-Episode11-
僕が目をそらしてしまったことで赤髪の少女の視線はさらに険しくなる。とりあえず誤解されていそうなので、その誤解は解いておきたい。
「えっと、魔法で何かしているというよりは、魔法で何かされたから、それを何とかしようとしているんだよ」
もちろんその言葉だけでは完全に誤解が解けたわけではないと思うが、少女は目つきを少しだけ和らげた。
「ふうん、そう。とりあえずあたしはこの本を返しに来たんだけど、図書委員はあんたなのかしら?」
どうやら僕のことを勘違いしているらしい。僕はあたりを見渡す。図書委員がいる気配はない。多分夏休みだからってサボっているのだろう。まぁ夏休みが始まって二日目に本を返しに来る人がいるなんて予想もできないだろうが。
「ああ、そうだよ。ちょっと待ってね」
彼女がこのまま本を返せないというのもなんだか可哀想なので、僕は図書委員のふりをして本を返させることにする。僕だって本好きでここには何度か本を借りに来ている。真似事なら少しはできるだろう。カウンターの中にそっと入ると、少し黄ばみ始めた本の紙のにおいが鼻孔をかすめる。僕はカウンターに立って深呼吸してからポニーテールの少女に話しかける。
「じゃあ、図書カード見せて」
言われた彼女は軽く返事をして図書カードを差し出す。「安代舞」と書かれたカードのまだ判子を押されていない部分に、僕は判子を押す。
「あ、そっちじゃなくて」
少し困った様子で舞はカードを裏返す。なるほど、裏にもうひとつ、判子が押されていない部分がある。僕はそこに判を押した。
「どうも」
そっけない挨拶の後、彼女は教室を去って行った。残された僕と怜は、特に何を言うでもなくその辺の椅子に座る。先に口を開いたのは怜の方で、
「ねぇ朔君、彼女の図書カード、見せてもらってもいいかな?」
そう頼まれたので、カウンター越しにカードケースから取り出した舞の図書カードを手渡す。それをじっと眺める怜を僕が眺めていると、
「うん、この舞って人、私が魔法をかけられた日に図書室に来てる」
「ほ、本当に!?」
怜の突然の発言に僕は立ち上がる。ガタンという音とともに近くの書類らしきものが舞うので、僕は慌ててそれらを元の位置に戻した。その後で怜の方を見ると、怜はある一点を指差していた。八月十四日。英数字で確かにそう判子が押されていた。正確な時刻は分からないけれど、彼女はその日確かに図書室に来ていたのだ。
「まずは彼女を追いかけて話を聞いたほうがいいかもしれないね。このままここにいてもらちが明かないし」
それはもっともだ。僕は頷いて一緒に図書室を後にした。……ただ、舞がどこにいったのか、僕には皆目見当もつかなかった。怜が追いかけようと言っていたので何か知っているのかと聞いたのだけれど、
「え? 朔君なら超能力的な何かで探し出せると思うんだけれどなぁ」
という身も蓋もない返答をされただけで終わった。早速行き詰ってしまい、どうしようもなく途方にくれていると、
「あーっ! 昨日の!」
と、とても元気な声が聞こえてきた。駆け寄ってきたのは小学生。橙色のツインテールが幼さをより強調している。後ろの方には栗色の髪をした少年がこちらに手を軽く振っている。この二人どこかで……あぁ。昨日病院でぶつかった子か。
「今日はどうしたのかな? お兄ちゃんと中学校の見学?」
僕は彼女に視線を合わせ、満面の笑みを作って話しかける。笑顔で接すればこのくらいの年代の子は心を開いてくれるはず。小さい子と仲良くなるのはそれだけでアドバンテージがある気がする。……が。
「お、お兄ちゃん……? 中学校の見学……?」
少女――確か楓っていう名前だったような――の笑顔がみるみるうちにひきつって、目には怒りの色が浮かんでいた。
「ま、待ってごめん! どうして怒ってるのか分からないけど、先生とかには言わないから! あれかな? 内緒で小学校から抜け出してきたとか」
そこまで言ったところで、腹に蹴りが飛んできた。正直、かなり痛い。
「私は小学生じゃなーい! 中、学、二年生!」
中学というところに無駄に力を込めて彼女は言った。その身長ではさすがに無理があると思うのだけれど。というか中二って僕とタメだ。
「楓、とりあえずさっさと本だけ借りようぜ。これから商店街で買い物するんだろ?」
栗色の髪をした好青年らしい少年が、なだめるように楓の頭を撫でる。彼女は照れながらもにこにこと少年の方をみていた。
「とりあえず本を借りたいんだけど……図書委員はいるのかな?」
彼のその言葉を聞いたとき、僕は楓に対するちょっとした罪悪感からこう答えてしまった。言った後すぐ、後悔することになるのだが。
「あ、図書委員、僕です」
その後、ジト目で見てくる怜を曖昧な笑みでやり過ごしながら、約三十分程楓の本を借りる作業に付き合うこととなった。




