-Episode35-
家に帰ると、優奈が僕を出迎えてくれた。僕の腹部の怪我を見ると、突然慌てだしてどこから大量の包帯を取り出し、僕の腹をぐるぐる巻きにする。そこまでしなくても、怜のおかげで止血はできたみたいだし、大丈夫なんだけど……優奈の優しさが伝わってきて、つい顔がほころんでしまう。
「お兄ちゃん、お昼ご飯できるけど、食べる?」
知らない間にそんな時間になっていたのか。僕は頷くと、テーブルに座る。ほどなくして、怜もテーブルに腰掛けた。……ただ昼食を待っているだけなのに、空気が重いのは気のせいだろうか。
「朔君」
僕は怜に名前を呼ばれ、体をびくっと震わせる。
「な、何?」
ぎこちないが、なるべく平静を装ったまま答える。
「そこにあるリモコン、取ってもらっていいかな」
怜はそう言いながら、僕の近くにあったテレビのリモコンを指差す。僕は返事をすると、リモコンを手に取って怜に渡す。僕は何を怖がっているのだろう。
「朔君」
再び名前を呼ばれ、今度は震え上がらないように意識を集中させ、何か用があるか聞いてみる。
「――無理しなくていいよ?」
そう言って、怜は笑った。シクラメンのような、今にも霞んでいきそうな笑顔に見えて、僕は必至で首を振る。……でも、僕の考えていることって、すぐ顔に出るんだっけ。
「――ごめん」
僕は正直に、今の気持ちを伝えることにした。さっきの刀祢を凍らせたときの怜の様子に恐怖を覚えたこと、そのせいで無意識に怜を怖がってしまっていること、本当は怜が優しい人だって分かっているから、そんな自分に少し嫌気がさしていること。少し言い過ぎかもしれないと考えるくらい、自分の心の内を晒した。その後には、長い沈黙が訪れる。優奈の料理はできているんじゃなかったのか。どうして優奈は料理を運んできてくれないのか。こんな暗い空気、早く切り替えてしまいたいのに、そのきっかけを僕は作れない。
「ふぅん、朔君、そんなこと考えてたんだ」
ふと、怜がそんなことを言った。いつの間にか俯いていた僕は、顔を上げて彼女の顔を見る。それはさっきと変わらない笑顔だったが、さっきとはまるで違う笑顔に見えた。
「……うん、決めた!」
怜は立ち上がり、何かを決意したようだ。
「私、朔君が使っていいって言う時以外は魔法を使わないことにする! 朔君が怖がるくらいなら、私は魔法なんて使わなくていいもん。……うん、我ながらこのアイデはいい案かもしれない!」
怜はこれは名案だと言わんばかりに、自分の考えを述べる。そのあまりにも自信に満ちた表情に、思わず僕も笑みをこぼしてしまう。
「僕が使っていいって言ったら使うの?」
話に合わせるように、僕は質問をする。怜は大きく頷く。
「大丈夫! 私は朔君のことが大好きだから、朔君のことなら全面的に信用するもん! 朔君が使っていいって言ったときは、きっと私が魔法を使っていいだけの理由があるはずだからね!」
うーん、妙に信頼されていて、逆に不安になってくるが……。
「お兄ちゃん、ちょっと時間かかっちゃったけど、はい、今日のお昼」
割と微妙なタイミングで、優奈が料理を持ってきた。……今日の料理は春巻きらしい。皮さえネギで出来ているのはどういうことなのだろうか。
「と、とりあえず食べよっか」
少し熱くなっていたのか、少し照れた様子を見せながら、優奈の作ったネギ巻きを食べ始める。僕も怜にならってそれを食べ始めるが……。
「ね、ネギ……」
案の定、ネギの味しかしない。怜は味が分かっていないのか、割りと普通に食べているし……ここは無理してでも飲み込むしかないのか?
「あ、そうだ!」
怜はまた何か思いついたようで、そんな声を上げる。すると、怜は僕の春巻きを箸で取ったのだ。普通は勝手に食べ物を取られて怒るところだが、今の僕にとっては割と助かる。もしかして、そういうところまで気を利かせて……。
「朔君、はい、あーん」
……違った。見事に僕の予想は外れた。というか単純に怜がしたいことをしてるだけだった。魔法のことはともかく、それ以外は通常運転なのか。そう思っていると、怜がほぼ無理やり僕の口に春巻きをねじ込もうとしてきた。
「痛ぃうむぐ!?」
僕が止めるように止めた瞬間、怜は僕の口の中に春巻きを見事に全て詰め込んでいた。なんという手際の良さ。
「えへへ、おいしい?」
おいしいというか、ネギの味しかしないのにどうやっておいしいかおいしくないかを判別するのか。とりあえず喋るために必死でネギ巻きを飲み込むと、
「お、おいしいよ」
と答えた。するとたちまち怜はカーネーションのような笑顔を見せる。……この料理を作ったのは優奈なんだけどな。だけど、そんな笑顔を見ていると、さっきまで抱えていた不安が少しずつ薄れていくような気がした。せっかくなので、僕はもう一度怜のあーんに付き合った。




