-Episode23-
怜に少年を任せ、僕は一階に降りて固定電話から舞の携帯電話に掛ける。番号を入力している間、少しだけ舞のことがうらやましかった。二、三度のコールの後、舞が電話に出る。
「何か進展があったの?」
もしもし、というお決まりの挨拶などお構いなしに、舞はそんなことを言った。もしこれで電話をかけてきたのが僕じゃなかったらどうしていたのだろう。
「うん」
僕は頷いて、少年――刀祢が目覚めたこと、まるで人が変わったようになっていることを説明する。彼女は特に興味がなさそうに相槌を打っていた。
「で、私がそんな彼の様子を見れば何か進展があるかもって?」
舞が僕の目的を反復したところで、僕は大きくうなずいた。
「はぁ……何を根拠にそういうことが言えるのかしらね。別に今は手が空いてるから行ってもいいけど、特に何も進まないと思うわよ?」
彼女はそう言って、僕の返事を待たずに電話を切ってしまった。彼女の言っていることからすると、来てはくれるのだろうが……なんだか本当に進展がないような気がしてきた。せめて刀祢から何か聞きだせればいいのだが……。僕は受話器を置いて、二階に戻る。そろそろ昼食だから、怜を呼んでおきたい。
「怜、舞さんは多分来ると思う……って!?」
僕は、部屋の中の状況に驚かざるを得なかった。開けっ放しの引き出し、なぜか僕の制服を着ている怜、そして縛られたまま僕のベッドに座らされている刀祢。
「『さぁ、俺の真の力を見せる時が来たようだ! 我が真の名は、絶対神ア』とらふぐぅ!」
なぜか怜が刀祢に僕の黒歴史を聞かせていた。刀祢はすごく気まずそうな顔で僕を見ている。どうして僕がこんな辱めを受けなければならないのか。
「朔君、今だよ! 今こそ真の力を見せるときなんだよ!」
そして怜はなぜかノートの僕と現実の僕との違いがわからなくなっていた。このままいくと、怜の方が中二病をこじらせるんじゃないだろうか。
「そろそろご飯が出来ると思うんだけど……どうする?」
僕が怜と刀祢を交互に見て言う。刀祢を放置しておくと、いつの間にか人格が変化して僕たちを襲いにくるか分からない。かといって縛ったまま一階につれていくのは少し無理がある。何せ彼は両手両足が縛られているのだ。一人で歩くことは出来ないし、僕と怜の力では彼を一階に運び込めない。僕の非力さは僕が一番知っている。
「あ、僕はいいです、あんまりお腹すかないですから」
ふと、刀祢の方が返答をした。予想とは少し違っていたものの、流れとしては彼をここに置いていく形になっていった。怜が僕の黒歴史ノートをしっかり引き出しにしまってくれるように頼み込んでから、僕は一階に降りる。
「お兄ちゃん、怜さんと二人で上に行ってたけど、あの人が目を覚ましたの?」
料理を作りながら、優奈は言う。僕はその通りだと言ったが、彼女にはなるべく僕の部屋には近づかないようにと言っておくことにした。優奈は僕と違って魔法が使えるらしいが、自分でコントロールできないと言っていたし、好戦的な刀祢の方が優奈に襲われる可能性を考えるとあの場には置いておけない。
「じゃあ、これ」
優奈はほとんど完成している料理から、一部を別の皿に分ける。
「その人の分ね」
僕は優奈の優しさに、少しだけ笑顔になる。優奈にとって、刀祢のことは大怪我をしていたところを見つけて連れ込んだ人、という認識になっているので、彼の恐ろしい面は知らない。ただ、それでも他の人に優しくできる優奈のことが、兄としてどこか誇らしかった。
「分かった。じゃあ今渡してくるよ」
僕はその皿を持って、再び二階に上がる。その時点で少し息切れしている自分に少し呆れながらも、僕は部屋のドアを開けた。そういえば、怜はまだ下に降りていないのだろうか?
「『冥界の扉は今開かれた! さあ生まれいでよ! 邪悪なる』りぅう!?」
僕は皿を机の上に置いてから、怜の口を塞いだ。なんだかこの作業にかかる時間が短くなっているような気がする。
「あ、あの、どうしたんですか……?」
気の毒そうに僕を見ながら、刀祢は話す。僕は置いた皿を持ってきて、
「これ、食べてって」
僕が差し出した料理を、少年は驚いた様子で見ていた。無理もない。優奈の今日のメニューは酢豚ならぬネギ豚だからだ。ソースが丸々ネギと化している。どう考えても変な味しか――。
「――おいしい」
その言葉に、僕は一瞬耳を疑った。空耳か? それとも嘘か?
「久しぶりです! こんなにおいしい料理を食べたの!」
刀祢が、さっきまでの気弱そうな表情から一転して、すごく嬉しそうな顔で話しかけてくる。
「これ、作ったの誰ですか? もしかして君ですか!? その料理、ぜひ教えてください! 僕も作ってみたいです!」
彼の勢いに押し流され、優奈の名前を言いかけた時、チャイムが鳴る。その為僕は話を一旦中断して、一階に向かう。再び息切れが起こるのは言うまでもない。




