-Episode29-
「あばぁぁあぁっ!」
僕は悲痛な叫び声と共に、空中から地上へ落ちていく。一瞬死ぬかと思ったが、さすがに怜が水のクッションを何重にも設置していたので、びしょ濡れという点以外はほぼ無傷で地上に着地する。
「あ、危ない……って、あれ?」
目の前には、僕の家があった。偶然か、それとも怜が計算して振り落したのか、どちらにしても好都合だった。
「うー……」
ふと、上からゆっくりと怜が降りてきた。氷の円盤を蒸気に変えたのか、辺りには湯気のようなものが出て来ている。そのせいか、彼女の顔も少し赤い。
「朔君の変態! もう知らない!」
なんだろう、すごい罪悪感を感じる。彼女はそのまま外へ――ではなく、僕の家へ駆けだして行った。
「怜も色々とアレなことはしてたと思うけどなぁ……」
僕は自己弁護のつもりでそんなことを呟く。主に僕の部屋に入ってきたり勝手に部屋の中のもの漁ったり。ただまぁ、今回のこととそれは別件だよなぁ。僕は頭をかかえて、ゆっくりと家のドアを開けた。
「お、おかえりお兄ちゃん……怜さんがすごい勢いで二階に上がって行ったみたいだけど、何かあったの?」
優奈は戸惑った様子で僕に話しかける。
「まぁ、いろいろと……」
その後、優奈は刀祢のことやみんなのことについて話してきたが、さっき出かけた時に現地解散したということで話をした。そんな内容の話を話し終えたとき、電話が鳴る。おそらく舞からだろう。これで僕が迷子になったとかそういう話がばれてしまっては面目が立たない。僕は今までにない俊敏さで受話器を取りに行く。
「もしもし!?」
つい大声で電話に出てしまった。
「――あぁ、帰ってきてたの」
予想通り、電話の相手は舞だった。
「まぁ、そっちは大丈夫そうね。良かったわ」
そっちは……ってことは、もしかして舞たちもあの黒い奴に襲われ、逃げられずにいるということだろうか? だとしたらどうすれば……。
「あの、高いところに逃げれば、黒いやつも追ってこないよ?」
せめてアドバイスをと思い、僕は僕たちが逃げた時のことを思い出して助言してみる。すると、電話口から小さく微笑する声が聞こえた。もしかして馬鹿にされてる?
「黒いやつならあたしが燃やせるし、大丈夫よ。……ただ、問題が起きてね」
問題、という言葉に、僕は一瞬刀祢の顔が浮かぶ。
「杣と迅が迷子になったのよ。あんたと同じで」
……え? 迷子? いや僕たちも迷子になったけど、それは怜が猫を追いかけまわしたからで……迷子?
「迅と杣が? そんなこと……」
そう言いかけて、僕はある考えに至る。迅たちは黒いやつに襲われて、別々に逃げてしまったのだ。と考えれば、迅と杣が危ない。
「まさか、黒い奴に……」
僕が確認の為に声のトーンを落として聞くと、彼女は溜め息を吐いた。
「……満って、知ってる?」
と、行った。満? 満……聞かない名前だ。
「あぁ、ゴル先輩って言えば分かるかしら?」
ゴル先輩、と言うフレーズで、僕はある人物を思い出した。なんだかよく分からないけど運動面ですごい人という印象と、いろいろと破天荒な人、という印象がある。彼に対する印象を一言で表すと、関わりたくない。
「彼に連れ去られてね……今も行方不明なの」
思ったより平和ボケした、微妙な原因だった。ゴル先輩に連れ去られたって、彼には同性愛の趣向でもあるのだろうか。
「彼の電話番号は知ってるから、連絡が取れると思ったんだけど……。どうしてか彼、電源を切ってるのよね」
ゴル先輩と言う人でさえ携帯電話を持っているのか。少しうらやましい。さっきまでの少し危険な空気はどこへ行ったのか、僕は舞とゴル先輩について少し話をした。
「それより、せっかくだから一つ質問しておきたいんだけど……」
ふと、舞がそんなことを言う。別に問題ないと答えると、彼女は数拍の沈黙の後に、こう答えた。
「怜って子について聞きたいんだけど、いい?」
怜について? 僕もあまり知らないんだけど……まぁ、僕の分かる範囲内で答えよう。
「彼女、最近変な行動を取らなかった?」
最近、と言われても、出会ったのが最近だから何とも言えないなぁ……。
「どちらかと言えば、普段が変な感じだからなぁ。よく分からないよ」
僕は正直に答える。
「ふーん。そうね、例えば……夜中、急に一人で外出するとか、ない?」
夜中、か。僕は夜は寝てるからよく分からないな。そのことを舞に伝えると、
「そう……ありがと、一応データにはなったわ」
舞は軽くお礼を言うと、勝手に電話を切った。……こういう所、彼女には改善してもらいたいなぁ。
「お兄ちゃん、ご飯できてるよ、食べる?」
電話が終わったことを確認したのか、優奈がリビングから顔を出す。そういえばかなりお腹が空いている。僕は優奈に従ってご飯を食べることにした。




