サニーとブラッドストンの襲撃
「なんで、どうして、こんなことに……」
空が泣いている……雨があたしの冷えた身体を打つ。
故郷のサンライトシティが燃える音が聞こえてくる。
どうしようもない絶望が狂おしいほどの怒りを呼ぶ。
「許せないわ……絶対に許さない……!」
失ったものを考えて挫けそうになる。
だけど取り戻したい。何をしても……
「……ブラッドストン!」
◆◇◆◇
「サニー! 魔法の練習は終わったのか?」
「ああ、父さん。今日もばっちりよ」
日光が街いっぱい照らしている暖かな春。
あたしは街の修練場から出てきて、父さんのシローに報告をした。
大陸の中でも有数な地方都市、サンライトシティの自警団団長である父さんは、がっちりとした体躯をしていて逞しかった。戦士として一流であり、なおかつ魔法も使えるのでとても頼りになる。
「火の魔法は上級まで極めたか。他の魔法はどうだ?」
「駄目ね。下級しか使えない。そっちの才能はないみたいよ」
「十六才で上級魔法が使えるのはたいしたものだ。俺なんて中級までしかできないぞ」
豪快に笑う父さんに「剣の腕があるじゃない」とあたしは肩をすくめた。
そんな会話をしていると「団長。少しお話があります」とカサブランカが話しかけてきた。
「どうしたカサブランカ。例のブラッドストンの連中が来たのか?」
「ええ。また街を明け渡すようにと……ふざけた連中です」
そう語るカサブランカは苦い顔をしていた。
三才上の彼は黄色の髪で背丈はあまり大きくない。優男って感じがする。
小さい頃からの知り合いで父さんを慕っているのを知っていた。
いつか自警団団長になりたいって言っていたのを覚えている。
「大陸の統一を目論む宗教団体か。三神の一人、スサノオを主神とする野蛮な連中だ」
「すでに従属している街も多いそうです。そして最後通牒が来ました。もし従わなければ……」
「力づくで支配すると……厄介だな」
少しだけ不安になる。
周辺の街は警戒していて傭兵を雇ったりしている。
それでも攻め落とされてしまう現実がそこにはあった。
「心配するな、サニー」
あたしの赤髪を優しく撫でる父さん。
「俺がいるかぎり、絶対にサンライトシティは落ちない」
「団長。俺もいますぜ」
「ははは。頼りにしているぞ、カサブランカ!」
そうは言うものの、あたしの心に不安だけが募っていく。
どうしてこんなに心がざわつくんだろう――
「……うん。父さんたちがいれば安心ね」
「そうさ……あ、サニー。少し買い物を手伝ってくれよ。新しいナイフが欲しいんだ」
あたしもちょうど自分の武器である弓矢の手入れを武器屋に頼んでいたので「いいわよ」と頷いた。父さんと別れて二人で武器屋のほうへ歩いていく。
「今日の晩、雨が降りそうだな」
「昔から思うけど、よく分かるわね」
「雨の臭いと肌がしっとりと濡れる感覚があるんだ」
こんなに晴れているのにと思いつつ、一度も外したことがないので信じた。
武器屋に着くとおじさんに「矢の手入れ、終わってる?」と訊ねる。
「おうサニー。終わっているぜ。今持ってくる」
筋肉隆々のおじさんが店の奥へ入ると「このナイフ良さそうだな」とカサブランカが手に取った。
「それよりもこっちのほうが切れ味いいわよ」
「見ただけで分かるもんなのか?」
「あなたの天気予報と同じ、感覚だけどね」
カサブランカに黒い柄のナイフを渡すと「ありがとう」と笑った。
「お。相変わらず良い品選ぶじゃねえか」
「おじさんのお墨付きなら上物ね」
「ああ。これ買うよ」
新調した弓と新しく買った矢を携えて、あたしたちは武器屋を出た。
新品のナイフを眺め回すカサブランカに「どうしてナイフを買ったの?」と訊ねる。
「あなた長剣を使うじゃない」
「……剣を折られたら対抗できなくなる。俺はお前や団長と違って魔法が使えないんだから」
ナイフを仕舞ってそのまま歩き出すカサブランカに「用心深いのね」とあたしは感心した。
「サニーこそどうして弓矢を使うんだ?」
「魔力切れを起こしたらそれこそ対抗できないじゃない」
「剣は使わないのか?」
「あたし、女なのよ? 力が強くないしね。それに弓矢のほうが性に合っているの」
そういうものか、とカサブランカは笑った。
よく笑う人ねとあたしは改めて思った。
「そういや、魔王への援軍要請はしたのか?」
さりげなく、カサブランカが訊ねたので「父さんが言うのには三日後らしいわ」と答えた。
「魔物の国の王様とどうして団長は知り合いなんだ?」
「あたしにも分からないわ。大昔、共闘したことがあるとは聞いたけど」
カサブランカは「三日後か……」としばらく考えこんだ。
なんだろう?
