-Chapter50-
「……ん、つつ……」
硬い地面の感触と共に、俺は目を覚ます。辺りは薄暗く、今が昼か夜かもよく分からない。俺は頭を押さえながらゆっくりと起き上がる。どうして急に気絶するほどのめまいが起きたのだろう。ふと、背後から声がする。
「――気が付いた?」
俺は振り返り、杣の姿を目にする。彼女は腕組みをほどいて、こちらに歩み寄ってくる。
「なぁ杣、何があったんだ?」
俺は立ち上がり、杣に尋ねる。彼女はまだ完全に状況を把握していないのか、戸惑いを抱いた表情のまま、言った。
「順を追って説明すると……、まず、君が気絶した理由は、舞さんが後ろから君を金属製の何かで殴ったからなの」
その言葉を聞いても、俺はすぐにそれを信じることはできなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。舞とは協力関係じゃなかったのか?」
まさか、杣が頼んで俺を気絶させた? いや、それなら彼女が今ここに姿を見せている訳がない。彼女が俺を気絶させる理由としては、俺との接触を避けるためであるはずだからである。
「私にも、分からない。ただ、彼女は君を気絶させた後、私を脅した」
脅した、か。脅す内容は大体想像できる。俺を人質に何らかの要求をしたのだろう。俺は肩をすくめて、
「俺が言える立場かどうかは分からないが、別に俺のことを気にしなくてもよかったんだぜ?」
と言う。杣は小さな声で謝罪する。思っていたものと少し違う反応で、俺は慌てて顔を上げてもらい、別に謝らなくてもいいと言う。
「――うん、ありがとう。話を戻すけれど、脅されてそれに従った私は、こうしてこの場所に閉じ込められてしまったの」
そう言いながら、彼女は壁を軽く叩く。俺は今の言葉に疑問を覚え、質問する。
「杣の魔法なら、ここから抜け出すくらい簡単なんじゃないか? 影の魔法だったら、どんなところにでも行けそうだけど」
杣は首を振って、俺の質問に答える。
「影の魔法で移動する場合は、影が繋がっていないと、移動できないの。そして、今の状況だと、その魔法で移動することはできない」
その言葉と同時に、杣は建物の隙間を指差す。そこには大きな炎が揺らめいていた。
「今、私たちの周囲にあれぐらいの大きさの炎が私たちを取り囲むようにあるみたい。普通に通ろうとすれば、間違いなく丸焦げだし、影の魔法で移動しようとしても、あの炎のところで影が切断されていて、逃げることが出来ない――随分と入念に準備をかさねていたみたいだね、舞さんは」
杣は溜め息を吐いてその場に座り込む。俺はなんとかして脱出できないかと、ポケットの中を探る。すると、そこには二つの携帯電話があった。
「そうだ、これで連絡を――」
そう思って開いた携帯電話の電波状況は、圏外。この辺りには電波障害が発生しているのだろうか。俺はがっくりと肩を落とした。ついでに、楓の携帯電話を杣に渡す。
「これは、楓さんの……?」
杣は俺が手渡した携帯電話をしげしげと眺める。
「楓と杣、二人の携帯電話だ」
俺は笑みを見せて、杣に言う。杣も笑みをこぼし、その携帯電話をポケットにしまう。とりあえず俺は電波の届く場所がないか、適当に画面を開きながら周囲を歩く。幸い、裏通りの中でも黒い奴は現れないようだ。この辺りが炎に囲まれているから? 確証はないが、大体そんな感じだろう。少しずつ空腹感が増していく中、俺は元いた場所でなるべく体を動かさないようにじっとしていた。
「舞は、何が目的でこんなことをしたんだ?」
俺は杣に質問する。暫く彼女と行動を共にしていた杣なら、何か知っていると予想してそんなことを聞いてみたのだが、
「私にもよく分からない。何か深刻な表情をしていたから、追い詰められているのかもしれないけれど、ただの予測だから」
杣にもどうして俺を気絶させ、俺と杣をここに閉じ込めているのか分かりかねているようだった。何もできないままいたずらに時間が過ぎ、お腹が空いてきた頃、炎の一か所に小さな穴が空き、そこからビニール袋が投げ込まれた。穴はすぐに閉じそこからの脱出は出来なかったが、投げ込まれたビニール袋の中には、コンビニ弁当が二つ入っていた。
「これ、もしかしなくても、舞が投げ込んだものだよな」
俺はそう言いながら、杣に弁当の一つを渡す。
「うーん、食事を買って与えるくらいの余裕はあるみたいだけど……なんだかますます彼女の目的が分からなくなってきたよ」
杣は弁当の蓋を開け、中身のご飯を頬張りながら言う。
「何かを知られたくなかった、とか、間違いなく邪魔されることを知っていたからあらかじめ邪魔され無いようにした、とか?」
俺も弁当の中身のおかずとご飯を交互に頬張りながら仮説を話してみる。
「間違いなく邪魔される……なんだろうね、私たちが必ず邪魔をするような行動って」
ここから動けない歯がゆさを感じながら、俺たちは舞の行動の理由を考え続けていた。




