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短編「恋愛物、令嬢物、その他の短編」

傲慢王女は魔神と手を組み、教会を国政から追放しようと企てる

作者: ヒトミ
掲載日:2026/07/20

王国の第一王位継承者である王女エスメラルダは、物心ついた頃から、教育係をその言動で困らせる天才だった。


歴史学者に対しては「初代聖女王は、魔神を封印した偉大な存在です」と教わると「魔神は、初代が封印できるほど弱い存在だったのか」や「一人で封印したのではなく、周囲の助けがあったのだろう」や「そもそも、魔神とはどんな存在だ? 魔物の神か」などと言って歴史学者を憤慨(ふんがい)させた。


教会の聖女に対しては「神の教えを信じて、正しい行いをしていれば、神はわたくし達をお導きくださるでしょう」と言われると「神と呼ばれる存在は、世にあまたあれど、姿を見たことはない。聖女は見たことがあるのか」や「正しい行いとは、盲目的に神を信じて教会に従うことなのか」などとのたまい、聖女が頭を悩ませる事態となった。


教育係たちが苦肉の策で、自身の子息や子女を学友として王女の隣に座らせても、彼女の舌鋒はまあ、少しは鳴りを潜めたものの、なぜか、子息子女が王女の熱烈な信者となり果て、後に天才変人会と呼ばれる、側近会員として、名を馳せることになってしまった。


あらゆる分野の教育係をそんな調子で困らせていたエスメラルダは、王女らしからぬ振る舞いや言動、国王の後継者という立場もあって、王国ではラルダ殿下と親しみを込めて呼ばれていた。


王宮では、大胆不敵で、唯我独尊な傲慢王女、いや、その怜悧な外見から、王子のようだと殿下と呼ばれ、国民の間では、眉目秀麗な外見のお陰で人気がある次期女王として、殿下と呼ばれていると言った方が正しいのかもしれない。


そんなラルダ殿下にも、一人だけ予測不能な存在がいる。


それはラルダの婚約者である、キース・ユリエント侯爵令息だ。


彼は国王の親友の忘れ形見であり、国王の意向でユリエント侯爵家の養子として迎えられた、凡庸な青年だった。貴族たちの間では、天才変人会の会長と暗黙の了解で呼ばれている。


