-Episode47-
「おかえり……ってお兄ちゃん!? お、お兄ちゃんが帰って来た!」
怜が僕の家のドアを開けるとすぐに優奈が飛び出してきた。
「ご、ごめん、心配かけて」
今にも泣きそうな優奈に、僕はとりあえず謝罪する。
「ふえぇ……心配したんだからぁ……」
優奈は僕に抱き着いて泣きじゃくる。僕はそんな彼女を安心させるために、ゆっくりと頭を撫でてみた。
「むー! 優奈ちゃんずるい!」
怜が妙な所で怒っていたが、今は気にしなくていいだろう。そう思って優奈の頭を撫で続けていると、突然後頭部に氷塊が激突したので、慌てて手を話す。
「と、とりあえずお腹が空いたから、ご飯とか食べたいな」
正直、今の自分が空腹であるかどうかさえ分からないほど、お腹が空いてしまっている。
「うん、分かった!」
優奈は自分で涙を拭うと、キッチンへ駆け出して行った。
「なんだろう……懐かしいと言えば懐かしいんだろうけど、予測もついていたんだけど、やっぱりこれか……」
優奈の持ってきてくれた料理は、ステーキだった。ステーキそのものはしっかり肉を焼いていて、いつどこでそんな上等な肉を手に入れたんだと疑いたくなるくらいだったから、問題はない。ただし、そこで終わらないのが僕の妹、優奈だ。
「頑張って作ったから、残さず食べてね!」
満面の笑みで、優奈は言う。目の前には、牛肉のサーロインステーキと、その上にかけられた緑色で液状の物体があった。大体予測がつくが、おそらくネギをどうにかしてソースにしたものだろう。
「う、うん……」
怜と優奈はすでに夕食を食べた後らしい。僕はテーブルの前に置かれたネギソース付ステーキを眺めながら、まずソースのかかっていない部分を何とか探し出して食べる。噛むたびに肉汁が染み出て来て、ステーキのステーキらしい幸福感のある味が、僕の口の中に広がった。お腹が空いているから、よりおいしい感じがするのかもしれない。――さて、問題は。
「お兄ちゃん? ソースも一緒に食べないとおいしくないよ?」
優奈が不思議そうに僕の行動を指摘する。緑色のソースを横に置いてあったナイフとフォークを使って取り除こうとしていた僕は、ぎくりと体を揺らした。
「朔君、優奈ちゃんが作ってくれたんだから、ちゃんと食べなきゃね!」
愉快そうに怜は言った。絶対この状況を楽しんでいるな。ここで優奈の言うことを無視してソースを脇にどかすことはできたのだが、今の状況でそれをしてはまた優奈が泣いてしまうかもしれない。僕はちょっとした思いやりから、このネギソース付ステーキに手を付けてみた。
「……あれ? おいしい」
僕は、ステーキが意外とネギの味と合っていることに驚く。いや、いつもはどんな味でさえもネギがすべてを上書きしてしまっていたのだが、今回はそうではなくなり、ネギとステーキの味が同時にしてきた。
「どう? お兄ちゃんって私と比べてネギがあんまり好きじゃなさそうだったみたいだから、少し量を減らしてみたんだ」
僕は優奈の成長と気遣いに、思わず感動してしまった。ネギ要素を排除したわけではないようだが、それでもしっかり肉の味がするくらいまでネギ要素を薄くしてくれたことに、僕は大きく感謝する。
「うぅ……ありがとう、優奈」
つい感極まって涙を流してしまい、僕は慌ててその涙をぬぐう。
「あ、朔君泣いてる! 泣くほどおいしかったの?」
怜が茶化すように言った。もしかしたらそうかもしれない。もう一口、もう二口と、どんどんナイフとフォークが進んでいく。
「えへへ……こんなにおいしそうに私の料理を食べるお兄ちゃんを見たのは、久しぶりかも」
優奈は照れたように頬をかいていた。
「ごちそうさまでした!」
すっかりステーキを食べ終わり、僕は食器を片づけて風呂場に向かう。疲れが溜まっているので、早めに風呂に入ってリフレッシュしたいのだ。……が。
「あの、怜……?」
脱衣所の前で、怜が仁王立ちをして僕を待ち構えていた。
「今日こそは朔君と一緒にお風呂に入るんだからね!」
なんだか妙な決意をしていたようだ。僕は大きく溜息を吐いた。正直一人の少女がとんでもないことを言っているのに、それが怜だと思うと不思議ととんでもないと思わなくなっている自分がいることに気付く。
「……別にいいよ? 入れば?」
僕はそっけなく返事をする。一緒に入るのは恥ずかしいが、僕がタオルを巻き、怜にもタオルを巻いてもらえば、怜がタオルを巻かなければ僕が必死で怜の方を向かなければ、僕の理性や尊厳は保たれるだろうし。感覚が麻痺していることは分かり切っていたが、ここ最近の疲弊のせいでそれに気付けなかった。
「……え? ほ、本当に?」
怜はまさか肯定されると思っていなかったのか、きょとんとしてしまった。僕はそんな怜の脇を通り抜け、脱衣所の中に入った。




