-Episode45-
「ふぅ……なんとか階段は登り切ったけど」
僕は少し荒い呼吸をしながら、神社の階段に腰掛ける。
「大丈夫?」
杣は僕の方を見てはいないものの、僕を気遣うような口調でそんなことを言っていた。登っている途中、何度か休憩しないかと提案してはすべてスルーされていたことを気にしていたのだろうか?
「大丈夫……少しすれば、すぐに回復するよ」
少なくとも、歩ける程度には。登山の時の疲労に比べれば、今の疲労なんて些細なものだ。
「そう。ならいいんだけど……」
杣はそう言いながら、神社の奥へと歩いていく。僕も二、三度深呼吸をしてから彼女の後を追った。すると、杣は神社を通り過ぎ、その奥にある小さな洞窟の中へ入って行った。僕が中に入ると、杣じゃない人物の声がする。
「――何よ。あんたにもう用はないんだけど」
声の主は、舞だった。こんなところで、舞は何をしていたのだろう? まさか、怜が来るのをずっと待っていたなんてことは、ないと思うが……。
「怜を待っているんだよね?」
ふと、僕が気になっていることを杣が言った。僕は舞に知覚されていないので、何も質問が出来ない。だから杣がそう質問してくれたのは少しありがたかった。
「だったら何?」
舞はまだ苛立っているようだ。おそらく怜がこの場に来ていないことに苛立っているのだろうが……。
「あなたに言っておきたいことがあって」
杣は落ち着き払った様子で、舞にゆっくりと近づいていく。
「怜は……ここには来ないよ」
ふと、杣がそんなことを言った。以前杣が舞は怜を殺せないと言ったことに関係しているのだろうか。僕がそんなことを考えていると、急に洞窟の中がまるで昼間のような温度へと変わった。
「――そう」
舞の一言が聞こえる。見ると、彼女の周りに轟音を立てて燃え盛っている炎が見える。更に、その周囲には水のような液体が――。
「油!?」
僕はその液体の正体に気付くが、そのときにはもう遅かった。爆発に似た音が空気を揺らして、僕を洞窟の中から吹き飛ばす。幸い僕は炎が燃えた時の熱風に押し出されただけで、体のどこにも火傷は負っていなかった。ただ、吹き飛ばされたときに至る所をすりむいてしまったようで、全身がひりひりする。何日か前に刀祢にえぐられた傷も少し開いてしまったようで、僕は顔をしかめたまま、手を付いて起き上がる。僕はまだ大丈夫だ。……だが、杣は? 僕は辺りを見回すが、杣の姿は見当たらない。ということは、彼女はまだあの洞窟の中にいるのだ。洞窟は大量の炎のせいで明るく輝いている。
「ど、どうすれば……」
あの中に入ることは、まず自殺行為だ。しかし、このまま杣を見捨ててはおけない。せめて火を消せる何かがあれば――。
「朔君!?」
ふと、僕の名前を呼ぶ声がして、僕は反射的に振り返った。すると、そこには空色の髪を揺らしながら僕の方へ走ってくる、一人の少女の姿があった。
「れ、怜!? ってうわっ!」
彼女は僕に抱きつき、それを支えられなかった僕は地面に倒れ込んでしまう。
「良かった、良かったよぅ……! 朔君が二日前から山で行方不明になっちゃったから、もしかしたら死んじゃったんじゃないかって、私すっごく心配だったんだから……!」
大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、怜は言った。彼女に知らない間に大きな心配をかけてしまっていたことに、僕は大きな罪悪感を覚える。
「ごめん、色々あって……一言で言うなら、攫われてたんんだ」
今の状況が切羽詰まっているので、詳しく話している時間はなかった。怜の登場という意外な出来事のおかげで、頭が一巡し、少しだけ冷静に考える時間を持つことが出来た。僕は怜の方を向くと、ゆっくりと起き上がって、言った。
「怜、魔法を使ってもらっていいかな?」
僕のその言葉に、怜は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに状況を理解したように頷いた。
「あそこにある炎を消せばいいんだね? 任せて!」
涙をぬぐい、怜は立ち上がる。それと同時に、怜の周囲に水がどんどん集まってくる。怜が右手を前に差し出すと、その大量の水が、燃え盛る洞窟の中へ飛び込んでいった。水が尽きることはなく、次から次へと洞窟の中へ送り込まれていく。火を消している間に、僕の頭にどうして怜に僕の姿が見えているのかという疑問が浮かんだ。杣の話だと杣以外には僕は知覚できないはずだが……。あの呪いが効かない人とかがいるのだろうか? そんなことを考えているうちに、火はすっかり消えていた。
「よし、行くよ!」
僕は杣の安否が気になって、洞窟の中へ駈け出していく。
「あ、待ってよ朔君!」
怜は僕の後を追うように走っていく。炎が消え、すっかり暗くなった洞窟の中、僕は二つの影を見つけた。
「――思ってたより、早かったね」
そこには、平然とした顔で立っている杣と、苦しそうに膝を付いている舞の姿があった。