けれど、ラルダにとっては、幼なじみであり、婚約者でもある彼を凡庸だと言い切ることができなかった。


なぜなら、ラルダには使うことができない、魔法を使い、教育係とは違う考え方をラルダに語ってくるからであった。


勘違いしないで欲しいのは、ラルダにも魔力はあったはずだと言う点である。


彼女は産声を上げた瞬間、身体中から金色の光を溢れさせ、教会に次期女王と認めさせる程の桁違いな魔力を発したのだ。


それは誰もが知る真実ではあったが、なぜか物心つく頃には、魔力が溢れ出すことはなくなり、魔法を発現することもなかった。


だからこそ、教会はラルダを見込み違いとして、囲うこともしなかったという経緯がある。


◆◆◆


先日、王国会議でキースの隣国留学が決定した。


貴族たちは「ラルダ殿下を、ユリエント侯子から野放しにしたら、誰が殿下を止めるのだ」と必死の抵抗をしていた。


しかしながら国王はラルダの「婚約者には、未来の王配として学んできて貰いたい」との事前の親子会議での発言に感銘を受けており、貴族たちの反対を押し切ったのである。


国王の隣で会議の流れを、その怜悧な視線で眺めていたラルダは、キースの留学が決定した瞬間、薄く色付いた唇に、傲慢な微笑を浮かべた。


これで長年疑問に思っていても、行動に移せなかったことが実現できると。


そして、現在。


ラルダの執務室に、旅装姿のキースが来ていた。


「エスメラルダ。何か企んでたりしない?」


ラルダは執務机に片肘を突き、銀色の長い横髪をその細い指先で梳く。


そのまま、婚約者に流し目を送り、艶やかな笑みを浮かべる。


キースが、緊張したように息を呑んだ。


「だとしたらどうする? これから隣国に向かう君には私を止めることはできない」


彼が天井を見上げて、顔を覆う。手の隙間から長い嘆息が聞こえてきた。


「……何をするつもりか知らないけど、くれぐれも、無謀で危険なことはしないで。俺は直ぐに戻ってこれないから」


心配げな表情でラルダを見てくるキースに、彼女は小首を傾げて、怜悧な目を笑みの形に歪めた。


「キース。君は私を誰だと思っているんだ? 私は次期女王だぞ。いつまで上から見下ろしているつもりなのかな」


ラルダが片肘の拳を頬に当て、冷ややかな声音を発すると、彼ははっとしたような表情になり、さっと執務机の前で(ひざまず)き、騎士の礼を取ってくる。


「失礼いたしました。ラルダ殿下」


ラルダはそんな婚約者を、頬に拳を当てたまま眺めて、冷徹な眼差しをすっと緩めた。


そして、椅子から立ち上がると、キースの前までゆっくりと歩く。


彼女が羽織っている薄手の革外套(かわがいとう)が揺れ、装飾の少ない軍靴の音が床に響いた。


キースの前で立ち止まり、すっと片腕を伸ばして、俯く彼に手の甲を差し出す。


「我が主に忠誠を」


彼が、ラルダの手を押し頂き、額を軽く手の甲に当ててくる。


「ああ。君は今から長旅だろう。気を付けて行ってくるといい」


キースがラルダを見上げた。


彼の何か言いたげな視線と目が合う。


ラルダはその視線を流して、キースに立つよう促すと、彼は諦めたように立ち上がる。


「……行ってきます」


キースが何度も振り返りながら、執務室から出て行った。


その後ろ姿を、軽く腕組みして眺めていたラルダは、彼の姿が見えなくなった途端、窓へと視線を向け、怜悧な目をうっそりと光らせた。


◆◆◆


ラルダには昔から納得ができない教会の教えという物があった。


それは「赤い月の夜は、外が騒がしくても、音に誘われてはいけない。なぜなら、魔に魅入られ、人ではなくなってしまうから」という、十年に一度起こるらしい、『災月の夜』に対する、千年前から布教されている教会の教えだった。


当然、幼い頃のラルダは教育係の神官に「魔に魅入られるとは、どういうことか」や「人ではなくなるならば、何になるというのか。神にでもなるというなら、なってみたいものだ」などと言って、神官に嫌われ「異端審問にかけられますよ」と捨て忠告をされたのである。


当時は、この話を知る前に災月の夜は終わってしまっていた。


だからこそ、十年を経た今、絶対止めてくるだろうキースを隣国へ行かせ、ラルダは夜に出歩く万全の支度を終えたのだ。


今か今かと夜を待ち、侍女たちに就寝を促されても、執務があると追い払い、窓辺で寄り掛かりながら、カーテンの隙間から窓の外に視線を送り、空に掛かる赤い月を眺めた。


風が窓を叩き、木の葉がバルコニーに舞う。


「……魔物が出るか、何も起きないか」


護身用の鉄扇を握り締め、王族だけが知る隠し通路から、王宮の庭園へと出る。


庭園に出た途端、纏めた髪が風に(あお)られ、目を細めながら顔を上げた。


視界の先には封印の塔。


ラルダは眉間に(しわ)を寄せた。


塔の中から、金色の光が溢れ出し、塔を伝って縦横無尽に広がって行く光景。


「なぜ、塔から魔力が出ている? 魔神を封じる神聖力か? それとも、そもそも、塔には何がいる?」


塔の中を実際に見たことはない。ならば確認すべきだろう。


風を切り、塔に近付く。


外套がはためき、ドレスに見えるズボンの裾が空気を含んだ。


その間にも、金色の光は地面や空を伝い、国中へと溶け込んで行っているようだった。


塔の出入り口の隙間から、光が流れ出てくる。


ラルダは錆びた錠前を、鉄扇を軽く振ることで破壊し、躊躇(ちゅうちょ)なく塔へと足を踏み入れた。


◆◆◆


塔の中は埃まみれではあったが、千年間誰も来ていないと言うには綺麗すぎた。


何故だと考え周囲を見回し、金色の光が地下に向かう階段を壁伝いに流れて来ているのを見て、その光が通った近くの埃が薄くなっているのに気付き、魔法かと首を傾げた。


最初に見た時は、魔神を封印する神聖力なのかと考えたのが、魔力だとはどういうことだろうか。


金色の光に触れたい気持ちを抑えて、ゆっくりと階段を降りる。


降りた先は暗い洞窟のような地下室だった。蝋燭(ろうそく)灯火(ともしび)に照らされ、天井から床まで、壁一面に彫物が刻まれていることが、(かろ)うじて判別できる暗さ。


