水風呂狂騒曲
水風呂狂騒曲
こめかみの奥がじんじんと脈打つような不快感で目が覚めた。八月特有の生ぬるい風がレースのカーテンを揺らしており、廊下からはペタペタと素足で床を踏み鳴らす無遠慮な音が響いてくる。昨晩の残りの冷えた麦茶を喉に流し込みながら居間の引き戸を開けると、茶褐色にしなびた皮膚を惜しげもなくさらけ出した、推定七十二歳の一糸まとわぬ老婆が背筋を伸ばして悠然と闊歩していた。私は自分の着古した花柄のパジャマの裾を力任せに握りしめ、台所に立つ男の背中に向かって指を突きつけた。
「ちょっとー、あの女なんとかしてよ」
胃袋がひっくり返りそうな違和感に襲われ、私は食卓の上に置きっぱなしの、油の浮いた冷たい味噌汁を睨みつけた。四十九歳になる息子の宏は、毛玉だらけの薄汚れたグレーのカーディガンを羽織り、焦げた食パンにマーガリンを塗りたくっている。宏は私の剣幕に驚く風もなく、目尻をふにゃりと下げて、まるでお気に入りの猫でも眺めるような眼差しを全裸の老婆に向けた。
「ほんとに困っちゃうね」
あまりの呑気さに耳の奥がカッと熱くなり、私はテーブルに散らばったスーパーの黄色いレシートを乱暴に払いのけた。廊下からはキシキシと古い床板がきしむ音が聞こえ、全裸の老婆はシワだらけの腰を小刻みに振りながら脱衣所へ向かっている。息子のヘラヘラした態度をどうしても許すことができず、私はフライパンに残った冷え切ったウインナーの油を爪で突っつきながら声を荒らげた。
「困っちゃうねじゃなくて、ちゃんと言ってよ!」
私の苛立ちをなだめるように、宏は小さく肩をすくめてゆっくりと息を吐き出した。台所の換気扇からは古い油の酸化した匂いが漂っており、窓の外ではけたたましく蝉が鳴き立てている。宏は手に持っていたバターナイフをコトと皿に置き、脱衣所の扉へ向かって、とろけそうなほど甘ったるい笑顔を向けた。
「ちゃんとお洋服着てください」
注意されたはずの老婆は返事もせず、ガタガタと派手な音を立てて風呂場の引き戸を開け放った。漂ってきた湿ったカビの匂いに鼻を覆いたくなり、私は洗面台に脱ぎ捨てられた息子の伸びきったトランクスを踏まないよう爪先立ちになった。あんな得体の知れない女を家の中に野放しにしている息子の神経が心底信じられず、私は思わず叫んでいた。
「ちょっと待ちなさいよ! みずぶろー! とか言って何度も風呂に入るのはいいんだけど、服くらい着てちょうだい! だいたいあの女、誰なのよ!」
宏は困ったように眉を八の字に曲げ、食パンの耳を指先でちぎりながら、私を哀れむような目で見つめ返した。洗面台の大きな三面鏡には、みすぼらしい花柄パジャマを着た私などどこにもおらず、骨張った胸を丸出しにした全裸の老婆が、きょとんとした顔でこちらを指さして突っ立っているだけだった。私は自分の乾いた手の甲に走る濃いシミをまじまじと見つめながら、震える唇を開いた。
「……宏、お母さんの服、どこにやったの?」




