-Episode32-
「うん……?」
目を開けると、朝日が僕の部屋に差し込んでいて、僕の顔を照らしていた。眩しい。いつの間にか朝になっていたようだ。
「結局、誰だったんだろう……?」
僕は夢の内容を考えながら、階段を下りる。
「お兄ちゃんおはよー」
リビングに行くと、優奈が朝食を作りながらあいさつをしてきた。僕はそれに答えると、テーブルの上に座る。……夏休み前は、大体こんな感じで朝が進んでいたな。そう感じるということは、そのこんな感じを崩した張本人がこの場にいないということでもあり。
「怜、まだ凹んでる?」
僕は優奈にそっと聞いてみる。優奈の部屋を借りていることもあって、怜のことを何か聞けないかと思ってみたからだ。
「うーん、凹んでるというよりは、えっと」
優奈は何かを言いよどんでいるようだ。言うかどうかを迷っているようにも見える。僕に隠し事でもあるのか。まぁそういう時期だし、僕も優奈に隠し事がない訳じゃない。無理に聞くのはよそう。
「まぁ、仕方ないよ。ちょっとさみしい気もするけど、怜が落ち着くまでこれで我慢しないと」
僕は自然にそんなことを言った。言ってから、頭の中で今の言葉が気になってくる。さみしい、か……僕にとって怜とのやりとりは既に日常として溶け込み始めていたのかもしれない。色々とやりすぎな面もあるけど、決して怜は僕たちを襲った刀祢のような悪人ではないし、舞のような冷酷さを持った人でもない。
「好き……なのかなぁ」
上の空になりながら、頭の中に浮かんだ疑問を呟いてみる。
「うん? 怜さんはお兄ちゃんのこと好きだっていっつも言ってるよ?」
優奈は僕の言葉を聞いて、怜が僕のことを好きかどうかについて言った。実はそうではないのだが、優奈に聞かれていたことを知って恥ずかしくなり、疑問を追及するのはやめた。
「まぁ、別に一週間ちょっとで気持ちが変わるわけないしね」
僕はよく分からない言い訳をしながら、優奈の朝食作りを手伝うことにする。名目上手伝いだが、正確には優奈の作る料理を監視し、ネギ要素を極限まで減らすための作業だ。たまには、普通の料理を食べたい。
「そんなことないよ? えっと、怜さんが言ってたんだけど、女心と秋の空っていう言葉があるんだって」
優奈が怜に教えてもらったらしい言葉を披露していた。僕の怜に対する気持ちはともかく、怜の僕に対する気持ちは本当に秋の空のように移ろうのだろうか。
「ふぅん……」
僕は全く気にしてないといった様子を見せて、優奈の料理の点検を終了する。あの過程までネギ要素が見つからなかったので、きっとネギの味しかしない料理にはならないだろう。
「おっはよー!」
そんなとき、リビングに元気そうな声が聞こえてきた。今その声を聞くと、少しだけ安心する自分がいる。
「優奈ちゃん、どうしたの? いつもみたいに今日はネギをペースト状に固めたものを溶かしてみるとか、調味料をすべてネギで賄うとか、いっそのこと食材全てをネギにしてみるとか、そんなことしないの?」
いつもの調子で怜が話す。というか、優奈は今までそんなことをしていたのか。彼女の好物に対する冒険心というものは測り切れない。
「ところで朔君、昨日私テレビ見てたんだけどさ、とっても面白いことを言う人がいたんだよ! 朔君も何か面白いこと言ってみてよ!」
そしていつもの調子で怜が僕に話しかけてくる。……ただ、今日の彼女は普段より少しばかり差異があった。
「怜、目が泳いでるけど……大丈夫?」
僕はさりげなくその点を指摘してみる。すると、
「え? な、なんのことかな……? 目が泳いでる? あー、それはね、昨日見た芸人の真似をしてみたんだよ? どう、似てる?」
似てるかどうかは置いといて、そんな芸はテレビでやってもよく分からないで終わりそうな気がする。
「あー、似てる似てる。昨日見た芸人みたいに腕をパタパタさせてたらもっと似てると思う」
僕が優勢であることは非常に稀、というか今回が初めてなので、ちょっとだけ嘘を吐いて意地悪してみる。すると怜は腕をパタパタさせ始めた。ちょっと面白い。
「そうそう、そんな感じ。あと、膝を曲げながら周囲をくるくる回れば本物みたいになれると思うよ」
更に嘘を吐いてどう反応するか試してみる。するとまたもや怜は僕の言うとおりに部屋の周囲をくるくると回り始めた。このままいくとどんなことでも鵜呑みにしてしまいそうだ。さすがに良心が痛んできたので、
「ごめん、僕昨日お笑い番組見てないんだ」
さりげなく嘘をばらす。すると、怜の動きがピタッ、と止まった。……一瞬、周囲の空気すら止まったような気さえした。
「ご、ごめん! 怜との会話っていっつも怜が主導権握ってたから、今回僕が主導権握ってるみたいで、いつもの仕返しを……って違う!」
言ってて泥沼に入っているのがなんとなく分かってしまった。まずい、これはどうなるか分からない。