地下室の壁には、美麗な装飾を施された剣に、胸元を貫かれた青年が(はりつけ)にされている。


不思議なことに青年の姿は、この暗い場所でもくっきりと浮かび上がっていた。まるで、自ら光を放っているかのように。


夜明けの空を思わせる橙色の髪が、流れる血のように広がり、閉じられた(まぶた)はピクリとも動かない。


それでも青年は生きていた。


その証拠に、剣で貫かれている心臓はゆっくりと脈打ち、血の代わりに金色の光が、剣先に吸い出されていたからだ。


そして、金色の光は剣先を伝い、壁の彫物を通って外に流れ出していた。


「何だ……これは。これが、魔神? どう見ても人だろう」


そう呟いたラルダではあったが、彼女の頭の中では疑問が物凄い勢いで湧き上がり、高速でその疑問を処理し始めていた。


しばらくの沈黙の後、ラルダはおもむろに青年の胸を貫いている剣へと、腕を伸ばす。


「初代聖女王の剣……だがこの剣が魔神の魔力を吸い出しているのは明白だ。起こして直接聞いてみるとしよう」


またも躊躇なく剣を握り、ゆっくりと引き抜く。


剣先が青年の体から離れた瞬間。


青年の目がカッと見開かれ、ラルダの首に青年の手が迫り、首を締め上げられて、彼女は少し眉根を寄せた。


「良くも……俺を! 裏切ったのか……聖女ッ」


青年の腕に片手を添え、聖女の剣を持ったまま下に向ける。


彼の鋭い赤い目が、悲哀を帯びて、その目尻から流れ落ちる雫が、ラルダの手の甲に染みた。


「誰を見ている? 無礼者。この手を離せ。私は次期女王だ」


締め上げられて、詰まる呼吸の中、ラルダは淡々と告げた。


青年の腕が緩む。戸惑ったようにその視線が揺れる。


彼はラルダの姿を上から下まで見て、彼女の首を解放してきた。


ラルダは乱れた襟元を正して、横目で青年を見る。


青年は片手で顔を覆って、ふらりと壁に背を預ける。


剣で貫かれて破れていたはずの彼の上衣は、いつの間にか綺麗な仕立ての上衣に変わっていた。


「……次期女王って何だよ……今はいつなんだ……」

「それは魔法か? どうやって直した? 魔神の力か?」


青年が顔から手を離し、ラルダを困惑した眼差しで見てくる。


「魔神……? 誰がそんなことを……俺は魔神ではない」


ラルダは重い剣を床に置きながら、顎に指を添える。


「ならば人なのか? しかし、千年も生きる人間がいるとは、寿命を伸ばす魔法は、そこまで万能なのか……」


青年の視線が突き刺さり、ラルダは不快感に眉を寄せた。


「……俺は、神だ。……千年……それはもう、別世界だろ……」

「神……だと? 神という証拠はあるのか? 何を持って神だと信じればいい?」


神と名乗った存在から、理解し難い生き物を見るような視線を向けられる。


「人々が俺を神と呼んだんだろう。……いや、待て、今は千年後の未来なのか……。俺が普通に生きていた頃、膨大な魔力を持ち、不老不死になった者を人は、神と呼んでいたんだが……」


期待に膨らんでいた心が、みるみるうちに縮み、ラルダの表情が能面のように無表情となった。


「要するに、人ではないか。王女を(たばか)るとは、いい度胸だな」

「ちょっと待て! 今の時代では、俺は人なのか? 不老不死でも? いや、それはどうでもいい。俺は聖女に裏切られて、神狩りの奴らに解剖された訳じゃないのか……」


青年が早口で呟き、混乱したようにラルダの前で右往左往し始めた。


ラルダはその様子を見て、怜悧な目を冷ややかに細め、鉄扇を広げて口元を隠す。


「……千年前の神とやらは、礼儀を知らないと見える。混乱するのはいいが、一国の次期女王の前で、見苦しい! そこに直れ! と言いたいところだったが、気が変わった。神狩りとは何だ? 聖女が裏切ったとは?」