「あ。俺、ちょっと巡回してくる。お前も遅くなる前に帰れよ」
「雨が降るからね。分かっているわ」
◆◇◆◇
カサブランカの予想どおり、その日の晩に雨が降った。
かなりの大雨ねと思いつつ、晩御飯の準備をしていると――
「大変だ! ブラッドストンが攻め込んできたぞ!」
焦った大声が街中に響く。
あたしは急いで弓矢を携えて飛び出した。
街の入り口である大門で戦闘が始まっていた。
父さんがカサブランカと連携して戦っている。
足元には赤と黒の服を着たブラッドストンの兵士たちが数人倒れていた。
だけど自警団の何人かも倒れている。
「サニー! お前は住人を避難させろ!」
三人をいっぺんに相手しながらあたしに指示を出す。
頭では従ったほうがいいと分かっていても、戦闘を目の当たりにして、あたしは軽く混乱していた。ざあざあと降る雨の中、あたしは火の魔法を発動する。
「あたしも戦うわ! そのために訓練してきたんだもの!」
「何を馬鹿な! お前は――」
そのとき、カサブランカが倒れてしまった。
父さんが慌てて「大丈夫か!?」と駆け寄った。
「あ、ありがとうございます……」
「お前はサニーと――」
父さんはカサブランカの左手を取って立ち上がらせた。
そのとき、二人の身体が重なって――
「な、なぜ……」
父さんが仰向けに倒れた。
何が起きているのか、あたしには分からない。
カサブランカの顔を見る。
いつもの笑みではなく、戸惑いでもなく。
何の感情もない暗い顔をしていた。
「カサブランカ……?」
「ごめん団長」
父さんの手から剣を奪って、何が何だか分からない顔をしている自警団に、カサブランカは「もう勝負はついた」と言う。
「ブラッドストンの兵士たちよ! 今が攻め時だ!」
その瞬間、門の奥から大勢の兵士がなだれ込んできた。
あたしは何が起きているのか分からなかったけど、次の瞬間、カサブランカが裏切ったと知った。
「カサブランカ……! あなた、裏切ったのね!」
「……サニー。お前も降伏しろ。そうすれば悪いようにはしない」
カサブランカは見たことがないほど、暗い瞳であたしを見る。
自警団が抵抗しようとする中、あたしは今までにない激しい怒りを覚えていた。
「なんでよ! なんで裏切ったの!? 自警団団長になりたいって――」
「サニー……逃げるんだ……!」
カサブランカの足を掴んでそう言ったのは父さんだった。
涙が自然と流れる。
「嫌よ! 逃げるだなんて――」
「逃げて、助けを呼んで、きてくれ……」
お腹にナイフ――あたしが選んだナイフだ――が刺さっている。
父さんは「ブラッドストンの野望は止めなければ……」と血を吐いた。
「魔王に会うのだ……」
「魔王って……あの魔物の国の!?」
「事情を話せば、助けてくれる……」
頭の中が混乱したけれど、父さんが必死に頼んでいる。
だからあたしは――逃げ出した。
「父さん、待っててね! 絶対に助けを呼んでくるから!」
カサブランカが追ってくる気配はなかった。
見逃してくれたとは考えない。
父さんが足止めしてくれている。そう信じた。
そして二日後。
魔物の国までもう少しというところでうわさを聞いた。
サンライトシティが壊滅して、ブラッドストンの手に落ちたことを――




