-Episode49-
「あの、熱湯風呂って言うのはね、きっと演技がものすごいだけで、そんなに大した温度じゃないんだよ。だからこんなに温度の高いお湯はテレビ番組でも使わないと思うなぁ」
僕は何の根拠もなしにテレビ番組をやらせだと言ってしまった。心の中では番組の信憑性については特に気にしてはいないが、まずは怜が考えている事実を覆さないと、この状況は改善されないと思ったからだ。
「そうかなぁ……? でも、さっきの朔君の反応はお笑い番組の芸人さんみたいだったよ。やっぱりテレビ番組でも同じ温度だと思うけどなぁ」
怜は僕のよく分からない主張には全く動じていなかった。テレビ番組の芸人さんごめんなさい。僕は再び沸騰しているお湯の方を見て、風呂場なのに冷や汗を垂らす。こんな温度に耐えられるのはおそらくゴル先輩ぐらいだろう。あの人だったら油で揚げられても平気そうな顔をしていそうだ。
「もぅ、朔君が入らないなら私が入るよ?」
怜は服を着たまま熱湯の中に入ろうとする。僕は慌てて彼女を止めようとしたのだが、そこではたと気づく。もしかして怜は、それを狙っているのではないだろうか? 僕が怜を助けに向かったところを、きっと彼女は突き飛ばすのだ。そして僕が熱湯に落ちると、自分の計算通りだと言わんばかりのドヤ顔を示すのだろう。
「朔君、随分疑わしいんだね」
ふと、怜が軽く引いてることに気付く。当てが外れ、僕は少し恥ずかしくなる。このままのペースで続けると、間違いなく怜に主導権を握られてしまうので、僕は浴槽につかるのを諦め、早めにあがることにした。シャワーは浴びたし、体と髪の毛も洗った。体はシャワーのおかげで少し温まったし、夏だから冷えることもあまりないだろう。
「おっと、そうはさせないよ!」
僕が風呂場の戸に向かおうとした所を、怜に止められる。まぁそれは予測できていた。彼女のことだから絶対に僕の考えていることを読んで行動する。
「朔君、こういうのは勇気だと思うんだ……! いつまでもリスクを負うことを怖がっていたら、本当に手に入れたいものも手に入れることが出来なくなるよ!」
怜が少しだけ真面目なことを言っていたので、僕は少しだけ感動を覚えかけた。しかし、
「熱湯風呂で手に入る本当に手に入れたいものって何だ……?」
その感動は今の熱湯風呂という状況には全くと言っていいほど繋がらなかった。怜も返答に困ったようで、少しの間の後に、こう答えた。
「――リアクション?」
熱湯風呂に入ってまで欲しくない。僕は怜の答えを聞いてそう思った。
「駄目だなぁ朔君は。そんな消極的じゃ、いつまでたっても……うーん、いつまでたっても……なんだろうね?」
怜が一番重要なところを僕に丸投げしてきた。それでいいのか。怜がなんだか今の状況に飽き始めているため、これはチャンスだ。
「そうだなぁ。熱湯風呂に入れないってことかな? というわけで僕は熱湯風呂に入れないくらい消極的なので風呂からあがらせていただきますね!」
後半はまくしたてるような早口で、怜が僕の言っていることを理解する前に風呂場を出て行った。僕が風呂場の戸を閉めた途端、
「ハッ!? 朔君! それはないよ! いくらなんでもそれは面白くないよ!」
よく分からないつっこみをしながら、風呂場の戸を開けようとしていた。僕が必死で押さえているから開くことはないだろうが。
「面白い面白くないじゃなくて、安全か安全じゃないかで考えようよ! 少なくとも沸騰しているお湯に入るのはどう考えても危険だよ!」
テレビのテロップにもよい子は真似しないでねの文字がしっかり映るはずだ。
「大丈夫! 一回やってみたけどちゃんと生きて帰って来れたから!」
「生死の問題なんだ!?」
僕は怜がすでに試していたことと、生死に関わるほど危険であることに驚きを隠す――隠す気など皆無だが――ことができなかった。
「あーもう! とりあえず開けてよー! このままだと湯気で私がのぼせちゃうんだからー!」
怜は懇願するように言う。彼女の言っていることについては半信半疑だが、このまま僕がタオル一丁のままというのもつらい。戸を開けようとする音が止んだのを待ってから、僕はそっと手を離して下着を手早く着る。そして寝間着に着替え始めたときに、怜が風呂場の戸を開けてきた。
「ふぁー! 暑かった……」
怜はだるそうにそんなことを言いながら、床に倒れ込んだ。タオルが敷いてあるので怪我はなさそうだが、しばらくは動きそうにない。風呂場の中からはなんだか熱気が漂ってくる。夏だし、この中はサウナのような状態だったのだろう。ついさっきまで自分がそこにいたと思うと、僕自身もなんだか暑くなってきた。
とりあえず着替えた後、僕はのぼせかけの怜のために冷凍庫から氷を取り出し、袋に詰めて氷嚢にし、怜のもとへ持って行った。




