-Episode15-
「一体何があったの?」
僕は舞に尋ねる。杣も何かしら知っているような気もしたが、一番この出来事に詳しそうなのは、真っ先に巻き込まれたと思われる彼女のはずだ。
「私に聞かれても、まだ状況が飲み込めてないわ。あいつは誰かを探してるみたいだったけど……。情報を教えろって言ってきたから、私は何も知らないって答えた瞬間に、襲ってきたのよ。詳しいことは分からないけど、頭のネジがいかれてることは間違いないわね」
彼女は肩をすくめて返答する。精神がまともじゃない、か……。確かに彼はどこか変わっているように見えるし、実際やっていることはいかれているけれど、彼自身がいかれているようにはどうにも思えなかった。
「で、ここからが推測なんだけど……あいつが探してたのって、多分あんたじゃないの? 正確には、あんたの隣にいる彼女……えっと、名前は?」
舞は怜の方に軽く手を差し出して質問する。怜は自分の名前を聞かれたことに気付き、一度咳払いしてから答える。
「空野、怜です!」
「名字変わってない!?」
僕は即答で異議を唱える。下手したら怜が僕の兄弟か何かと勘違いしてしまいそうだ。
「えっと、彼女は、佐原、怜っていう名前で――」
僕が訂正しようとしたところを、舞は手で制した。
「あ、いや別にいいのよ、名字とか。判別が付けばそれでいいの」
どこか達観したような目で、彼女は言う。人の名前を覚えるのが苦手なのだろうか。それだけではないような気もするが……。
「むー! そんなことないよ! えっと……赤髪ポニーの人!」
そういえば怜って舞のことをまだ知らないんだっけ。まぁ僕と舞の関係もたまたま家に逃げ込んだ人とその家の住人ってだけなんだけど。
「舞よ。別にあんたたちに強要してる訳じゃないからいいじゃない? それよりも今後のことを考えるべきよ」
舞はそう言いながら、黒板に向かおうとする。しかし、あちこちに散らばるガラス片が邪魔らしく、思うように動けていない。
「このガラス……なんとかならないの?」
舞はささやかな愚痴をこぼす。魔法で何とかできないか……と一瞬考えたが、怜は水を操ることしかできないし、迅の魔法はおそらくさっき纏っていた鎧のようなものだろう。舞が愚痴をこぼしている時点で、彼女がこのガラスをなんとか出来ないことは明白だ。そういえば、怜が魔法で氷を発生させて、ガラスを氷塊の中に入れることが出来れば、ガラスがなんとかなるのでは――。
「あの、ガラスなら……私が、なんとか、します」
ふと、フードを被った少女が、小さく呟いた。一瞬何を言っているのか分からなかったが、彼女がゆっくりと話すおかげで、理解するまでに十分な時間は得ることが出来た。
「ふぅん。そういえば、まだそこの二人の名前も聞いてないわね」
舞はフードの少女と迅を示して言う。先に名前を名乗ったのは、迅だった。
「俺は上岡迅だぜ。隣にいるのが、俺の彼女の杣」
杣を紹介するとき、迅はどことなく嬉しそうだった。……それにしても、二人は付き合っているのか。リア充め。まぁ傍から見れば僕と怜の関係もそう見えるのかな。なんだかいい迷惑のような気もする。
「わ、私は、えっと……弥奈、です」
何度も言葉を詰まらせながら、フードを被った少女――弥奈も名前を告げる。舞は淡白な返事をして、
「じゃあ弥奈さんにお願いしようかしら」
と言って、ガラス片のある場所からさっと退いた。
「で、では……」
弥奈は遠慮がちにカウンターから出てきて、両手を祈るように組んだ。その瞬間に、彼女の両手から、泡のようなものが出てくる。あれはシャボン玉だろうか?
「綺麗だな、これ」
迅はシャボン玉を見て、率直な感想を述べる。その感想を聞いて、弥奈は少しうつむいていた。そんな間にシャボン玉は大きくなり、弥奈はそのシャボン玉の中に入ってしまう。さらにシャボン玉は大きくなり続け、僕たちさえ飲み込もうとし始める。
「うわわ、危な――あれ?」
僕はシャボン玉に飲み込まれたが、特に何の影響もない。何なのだろう、この魔法は。いや、魔法なのか? そう考えている内に、シャボン玉は図書室全体を覆っていた。
「じゃあ――いきます」
弥奈の声が聞こえた。何が始まるのか、興味を持ちながら図書室を見渡す。不意に、何かが宙に待っているのが見えた。大小異なる透明な塊。これは、ガラス?
「何これ……ガラスが浮いてる?」
舞が戸惑いの声を上げる。ガラスはただ浮いているだけじゃない。窓の方へ吸い寄せられ、集まっていく。
「これ……時間が戻ってないか?」
迅がそんなことを言う。だとすればそれは、とんでもないことだと思った。時間を操る魔法――すごいと思うと同時に、少し恐ろしいと思う。いつの間にかガラスはピッタリと窓に張り付いて、何事もなかったかのようにくっついていた。ついでに穴も塞がっており、あの少年が起こした惨劇はまるでなかったことのようだった。




