-Episode60-
「このペンダント……怜の?」
どうしてあんなところに落ちていたかは分からないが、怜の写真が写っているくらいだし、怜の知り合いか家族、友人もしくは本人のものだろう。自分の写真を持ち歩く人なんてなかなかいないと思うけれど。
「私のじゃないなぁ……ん? これ、取り外せるみたいだよ?」
ふと、怜が写真に爪を立てて写真を剥がす。綺麗に剥がれた写真の裏には、小さな鏡があった。もしかしてさっきペンダントが開かなかったのって、この写真が原因だったりするのだろうか? ふと、鏡で反射した月の光を見た時、頭にノイズのような音が鳴る。
「ん、今のは……」
ホワイトノイズのような音が、次第に大きくなる。それと同時に頭痛が始まり、僕は頭を押さえる。
「朔?」
僕の様子を心配したのか、迅が声を掛けてくる。
「少し頭痛がするだけだよ。大丈ぶ――」
僕は迅に返事をしようとした瞬間に、意識を何かに断ち切られた。地面に倒れる音が聞こえ、誰かが僕を呼ぶ声が遠ざかる。目は開いているのか閉じているのか分からない。地面に倒れているという感覚もない。感覚的に一分程経過した後、僕の意識は急に目覚めた。
「ごめん、今気絶したかな……あれ?」
迅に急に意識を失ったことを謝罪しようとしたが、そこには迅はいなかった。それどころか、僕のいる場所は裏通りではなかった。屋上、どこかで見たことのあるような景色。周りに年季を感じさせる錆びついたフェンスがあり、地面には苔が自由奔放に生え、真上には白一つない青色の空が広がっていた。
「どこだろう、ここ――夢の中?」
無意識にそんな単語が出て来て、僕は少し驚いた。しかし、ここが夢の中だと考えれば、急に場所が変わったことも、ここに見覚えのあることも説明できる。僕はほっぺたをつねってみて、夢かどうかを確認してみる。――普通に痛かった。
「何してるの?」
背後から声をかけられ、僕は驚いて軽く飛び跳ねてしまった。
「約束、もう三十分過ぎてるよ?」
約束? 何の話だろう? 夢の中で僕は誰かと約束をしたらしいが、一体どんな約束なのか、僕には分からない。
「ご、ごめん、何の約束だっけ?」
僕は正直に約束を覚えていないと言う。そして後ろを向いて、先ほどからどこか拗ねたような口調で話している少女の方を向く。
「――ふぅん。覚えてないんだ」
ショートカットの少女は、そっぽを向いてそんなことを言った。どうやら彼女を怒らせてしまったらしい。僕は慌てて何度も謝る。僕が彼女に謝る明確な理由は分からないまま。少女はそっぽを向きながらも僕の方をちらちらと見ていた。しかしどんなに謝っても何の進展もなく、ついに僕は黙ってしまう。気まずい沈黙が流れていき、僕は半泣きになっていた。知らない間に涙が出て来ていることに驚いていると、正面からくすくすと笑う声が聞こえてきた。
「話があるんでしょ? 偶然だよね、私も話があったんだ」
どうやら約束というのはここで話をすることだったらしい。待ち合わせでもしていたのだろう。三十分も待ち合わせに遅れるなんて、夢の中の僕は一体何をやっているんだ。
「ぼ、僕の話は後でいいよ」
彼女に話す内容さえ忘れていた僕は、先に彼女の方から話してくれるように頼んだ。彼女の話し方から察するに、話があると先に誘ったのは僕らしいので、なんとも情けないことをしているなと、肩を落とした。
「え? そ、それは、その……うーん」
僕の言葉に少女は戸惑い、小さく屋上をうろついた。話を話すことを迷っているように見える。そんな彼女の頬は、少しだけ朱色に染まっているような気もした。
「……よし! え、えと!」
意を決したのか、彼女は気を付けをして何かを話そうとする。しかし一回言葉がつまり、仕切り直しと言わんばかりに大きな深呼吸を三回繰り返した。その後一度振り返って五回程何かを小さく呟いた後、彼女は僕の方へ向き直って、その言葉を告げた。
「――好きです。付き合ってください」
その瞬間、頭の中にいくつもの映像が流れ込んでくる。大きな花火の音と、その隣に佇む少女。夏祭りの屋台を一緒に歩く少女。病院のベッドで目が覚めた僕を、泣きながら抱きかかえる少女。家の前で毎回僕を起こしに来る少女。町のプールで楽しそうにはしゃぐ少女。学校の図書室で一緒に読書をする少女。神社の階段を数えながら登って行く少女。商店街の喫茶店で同じ飲み物を注文していた少女。危険が迫った時には、誰よりも僕の身を守ってくれた少女。キブシのような笑顔を見せる少女。少し強引に物事を進めていく少女。大切なものを守り通そうとする少女。いつだって僕の近くで僕を想ってくれていた少女。
「――怜」
僕は彼女の名前を呼んだ。その瞬間、叩き付けるような風の音と共に、僕の意識はどこかへと飛ばされていった。