青年は胡乱(うろん)げな視線をラルダに向けて立ち止まる。


「そもそも、聖女とは教会の聖女のことか? それとも初代聖女王のことか?」


青年がラルダの顔、というか、髪をじっと見て、自身の額を指で繰り返し叩く。


「……神狩りがいない? 初代聖女王? 教会とは何だ? というか、次期女王さんは、聖女アステリアの子孫なのか?」


初代聖女王の名が青年の口から出た瞬間、ラルダの思考は高速で回転し、一つの結論へと導かれる。


「一つ聞こう。神を名乗る人間よ。千年前に、神聖力という物は存在したのか?」


青年が首を傾げた。


「神聖力? 何だそれ。というか、俺にはルークという名前が……」


その回答で、ラルダの中の仮説が、急速に真実へと変化して行く。


ラルダは鉄扇を畳んで腰に引き下げたあと、青年──ルークの胸に突き刺さっていた剣を持ち上げ、ルークに向ける。


彼が警戒したように目を鋭く尖らせてきた。


「この剣が何か知っているか?」

「……それは、神狩りが、神の魔力を吸収して利用する為の剣だろ……」


ラルダの目が、危険な光を帯びた。


千年前に教会は存在しなかった。ましてや、神聖力なんて物は、この世に存在しない物だった。塔から国中に広がっていた光はルークの魔力で、それは、聖女王の剣という神聖な封印剣ではなく、神狩りが使う魔力を吸収して利用するための剣によって引き出された光だった。


「魔力を吸収して、何に利用するんだ? 魔物を寄せ付けない結界として利用することもあるか?」

「色んなことに利用してた。結界に使うこともあったと思う。……だから、他の神たちは、人に紛れたり、自身が創り出した空間に引き篭ったりして、世界から隠れたのに。俺は、疑うこともせず、アステリアを信じて……剣で貫かれた時、言われた……『神よ。その力をちっぽけな人に譲ってください』と」


ルークが壁際で力無く座り込んだ。


ラルダは封印剣改め、神狩りの剣を床に突き刺し、柄を支えに仁王立ちする。


「結論が出た。教会は千年前の神狩りだな。そして私は、人を騙して魔力を搾取した女の末裔か。面白い。ルーク、私の首が欲しいか? それとも、教会の首を求めるか?」


ルークがラルダを見上げて、乾いた笑いを漏らす。


ラルダは眉間に(しわ)を寄せた。


「……教会が神狩りだと言うなら、この時代で安全に生きる為にも、俺は教会の目を逃れたい」


ラルダはルークの切実な視線に、軽く頷き口を開く。


「その願い、この次期女王エスメラルダが叶えよう。教会の汚職には目を瞑り飽きたからな。いい機会だ」


ラルダは剣の柄から手を離し、ルークに向かって手を差し出す。


彼は、恐る恐るラルダの手を握り、立ち上がった。


「では、国からどのようにして教会を追放すべきか、意見を述べるがいい。参考にしよう」


ルークが変わった生き物を見るような視線を向けてきた。


「……王女さんは、常に思考加速の魔法を使ってるんだな。千年前なら、神と呼ばれてただろうよ」


ラルダは目を(すが)めてルークを見る。


「何を言っている。私は魔法を使えない。その発言の根拠は何だ?」


ルークが面白い者を発見したというような笑いを浮かべて、口を開く。


「自覚が無いんだな。王女さんの額から魔力が漏れて見えてるんだ。気付けるのは、神くらいだろうけどよ」


ラルダは自身の思考を魔法の一言で片付けられたことに、大いに矜恃が傷付けられ、仕返しのようにこの後、ルークが音を上げるまで、質問をし続けた。


◆◆◆


その翌日から、ラルダはルークを天才変人会の顧問として王宮に招き、教会を国政から追放する計画を、学友たちと共に完膚無きまでに推し進め、キースが隣国から帰還する頃には、あわや教会の息の根が風前の灯火となっていたのである。


教会の孤児院で育てられた聖女や神官は、こぞってキースに助けを求め、清廉な者は命拾いし、後暗い者はそれ相応の罰を国王から与えられることとなった。


まあ、とにもかくにも、帰ってきたキースが頭を抱える横で、次期女王のエスメラルダはこれまでと変わらない満足気で傲慢な微笑を唇に浮かべていた。


END

お読みいただきありがとうございました。

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