-Episode50-
「ありがとう朔君ー。頭がぼーっとしてると魔法があんまりうまく使えなくて、私の水じゃあんまり頭が冷えないんだよー」
まだ少しぼうっとしている怜は、僕からもらった氷嚢を額にあてながらお礼を言う。怜は大丈夫そうなので、僕は優奈にお風呂からあがったことを伝えるためにリビングに向かった。
「あ、お兄ちゃん。怜さんがそっちにいなかった?」
優奈はどうやら怜が僕がいる風呂場で待ち構えていたことをある程度把握していたようだ。それなら教えてくれてもよかったのに。
「今のぼせてるよ。あ、僕はお風呂に入ったから、もう入ってもいいよ」
僕は優奈に風呂場での出来事をなるべく誤解が無いように説明し、優奈に風呂が冷めないうちに入ったほうがいいと言っておく。
「う、うん、じゃあ入ってくるよ」
優奈は気まずそうな表情を浮かべながら、風呂場に向かっていった。そして、僕は二日ぶりのソファに思い切り体を傾けて座る。裏通りではこんな風に埋もれるくらい柔らかいものなんてなかったから、つい安堵の溜息が出てしまう。
「なんだかこのままじっとしていると寝ちゃいそうだな……」
そのまま寝てしまうと怜に落書きをされてしまい、翌朝怜に笑われ、優奈に気まずい顔をされてしまうので、僕はソファから起き上がる。ふと、テーブルの上に見慣れない携帯電話が置かれていることに気付いた。そういえば、風呂に入る前に携帯電話をテーブルの上に置いておいたんだっけ。
「これ、どうしようかな……」
杣はいらないとは言っていたが、こんな高価なものを無料でもらうというのは、なんだか彼女に申し訳ない気がする。携帯電話を開いて、適当に画面を眺める。待ち受け画面は猫や犬などの動物がデフォルメされた絵がちりばめられたもので、杣のイメージと大きくかけ離れているような気がする。もしかして杣って以外とそういうのが好きだったりするんだろうか? 僕は自分の部屋に戻りながら、携帯電話をいじる。最初の画面に戻るにはどうすればいいとか、音が出たり出なくなったりすることに少し驚いたりとかはしたが、僕の部屋で何度も同じような操作を繰り返していると、なんだかこんなことをしている自分が古臭く感じてしまった。見たことのないもの、新しいものに惹かれるのは当たり前だと思うが、過剰に反応してしまっているのではないかと、周囲の目線を気にしてしまう。誰も僕が携帯電話をいじっているところなんてみていないのだが。ふと、携帯電話にメールが一通届く。このメールは杣に当てられたものなのだろうか。タイトルは無題らしく、そこから内容を推察することが出来ない。中身を知りたいという欲と、他人のプライバシーを侵害してはいけないという理性を天秤にかけて、僕は悩む。
「か、確認だけならいいよね?」
結果、僕は自身の欲の方を優先して、メールを開くことにした。罪悪感に心を痛めながら、メールの文面を見る。そこには、簡単な場所だけが記されていた。
「商店街のゲームセンター前?」
ゲームセンターなら確かにあるが、そこで待ち合わせでもするのだろうか? 下の方にスクロールしながら見ていくと、日時も記されている。八月九日の午前十一時十三分。ずいぶん細かい時間指定だなと思いながら、更にスクロールを続ける。しかし、一番下までスクロールしても、何の文章もなかった。本当にただ日時と場所を指定しているだけ? 僕は疑問に思いつつメールを閉じようとする。すると、画面に妙なメッセージが現れる。添付ファイルを保存しますか? というメッセージに、僕の頭に疑問符が浮かび上がる。よく分からないままはいを押すと、少しの時間経過の後にファイルを保存しましたというメッセージが現れる。そのままファイルを開くかどうかを聞かれたので、メールを開いたことで抵抗を半分失っていた僕はあまりためらわずにファイルを開く。すると、そこには――。
「……僕?」
僕らしい人物の写真が映っていた。黒い布で目隠しをされており、気を失っているのか後ろの電柱にもたれかかってぐったりしている。着ている服は間違いなく僕のと同じデザインだが、僕はこんな風に拘束された覚えはない。今日まで閉じ込められてはいたが、目隠しも、両腕を縛るチェーンもなかった。何かのコラージュ画像だろうか。メールの送信主はよく分からないが、趣味が悪いな。それにこの携帯電話は杣のものなのだ。僕はこの写真で勘違いなどするはずもないが、もし僕以外の人、しかも今回の監禁に関わっている人たちがこれを見れば、誰かが僕を監禁したのだと勘違いするかもしれない。僕はメールの送信主に言いようのない怒りのようなものを抱いていることに気付く。
「八月九日、十一時十三分、商店街のゲームセンター前……」
僕は送信主が指定した場所に向かってみることにした。




