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サニーと魔王の生きる道  作者: 橋本洋一


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サニーと魔王の出会い

 あたしよりも年下――そう思える若さ、あるいは幼さだ――の少女セーリアが隊長を務める魔王軍とはいったいどんなところなんだろう。興味と関心が生まれたけれど、あたしにとって大事なのは魔王に会って失った全てを取り戻すことだ。サンライトシティだけじゃない。父さんや街の人々の仇を取る。そして裏切ったカサブランカにあたしの怒りを思い知らせてやる。


「魔王様はこの先にいますよ」


 城というよりも大きな屋敷である。

 調度品もさほど豪華ではない。申し訳程度に飾られているだけだ。

 その奥の大きな扉の前であたしは待つように言われた。まずはダンテが紹介してくれるらしい。軽薄な感じなリザードマンだ、あたしの印象を悪くしないだろうか。


「ダンテ兄さんは上手く話してくれるですよ。ああいう性格だけど魔王様には真面目ですから」

「そう……安心したわ」


 あまり礼儀正しいとは言えないけれど、壁にもたれかかる。休息を取ったとはいえ回復はしていないのだ。

 それが分かっているようで、セーリアはあたしを咎めなかった。


「それにしても、三番隊隊長って……そんなに偉かったのね」

「魔王軍の中の話ですけどね。否定はしないです。私の場合は強さよりも能力で選ばれたんです」

「能力? それは……」


 気になったので訊ねようとして、口を噤んでしまう。人に話せる類とは限らないからだ。

 案の定、セーリアは「秘密、ということにしてください」と微笑んだ。可憐な表情に見惚れる。もしも異性なら心ときめいてしまっただろう。


「魔王ってどんな人……というより人なの?」

「人ではないと言っていました。でも見た目は人です。私とサニーと同じように」

「意外だわ。魔王って言うのだから、てっきりドラゴンとかオーガとか、強い魔物かと……」

「魔王様はそれよりも強いですよ」


 にわかには信じられない。

 だけど魔物の国を作ったほどの実力があるだから当然かもしれない。


「怖いですか?」


 不意にセーリアが訊ねてくる。

 まんまるな瞳は何の感情をにじませているのか、あたしには分からない。


「……人見知りはしないほうよ」

「あはは。それなら大丈夫ですね」


 なんとか冗談を言った――セーリアは笑ってくれたけど、今のあたしは笑い返す余裕がなかった。


「魔王様がお会いになるそうだ」


 しばらくして――ダンテが扉を開けた。

 もしかしたら会ってくれないんじゃないかとひやひやしたけど、杞憂だったみたい。


「くれぐれも粗相のないようにな」

「言われなくても分かっているわ」

「へえ。その程度の常識はあるんだな」

「……いちいち皮肉を言わないと死んじゃう病気なの?」


 ダンテはニヤニヤして「ああ。実はそうなんだ」と適当なことを言う。

 相手してやれないのでため息をついてから中に入る。

 セーリアとダンテも一緒だった。


「シローの娘、サニーよ。歓迎するぞ」


 ふかふかとした椅子が部屋の左右に五脚ずつ、つまり十脚がずらりと並んでいる。

 そして真正面にはそれらの椅子よりも大きな椅子が置かれていて、そこに魔王が座っていた。


 会ったことがないのに魔王だと分かったのは、オーラというか覇気というものが漲っているからだ――その四十過ぎの男に。


 座っていても背が高いと分かる。二メートルは超えてるわね。真っ白な服を身にまとっていて肌も青白いから死人のように見えた。

 凛々しい顔だけど目つきがかなり悪い。それだけで悪人と思われるようだった。黒髪でひょろひょろしている。でも弱いとは思えない。生物として上位だと思わせる何かを感じた。


