-Episode04-
「まぁそれは分かったけど……」
僕は溜め息を吐きながら母の隣にお見舞いの品を置く。僕が置いてすぐに優奈も彼女の持ってきたお見舞いの品を置いた。綺麗なカーネーションの切り花だ。確か近くに花瓶があったから、そこにつけておけば長持ちするだろう。
「分かってるなら話が早いと思うけどなぁ。虹魔法使いがいれば、朔君のお母さんの病気だって治るよ?」
怜は僕たちの一連の動きを少しだけ眺めてから、そんなことを言った。僕は再び溜息を吐く。
「怜……世界のどこにいるかも分からないそんな伝説の魔法使いが、まさか僕の母さんのためだけにここに来てそんな魔法を使うと思う?」
常識的に考えて、その虹魔法使いとやらには僕の母を助けることで生じるメリットなんて何もない。まして僕がこうして母のことで悩んでいることを知っているかどうかさえ曖昧だ。仮にその虹魔法使いが母の話を聞いたら助けてくれるような人であったとしても、肝心のその人がどこにいるのか僕は知らない。向こうからやって来ない限り、世界に一人しかいない存在を探し出すのは不可能に近いだろう。
「やってみなくちゃ分からないよ!」
怜は呑気にそんなことを言う。いや、やってみなくても分かるから。という言葉を必死で飲み込んで、僕は花瓶に水が入っているかを確認する。……おや、花瓶に水は入っていなかったみたいだ。
「優奈、僕ちょっと水を汲んで――」
僕がそこまで言いかけた時、窓から何かが飛んでくる。十中八九間違いない。怜の魔法だろう。
「おおっと!」
僕は恰好つけるためにちょっとマトリックスのように反って避ける。飛んできたのは水。僕はそれを見事に避けることができたのだ。
「――も、戻れない、だ、誰か……!」
ちょっと無理をしたせいで反った姿勢から戻れなくなったのはともかく。
「背骨が折れるかと思った……」
少しして、僕は怜に助けられて元の姿勢に戻る。その間に優奈が一階から水を汲んできて花瓶に入れていたようだ。優奈のしっかりしている点に感心しながら、僕のふがいなさをとても申し訳なく思う。
「朔君、そろそろ帰る?」
怜がそんなことを提案してきた。外を見れば、大体正午少し過ぎ、といったところだろうか。昼食を持ってきていないし、確かにそろそろ帰ってもいい頃かもしれない。
「優奈、帰るよ」
母さんの方をじっと見ていた優奈に声を掛け、僕たちは病院を後にする。病院を出て、駐車場も出ていこうとしたそのとき、
「危ないっ!」
急に横からそんな声が聞こえてきた。優奈はその声に驚き急いでその場から離れて、怜はそもそも僕の近くにいなかったのでよく分からない。さて、残された僕はというと……。
「え?」
ただ、その一言しか発することが出来なかった。次の瞬間、背中の方に強い衝撃が走る。
「ぎにゃぁっ!?」
僕は悲痛な叫び声を上げ、その場に倒れ込む。何かに轢かれたらしいことだけは確かだった。
「い、生きてるかー?」
男性の声が聞こえる。さっき警告をしてきた人物と同じ声だ。
「ま、まさか急にブレーキが効かなくなるなんて……不思議なこともあるんだね」
さっきの声とは別に、どこか落ち着いた感じの声も聞こえてくる。
「朔君ー、先行っちゃうよ……死んでる……」
今度は怜の声が聞こえてきた。いや死んでない、血も出てないんだよ。
「お兄ちゃんどうしたの……、え!? お、お兄ちゃん!?」
最後は優奈の声だ。本当に僕を心配している様子で駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫……なんとか……」
僕は近づいてきた優奈に肩を貸してもらって、なんとか立ち上がる。
「悪い、自転車に乗ってたら、急にブレーキが効かなくなって。俺も必死で避けようとしたんだけどさ、今度はその瞬間にハンドルがポキッ、って折れちゃったんだよな」
先ほど警告してきた男性――爽やかな笑顔が似合いそうな人だ――が、何度も言い訳と謝罪を繰り返す。まぁ怪我がなかったし、相手も間違いなく故意ではなかったから、もう気にしてないけど。
「え、ハンドルまで折れてたんだ? そこまでいくともうある種の奇跡みたいなところがあるよね」
その男性の隣で、黒いツインテールの小学生が、興味深そうに男性の話を考えていた。確かに彼の話はかなり興味深いけど。
「わーい! 朔君が生きてたー!」
怜はそんなことを言いながら僕に抱き着いてきた。ちょ、ちょっと恥ずかしい。
そんなやりとりとしているうち、男性が僕に声をかけてきた。
「悪かったな。俺、迅って言うんだけどさ。……その、お詫びとかいろいろしなくちゃいけないと思うから、えっと……今から、暇か?」
迅と名乗った男性は、これからの予定を聞いてきた。特にないので、
「まぁ、無いですよ」
と返答する。すると迅は、
「おぉ、そうか。じゃあ一緒に来てくれないか?」
同行を求めてきた。お詫びと言っているくらいだから、昼食をおごってくれたりするのかな? そんなことを考えながら、僕は迅についていくことにした。




