-Eoisode08-
怜が風呂に入っている隙に優奈がおにぎりを作ってくれたおかげで、僕は空腹に苦しめられることはなかったが、ネギを細かく刻んでにぎり飯にするというネギおにぎりというものを初めて味わった。ネギってにぎれるものだっけ?
「朔君ーあがったよー」
怜が、さっきと同じ服をきたまま風呂場から出てきた。彼女は着替えを持っていないのだろうか。せめて寝間着ぐらいはあった方がいいのだろうが、僕のは男物だし、優奈のは小さいし、貸すことはできない。
「朔君、別にパジャマは貸さなくても、私の服は水の魔法で洗えるから問題はないよ?」
怜が、まるで僕の考えていることを言い当てたかのようなことを言った。実際大分言い当てている。彼女はもしかしてエスパーの部類なのだろうか? それとも単純に僕自身が感情が表に出やすいタイプなのだろうか。……おそらく後者だ。
「そうそう、朔君、次のお風呂どうぞ。あ、私の残り湯を飲んだりしたらだめだからね!」
一体何の心配をしているのか、怜が両手の指でバツ印を作って言う。
「そんな変態みたいなこと絶対しないから」
ただ意識してしまいそうなのでシャワーだけ浴びることにしよう。僕は自分の着替えを二階に取りに行って、一階に戻り、風呂場に向かう。その後、怜が風呂場に居座っていたり、自分の部屋に戻る途中で怜が急に階段から転げ落ちてきたり、自分の部屋のベッドで寝転がっていたら屋根裏から怜が飛び降りてきたり、とにかく色々あったのだが、語ろうとすると丸一日かかってしまいそうなので、心の内に留めておくことにする。ただ一言、怜に逆らったらどうなるか分からない、ということだけは理解できた。
「――まぁ、色々あったんだね」
母の見舞いに行った翌日、僕は杣と一緒に昨日来たファミレスに来ていた。注文を待つ間、暇つぶしに話を聞かせてほしいというので、昨日あった出来事の一部を杣に話していた。このファミレスに怜は来ていない。ついでに言えば優奈も迅も来ていない。昨日杣に言われた通り、僕は一人でこのファミレスに来ていたのだ。集合時間を教えてもらっていないから、僕は午前中からこの場所にドリンクバーだけで居座っていて、正直店員さんから白い目で見られている。
「でも、面白そうだね、そのやりとり」
杣は、カタクリのような笑みを浮かべていった。何が面白いのだろう。怜に振り回されてるだけなのに。
「ところで、話したいことって何?」
僕は話すネタもなくなったので本題に入ってもらうことにする。杣は頷いた後に一つ深呼吸をすると、一言だけ、言った。
「――伏せて」
さっきまでの落ち着いた、しかし優しげな声とは全く異質の、有無を言わさない命令のような声質で、彼女は言う。僕はそれに逆らうことなど出来ず、その場に伏せた。その、瞬間。
「さぁ――復讐劇の始まりだ」
誰かの声が聞こえた。聞き覚えのあるような声だったが、僕はその声について考えることは出来なかった。その声が聞こえたと思った次の瞬間、何かの液体が飛んできたのだ。……赤い。紅い。朱い液体。それは血以外の何物でもなかった。
「な……え!?」
僕は状況を把握できないでいた。誰かが血を流した。流させたのは多分、さっきの声の主。しかしどうやって? ……魔法?
「そこ……声が聞こえたなぁ。運よくしゃがんでいて避けられたのか?」
聞こえてくる声は、少し震えていた。緊張のためか、興奮のためか。彼の質問に答えるとするなら、杣の指示に従っただけ、なのだが……。杣は、この事態を知っていたのか? それじゃあまるで杣は未来を見れるみたいじゃないか。そんなことが出来る人間なんて、この世にはいないはず――いや、待てよ。
「虹魔法使い、なの?」
僕は昨日聞いた怜の話を思い出す。何でもできる、特別な存在。未来視だって簡単だろう。ただ、杣は僕の言葉を聞いても特に目立つ反応はしなかった。僕は聞こえなかったのかと思い、再び口を開くが、彼女が急に僕に掴みかかり、急に体が沈み込むような感覚に襲われた。
「わぶっ!? な、何!?」
僕は真っ暗な中、そう叫ぶ。ただ、真っ暗だったのは一瞬で、視界はすぐに開けた。ここは、誰かの家のリビングのようだ。僕の家のリビングとは違い、とても機能的な作りになっている。この家の持ち主は、効率的な人なのだろう。ちょっとうらやましい。そんなことを考えていると、二階から人の声が聞こえた。
「誰? 不法侵入? どうやって入ったか知らないけど、空き巣狙いだったら大ハズレって所ね」
どこか凛として、はきはきした声。その声には自信と強い意志が宿っていて、声だけで彼女には敵わないと分かる。声の主は、ゆっくりと階段を降りていく。
「逃げるなら今の内じゃない? 私の魔法は『炎』……三分もかからずに消し炭になれるわ」
その声と同時に、リビングに赤いポニーテールの少女が姿を現した。




