-Episode30-
「お腹が空いてるときって、何食べてもおいしいはずなんだけどなぁ……」
僕は優奈の作ってくれたカツ丼という名の何かを頬張りながら、小さく呟く。どこかの小説出てくるような、壊滅的にまずい料理ではない。むしろおいしい方だと言える。しかし、本当においしいと言えるかどうかと聞かれれば、おいしい、とは言えないのが優奈の料理だ。何せ、僕が食べているカツ丼のカツは、豚肉を使ったトンカツではなく、ネギを使ったネギカツというものらしいからだ。ただ、優奈の料理は味にはすぐに飽きてしまうものの、食感や舌触りがいいので、そこそこ箸が進む。優奈の料理を長い間食べていると、味をあまり感じずに食べることも可能になってくるのだ。……それがいいことかどうかは別として。
「お兄ちゃん、おいしい?」
優奈は珍しく味の感想を僕に求めてくる。
「うん、おいしいよ」
僕は棒読みにならないように気を付けながら答える。
「そっかー……ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんの連れてきた人、私の料理をすごくおいしそうに食べてくれたんだよね?」
連れてきた人――刀祢のことか。そういえば、彼は本当においしそうに優奈の料理を食べていたなぁ。もう少し彼に優奈の料理をおいしく食べる食べ方とか、優奈の料理の褒めるポイントとか聞いておけばよかったかもしれない。
「そうだね……でも、今日はもう帰っちゃったし、今回は偶然倒れている彼に会っただけだから、次会えるかは分からないんだよね」
そして、次会ったときは僕と刀祢が最初に出会った時のように、急に襲ってくるかもしれない。
「あの人と、いろいろお話したいなぁ……怜さんがね、あんなにおいしそうに私の料理を食べる人は見たことがない、って言ってたの」
優奈は目を輝かせながらそんなことを言う。確かにそうだよなぁ……あそこまでおいしそうに食べる人なんて、僕は彼と優奈以外知らない。……そこまで思ったとき、なんだか少しだけもやっとしたものが心臓の辺りに広がったような気がした。僕はそれをごまかすために、カツ丼もといネギ丼を無理やり口の中にねじ込んでいく。少しむせかけたが、必死でこらえて一気に完食した。
「ごちそうさま!」
僕はわざとらしく大き目の声でそう言うと、急いで食器を台所まで持っていき、それを洗った。
「お、お兄ちゃん?」
優奈の少し戸惑う声が聞こえたが、僕は聞こえないふりをして、食器を洗う。
「お兄ちゃん、どうしたの? 私何か変なこと言っちゃった?」
僕の変わりように不安を抱いているのか、優奈はさらに戸惑いを増した声でそんなことを言った。
「大丈夫、優奈は何も悪くないよ」
食器を洗い終え、僕は冷たくなった手を拭きながら優奈に言った。
「そういえば、お風呂ってもう沸いてる?」
少し疲れも溜まっているので、なるべく早く風呂に入りたい。
「え、うん、沸いてるよ」
どこか押され気味の優奈が、脊髄反射のように、風呂の状態を教えてくれた。風呂が沸いているということで、僕は先に風呂に入らせてもらうことにした。
風呂のドアを小さく開け、中に怜がいないことを確認する。風呂場に入った後も油断はしない。……少し注意しすぎだろうか? しかし、怜が来てから、風呂場はずっとドアの引っ張り合いで数十分程無駄な時間が流れている。今日こそはそんな時間を作らないようにしたいのだ。僕はそう意気込むと、服を脱いでゆっくりと風呂の中に浸かって行った。
……結論を言えば、怜は来なかった。おかしいな。今日は気まぐれで来なかったのだろうか? たまたま優奈が彼女の疲れが溜まっていて夕方に眠っていた時、怜が誤って彼女を起こし、寝起きの悪い優奈を起こしてしまったときも、大いに反省はしていたものの僕の風呂には無断で入ってこようとした。決して怜が来ないことが悪い訳ではないが、もはや慣れ始めていた怜とのやりとりがないと、奇妙な違和感を感じる。
「お兄ちゃん、牛乳いる?」
風呂上り、優奈はコップに牛乳を注いでいた。僕は頷くと、部屋の中を見回す。
「怜はまだ下りて来てないの?」
さりげない質問を優奈にしてみる。
「うーん……確かに来てないなぁ。怜さん、一体どうしたんだろうね?」
優奈は割と真面目に怜の心配をしているみたいだった。僕も怜の様子が少しおかしいなと思い、牛乳をコップ一杯飲みほしてから、彼女のもとへ向かう。
「怜、いる?」
僕は怜が寝泊まりしている部屋、優奈の部屋の前で声を掛けてみる。優奈の部屋は僕の部屋と同じくらいだから、二人が寝泊まりすると少し手狭な気がするが、優奈は別に苦には思っていないようだった。
「い、いません!」
中から怜の声が聞こえてくる。いませんって……声が聞こえてる時点で中に怜がいることは決まっちゃうんだけどなぁ。
「えっと、次、風呂入る?」
なんと声をかけていいか分からず、僕は日常的な言葉を言ってみる。
「――入る」
長い沈黙の後、彼女はそう答えた。




