真夏の銀世界。
****
雪道を君と歩きたい。
振り返れば、一緒に歩んだ足跡が確かに見えるから。
君といたっていう、証拠が、実感が、嬉しいから。
桜の季節は、どうしたって期待と不安が入り混じるもんで、街ゆく人が浮かれだってるのが目に見える。
俺、堀巻大貴だって例外じゃない。例外どころか、これでもかってくらい期待してる。そしてまたこれでもかってくらい緊張した足取りで学校に向かってる訳なんだけど。
“クラス替え”。
たった5文字の単語が頭の中で何度もリフレインする。
高校三年生、人生最後のクラス替え。願いはひとつだけ。
どうか、あーどうか神様っ。
佐倉千紘さんと同じクラスにしてください…っ!
蓋を開けてみれば、俺は理系、彼女は文系なわけで、見事クラスは別々だった。俺ってホントばか…!緊張返せ!
だけど、必死に願掛ける俺は神様は見捨てなかったらしい。なんと隣のクラスになれたのだ。5組の佐倉さんと6組の俺は体育が合同ということになる。…神様ありがとう!
「なぁーに、ニヤニヤしてんの?たいちゃん」
振り返ると幼なじみの優馬が紙パックを吸いながら、端麗なの顔を近付けてきた。…こいつはまた苺牛乳なんてカワイイモン飲みやがって。
「うっせ。関係ねーだろ」俺の恋心はまだ誰にも教えてないのだ。そんな不思議そうな顔したって、優馬、お前にも教えねーぞ。大事に大事に育てた恋心。そっと見つめるだけの淡い感情は、俺だけのもんだ。
「ま、別にいいけど。それより隣のクラスだなんて奇遇だねぇ。」
なに!
お前、俺のスィートエンジェル(死語)佐倉さんと同じクラスなのか!
…去年に続いて今年も一緒のクラスたぁ羨ましいぞぉ。
佐倉さんを知ったのは、まぁある意味こいつのおかげだった。
高2の初冬、優馬のクラスメイトの一人が死んだ。名前は覚えてないが、少し変わったやつだったから存在は知っていた。優馬はそいつの後ろの席だったから、卓上に飾られた花を数週間嫌でも見る羽目になった。晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、雪の日も。そう、あれは雪の日だった。
朝練で朝早く登校した俺は、雪一面の校庭で自分以外の足跡があることに気が付いた。ショックだったな。こーゆーのって一番最初に足跡つけるから風情があるんで、二番目じゃあ価値がない。
ふと、顔をあげるとある教室の窓で人影が動いた気がした。赤い花が飾ってある窓。優馬のクラスだ、と瞬時に分かった。
階段を駆け上がって教室に向かうと、女の子が雪のついたコートを払っていた。
彼女が足跡の主だったんだ。
「アドレス、そろそろ聞けよって言ってんの」クラスの女子の所に遊びに来た佐倉千紘をじっと眺めていると、クラスメイトのノリマキが急に言い出した。
なっ!なっ…!
なにを言ってるんだこいつは!
俺は胸がバクバク打つのを感じながら「な、なんのことかな~」と知らんぷりした。よし、我ながらいい演技!俺の恋心は誰にも言ってない。誰にも気付かれないよう半年以上やってきたんだ。
「たいちゃん、目ぇ泳いでっから。」町田がバカにしたように笑い、ノリマキが「サクラチヒロ、だっけ?」と冷静に続けた。
「…し、知ってたのか…?」
「バレバレ。」呆れた、って顔してふたりが目を合わせた。
「で、どーすんのよ。早くしないと夏休みなっちゃうよ~。」「お受験戦争よぉ~」ノリマキも町田も俺の恋心に興味津々って感じだ。こいつらぜってぇ楽しんでやがる。
確かに俺は恋愛に関してとにかく疎い。だから初めて佐倉千紘を意識したとき、俺おかしくなったんじゃないかって思った。熱があるし、胸が爆発しそうなくらい脈を打つし。恋の病っていうけど、ホント病気じゃないのかって思ったよ。
すげー迷ったけど、恥を忍んで正直に言った。「俺、こんなの初めてでどーしたらいいのか分かんねぇんだよ…」
するとノリマキは「青春だねぇ~」って言いながら、すっげーニヤついた顔で頭を撫でてきた。…言わなきゃよかった、いわなきゃ!
「ほら、いけっ」
その日の放課後、俺は2人に唆されて佐倉さんのクラスの廊下の前までやってきていた。つっても隣。いや、でもそのわずか数メートルにどんだけ時間かかったのかって話で…「ムリムリムリムリ!お前らゴーインすぎなんだよ!」
はぁ?って顔される。話したことないのにアドレスなんて聞けるか。こいつらは女子に慣れてるからそんな風に出来るんだよ。俺は溜め息混じりに言う。「ごめんなさい、まだムリです」
「出来る出来ないかじゃなくて、やるかやらないか、じゃねーの」とプレイボーイの町田はサラリと言う。グサリ。だってまじ正論なんだもん、町田のくせに。最もらしい台詞に口ごもってしまう。そうなんだけど!そうなんだけれども!
「佐倉さん前にすると緊張が…「じゃあ、オレ言ったげよっか」
バッと後ろを振り返ると、英語の教科書を返しにきた優馬が立っていた。教科書ありがとさん~、じゃねぇよ!「おまえ聞いて「つか、バレバレだからね~。ほら、オレ佐倉さんと三年間同じクラスだし、それなりに面識あるよ~」
「…いらねぇ」
声を絞り出していう。お前、去年だけじゃなくて三年間も一緒のクラスだったかよ!っていう嫉妬と、人頼みで味を占めるなんていくらなんでもダサすぎるっていう男のプライド(しかも相手はイケメン野郎)。
「うじうじしてたいちゃんらしくないなぁ。…あ、じゃあ競争しよう」
ほら、と言って優馬がスターティングポーズをとる。「ゴールは佐倉さん。優勝の商品はアドレス交換ね。」
「は?!」
「おーいいじゃん。名案名案。そんくらいしないとたいちゃん動かないし」とノリマキが言えば、今度は町田が「じゃあオレも参加しちゃお~っと♪」と悪ノリしてきやがった。おい、てめーら…。
「よーい…」
イケメン野郎にベテランナンパ師。
誰が勝ったって俺はアドレスを知れるだろう。むしろ、俺が直接聞いて断られる可能性のほうが高いんじゃねぇかってくらいで。
けど、そうじゃない。いま欲しいのは結果より過程だよ。
「どんっ!」
俺が佐倉さんに伝えたいんだ、誰でもなく俺が彼女のこと知りたいんだ。俺のこと知ってほしいんだ。
隣のクラスは距離的には近いけど、いままですっげー遠くにあるみたいに感じてた。近付く度、汗が滲んできてたのは、たぶん夏の暑さのせいだけじゃない。
そう、季節は夏。
だけど、俺には床が真っ白な雪が広がっているように見える。
誰も先に行かせない。
今度こそ真っ白な雪に一番に足跡を残すのはこの俺だ。
だから、
走れ。
走れ、彼女の元に。
*****