-Episode42-
しばらく待っても舞は僕に気付く様子はなく、少しすると彼女はその場から立ち去ってしまう。今道に迷っている僕からすると、彼女に着いていけば裏通りの出口に辿り着けるかもしれないという期待と、もし杣が僕に魔法を掛けた人だとした時の、杣と合流したときに僕がどうなるかという不安に駆られる。……いや、杣が魔法を掛けた人かどうかは分からないのだから、ここは彼女の後を追うべきだろう。僕はあまり意味もないのに足音を殺して舞の後を追った。
少しの間追うと、開けた場所に出る。ここだけは薄暗くないのか、強い光が差し込んでいるようだ。まるで昼間みたいな明るさだ。僕は太陽が出ているのかと、空を見上げる。しかし、そこには真っ暗な空しか映っていない。真っ暗なのに周囲が明るいという矛盾した事実に、僕は頭を抱える。
「――で、さっき話した通り、二人には逃げられたんだけど」
ふと、舞の話し声が聞こえる。
「そう」
淡白な返事をするのは、どうやら杣のようだ。まるで生返事のように聞こえる。
「あんたの言ってた『保険』って一体何なの? どうせもう二人には逃げられているんだし、教えてくれてもいいと思うんだけど」
舞は少し苛立っているようだ。せわしなく自分のポニーテールをいじっている。
「前も言ったはずなんだけどね。保険の効果は他人に話した時点でその効力を半分ほど失っていくの。だから話すことはできない」
杣は普段通りの様子で話す。僕はその間に周囲を適当に歩いてみるが、杣が僕に気付く様子はない。……と考えると、この魔法は杣が掛けたものじゃないということだ。ふと、僕は何故かほっとしている自分がいることに気付いた。
「だから、その保険はもう効力を失ってるじゃないの! 二人とも逃げられているし、その場所を探知するような真似もあんたはしない。あんたがどんな保険をかけたのか知らないけど、あたしには時間が惜しいの。これ以上進展がないなら、あんたの持ち出してきた約束を破ってでもあたしの計画を進めるわよ」
計画? 一体どんな計画なんだろうか。彼女の口調からすると、それは急いで実行しなければならないもののようだ。そして、その計画に杣が介入し、なんらかの約束でその計画の方向性を変えている、といったところか。
「……その計画、今度は成功するとは限らないけどね。結局、前回も失敗しているようだし」
ふと、杣は一人呟くように小さな声で言った。
「順序の問題でしょ」
舞は微笑し、ポニーテールをいじる手を止めた。
「それだけじゃないと思うけど」
杣は肩をすくめて反論らしいことを言う。どうしよう、話についていけない。僕は二人に見えていないのだから仕方ないとは思うのだけれど。
「何よ、不安な点があるなら教えなさいよ。あんたとあたしの目的は大筋は合っているんでしょ? だから協力もしてるし、こうして話もしてる。今度こそ成功させなきゃいけないんだから、不安要素は早めに消し去っておかないと」
舞はどうも不機嫌のようだった。僕たちが逃げ出したことに怒っているのだろうか? 杣はそんな舞の様子に全く動じることなく、淡々と話を続ける。
「小さな差異が、結果に大きく影響を及ぼすことは、よくあることだよ」
杣はそんなことを言った。小さな差異とは、一体何なのだろう?
「むしろ失敗しないために小さな差異を起こしてきたつもりなんだけど?」
舞はどこかムキになっているように見える。普段は冷静な判断が出来そうな彼女だが、そうさせない何かがあるのだろうか。
「……とにかく、あんたに保険を教える気がないってことはよく分かったわ。あたしは予定通り、怜を呼び出して、殺すことにする」
突如聞こえてきた不穏な言葉に、僕はつい声を挙げそうになった。……怜を、殺す? どうして? その言葉を言い残して去ろうとしていた舞を僕は呼び止めようとしたが、もしかしたら僕も殺されてしまうかもしれないという恐怖に、足を止める。とりあえず、一刻も早くそのことを怜に伝えなければ。きっと今から舞は裏通りから出るのだろう。なら、その後を付いていけば外に出られる。丁度僕が舞の後を追い始めた時、
「朔君、少し時間、いいかな?」
杣から、呼び止められた。……どうして? 僕の姿は杣にも見えていなかったはずじゃ……。
「今君が気にしていることには、後で答えるよ。それよりも、私は朔君に聞かなくちゃいけないことがあるんだ」
杣は真剣な表情をしていた。さっきまでのどこか虚ろな目とは違い、その目には強い意志が宿っている。聞かなければならないこととは、一体なんだろう? 今までのやり取りを見ていると、杣と舞はただ利害が一致していただけで、協力関係という訳ではなさそうだ。僕が頷くと、杣はその質問を口にした。
「朔君は、怜のことをどう思ってるの?」




