は怜を殺害することを目的としていた。どうしてそんなことをするのか聞きたかったが、今の僕ではそれを聞くことが出来ない。
「あなたの目的は、今のままだと絶対に達成できない。それは分かってるはずだけどね。それとも、また別の方法でも思いついたの?」
二人のやや挑発的なやり取りを、僕と迅は似たような表情で見ていた。共通点を挙げるとするなら、二人とも話題に着いてこれなくなり始めていること、二人のやり取りにやや怯えていること、とりあえずここから出たいということ、ぐらいだろうか?
「もうあんたとの協力は終了してる。教える義理はないわ」
舞はそう言い切ると、僕を掴んでいた手を離した。
「じゃ、あたしはこれで」
彼女は小さくジャンプすると、その足元から炎を噴射させて空に飛びあがった。
怜もそうだが、とても器用に魔法を操るな、この人達は。
「お、おい! 待てって! 舞が去ったら、俺はどうやってここから出ればいいんだよ!」
どうやら置いてきぼりにされたらしい迅が、戸惑いながら叫んでいた。
「――食べる?」
それを見て気の毒に思ったのか、杣が一つのパンを迅に差し出していた。
「あぁ、サンキュ。……なぁ杣、本当にここに朔がいるのか?」
迅はパンを頬張りながら、杣と話を始める。杣には僕が見えているので、彼女はしっかりとパンを僕の方に持ってきてくれる。僕もパンを頬張って二人の話を聞くことにした。――このパン、ネギパンだ。優奈がよく買ってくるから覚えてる。もしかして、流行っているのか? ネギ。
「そもそも、朔がいたっていう実感がないんだ。舞のおかげでなんとか覚えていることは出来るんだが、そのこともぼやけているというか……気を抜けば、すぐに忘れてしまうぐらいに小さな記憶になってるんだ」
どうやら、杣の呪いは人の記憶にまで作用するらしい。迅の話から推測するに、舞にはそれが効かなかったらしいが、なんとも恐ろしい呪いだ。
「――そうだね。迅になら、大丈夫かもしれない。手を出して」
少し間をおいてから、杣は迅に手を出すよう求めた。迅が断ることもなく手を差し出すと、杣はその手に触れた。すると、
「――おわっ! さ、朔! いつの間にそこに……あ、いや、ずっといたのか。すまん」
急に迅が僕の姿を認識し始めた。もしかして、呪いを解いたのか?
「限定的に、呪いを解くことは可能だからね。まだ呪いの効果は付いたままだけれど、迅と朔君の間なら、呪いの効果はないよ」
杣は僕の顔を見ながら言う。杣も怜も僕の表情から僕の考えていることを読み取りすぎる。僕の顔ってそんなに表情豊かなのかな……?
「じゃ、私も」
杣はそう言い残して、影の中に消えていった。
「あ、杣! ……行っちまったか。朔、これからどうする?」
迅は杣を引き留めようとするが既に遅く、彼は少し落胆しながら僕に質問をしてきた。……迅と僕だけで、ここから脱出する術を見つけ出せるだろうか。
「とりあえず、今後のことについて、色々話し合わない?」
僕はそう提案して、まずは情報共有から始めることにした。