「あ、あの。父さんを――」

「ああ知っている。我輩は奴が若い頃に会ったことがある。二十年ほど前だったか」


 目を細めて懐かしそうにする魔王は人間臭いけど、どこか作り物のように見えた。

 それからあたしのほうをじっと見つめる……な、なによ。


「……あたしの顔に何かついてる?」

「別に。ああ、適当に座ってくれ。セーリアとダンテも楽にしていい」


 あたしはおずおずと右手前に座った。

 セーリアは「失礼します」とあたしの隣に座って、ダンテは彼女の後ろに立った。


「サニーだったな。お前がここに来た理由を教えてくれ」

「サンライトシティを取り戻すためよ」

「つまり、もう陥落したことは知っているんだな」


 魔王は自分の額に人差し指を添えて「お前の日常は戻らない」とあたしに告げる。


「失ったもののことばかり考えてしまう。あの日、ああすれば良かったと後悔が尽きないだろう。その繰り返しの人生を歩むことになる」


 否定できない――実際、ずっと考えていた。

 その場に留まっていれば父さんを救えたかもしれない。

 あるいは自らと引き換えにカサブランカを倒せたかもしれない。

 魔王の言うとおりだ。失ったものばかり考えてしまう。

 だけど――


「あたしはめそめそ泣いて、後悔し続ける生活なんて送りたくない」


 まだ自分のやるべきことなんて分かってないけど。

 少なくとも取り戻そうとせずに生きるなんて嫌だった。


「父さんは魔王なら助けてくれると言っていたわ。だからあたしはここにいる」

「では何を助けてほしいのだ?」

「決まっているわ。ブラッドストンを倒す。その手助けをしてほしいの」


 決意を込めてそう言うと隣のセーリアは「本気、なんですか?」と驚き、その後ろで立っているダンテは呆れたように手を挙げた。

 魔王だってあたしの言っていることを測りかねていた。


「今や地方都市をいくつも従属させているブラッドストンを倒す。その言葉の意味を分かっているのか?」

「ええ。その言い方だと無理だと思っているのね」

「我輩でなくともそう考えるだろう」

「あたしだってそう考えているわ。でもね――」


 すうっと深呼吸した。

 そうしないと泣きそうだって思ったから。


「無理でもやらないといけないのよ。そうじゃなきゃ一歩だって前に進めない」

「……手助け、と言ったな。まさか魔王軍がブラッドストンに戦争を仕掛けることを望んでいるのか?」

「それこそまさかよ。あたしのわがままに他の人は巻き込めない……」

「では何を望むのだ?」


 あたしは今まで胸の内に秘めていた思いを伝える。


「ブラッドストンの教主、サルビアを倒す」

「ふん。大きく出たな」

「ブラッドストンを止めるにはそれしかないわ」


 魔王は腕組みをしてから「これだけは訊ねておきたい」と言う。


「お前の人生を台無しにした者を許せるか?」


 あたしは答えた。


「絶対に許さない」

「いい答えだ。よかろう、協力してやる」


 何がどう気に入ったのか分からないけど、魔王は満足そうに頷いた。


「魔王様。本気ですかい? 見ず知らずの人間を助けるって」


 口を挟んできたのはダンテだった。

 魔王は「あくまでも手助けだ」と断りを入れた。


「戦争をするわけではない」

「いやしかし……どうやって手助けするんですか?」

「三番隊が協力しろ」


 ダンテの表情が固まった。

 セーリアは「私たちがですか?」と不思議そうに首を傾げた。


「ああ。お前たちには縁があるようだからな」

「ちょっと待ってくださいよ……俺はこんな訳の分からない小娘のために戦いたくないです」

「訳の分からない小娘ってなによ」


 また失礼な物言いにムッとしたあたしに魔王は気づいたようだ。

 とんでもないことを言い出した。


「ではサニーと戦え」

「……何を言っているんですか?」

「ダンテが勝てば手助けの話は無かったことにする」


 魔王はあたしに向かって挑発する。


「お前のブラッドストンを倒したいという思いが強ければ勝てるはずだ。そうだろう? サニー」


 あたしには受け入れるという選択しかなかった。

 だから応じて頷いた。

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