-Episode48-
「さ、朔君、長い間監禁されたとかで頭がおかしくなった訳じゃないんだよね?」
怜はドア越しにそんなことを言ってきた。二日間は意識を失っていたし、意識を取り戻してからもそんなに長い間閉じ込められてはいなかったから、そんなことは無いとは思うんだけど。
「別に入らなくてもいいよ」
むしろそっちの方がゆったりとして風呂に入ることが出来る。
「む……! 私が冗談で一緒にお風呂に入ろうと言ったと思っているでしょ! 私はそんなどうでもいいところで嘘を吐くような人じゃないよ!」
僕がさらっと言った一言に、怜はよく分からない観点から反論してくる。とりあえずこんなやり取りをしている間に急いで入り、あがってしまうのが一番なのかもしれない。
「あ、朔君あれでしょ? 実は心の中では心臓がバクバクしてて、今にも張り裂けそうなんでしょ?」
怜は見当違いな見解を述べた。普段は僕の考えていることを百発百中で当ててくるのに。もしかして、僕の顔が見えていないからだろうか? それほど僕の顔は感情の変化が分かりやすいのか……。少し悲しい。そんなことを思いながら、僕は腰にタオルを巻く。
「返事がないってことは、図星だね……? ふふふ、それならそうと早く言ってくれればいいのに。暫くこのやり取りをしてなかったから、対応を間違える所だったよ」
怜が勘違いをして勝手に一人で納得していた。ここで違うと言っても、また勘違いされてより状況が悪化するんだろうなと思いつつ、僕は風呂場の戸を開ける。
「え、あれ? 入るの?」
怜にも風呂場の戸が開く音が聞こえたらしく、戸惑うような声が聞こえる。脱衣所のドアも風呂場の戸も鍵などなく、つっかえ棒なんてものもないので、入ろうと思えば誰でも入れる。僕が先に体を洗っていると、脱衣所の向こうからぼそぼそと何かを呟くような声が聞こえてきた。……僕が慌てたり必死になったりすると余裕そうな笑みを浮かべて挑発したり冗談を言ってうまいことかわしたりする怜だが、逆に僕が平静であると、彼女が慌ててしまうようだ。これから怜の対応に困ったら冷静に対処すればいいのか。一つ勉強になったな。そんなことを熟考していたせいか、僕は風呂場の戸が開く音さえ聞いていなかった。
「お、おじゃましまーす……」
怜が、なんだかよく分からないことを言って風呂場に入ってきた。反射的に後ろを振り向いたが、彼女はいつもの空色のワンピースを着て入ってきていた。僕は安堵の溜息を吐く。
「な、なんで安心してるの!? 女の子だよ! かわいい女の子が風呂場に入って来たんだよ! かわいいって自分で言うかなぁ!?」
なんだか自分でツッコミを入れるくらい慌てふためいていた。僕の安心は怜が感じている点とは別の点なんだけど、その点を説明すると急に余裕を取り戻して背中を流すとか提案しそうだから、やめておくことにする。
「ハッ! そうか! 朔君、誘拐されている間に、目覚めたんだね……何があったのかは推測することしかできないけど。ごめん……」
「どうしてそうなる!?」
怜がとんでもない発想へ行きついてしまったのでついツッコミを入れてしまう。そういえば、いくらこの場所が湯気の多い風呂場だからと言って、僕の顔は怜に見ているのだ。つまり、怜が僕の表情を見てどんなことを考えているかは正確かどうかは分からないが大まかには掴めるということになる。僕は急いで怜から顔を背けて、髪の毛を洗い始める。
「いいんだよ、朔君……私、止めないから」
なんだか悟ったような声で、怜は僕に優しく語りかけてきた。今振り返ったら、絶対ににやにやとして笑みを浮かべながら僕を見ているに違いない。
「背中は洗ったからね?」
僕は後ろを振り返らないようにしながら、髪の毛を掻くように洗うう。
「え? 私が背中を洗うとでも?」
デジャヴを感じる言葉を、怜が言った。僕はあえてその言葉をスルーする。反応すれば間違いなく状況がさらに悪化する。僕にできることはスルーすることだけ。
「……むー。朔君、最近反応悪いよー?」
僕がシャワーで髪を洗い流している間に、怜がそんなことを呟いていた。とりあえず身体は洗ったし、あとは暫く湯船につかるだけ――。
「あづぁっぱぁ!」
沸騰しているんじゃないかと錯覚してしまうような暑さの湯船に、僕は足を少し突っ込んだだけでこの奇声をあげてしまった。
「沸騰風呂とか、テレビでよくやってるからね!」
怜はテレビで得たらしい知識を実践してみたようだ。沸騰風呂というか熱湯風呂なのだが、本気で沸騰している、もしくは沸騰寸前のお湯を使っているところなんてあるはずがないだろう。もし使っていたら火傷を負うか茹でられてしまうに違いない。
「ほらほら、よくあるくだりのやつやろうよー」
怜はすっかり乗り気のようだ。突き落されたら僕は絶対無事では済まない。僕は頭をフル回転させて、言い訳を考えることにした。




