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運命の遍歴 ルミナス学園 数え切れぬ周回の果てに  作者: 南蛇井


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見えざる力”を共有


昼下がりの学園の廊下。

窓から射し込む陽光が床に長い影を落とし、生徒たちの談笑が遠くで響いている。

リリアナは、できる限り目立たぬよう壁際を歩いていた。

(静かに……ただ静かに。誰の目にも映らずに通り過ぎたい)

その願いは、ほんの一瞬で打ち砕かれる。

廊下の角。小走りに駆けてきた女生徒が、足をもつれさせて倒れかけた。

「きゃっ!」

思わずリリアナが手を伸ばそうとした、その刹那。

「危ない!」

風を切るような声とともに、王太子アルベルトが颯爽と現れる。

彼は女生徒を抱きとめ――そのまま、自然な流れでリリアナの腕を取った。

ほんの一瞬のはずなのに、その構図はまるで舞踏会での一幕のように鮮やかだった。

「きゃあっ、殿下が……!」

「リリアナ嬢を支えてる……!」

周囲の生徒たちが小さな歓声を上げ、視線を注ぐ。

華やかなざわめきの中心に、否応なく彼女は据えられてしまった。

リリアナ(心の声)

(……また。私が“ヒロインの位置”に立たされている)

彼女の瞳に走ったのは、甘美なときめきではなく、抑えきれぬ困惑と恐れだった。

午後の演習場。

訓練用の砂地の上で、騎士科の生徒たちが模擬戦を繰り広げていた。

観客席には令嬢や文官候補たちが集い、歓声と拍手が絶えない。

リリアナは隅の席に腰を下ろし、目立たぬよう静かに観戦していた。

(私はただ、静かに見ているだけ……。誰の注意も引かないはず)

その願いを嘲笑うかのように、事件は起こる。

――カンッ!

木剣と盾がぶつかり、弾かれた木片が宙を舞った。

くるくると回転しながら飛んでいった先は、数多の観客ではなく――なぜかリリアナの足元。

「えっ……!」

思わず身を引こうとしたその瞬間。

試合の最中であるはずの騎士ユリウスが、あり得ないほどの反射で身を翻した。

「危ない!」

砂を蹴って跳躍し、木片を叩き落とす。

さらに彼の片腕は自然な流れでリリアナを庇うように差し出されていた。

観客席はざわめきに包まれる。

「さすがユリウス殿!」

「戦いながら淑女を守るなんて……紳士的だわ!」

称賛と拍手が沸き起こる中、リリアナはただ呆然と立ち尽くす。

リリアナ(心の声)

(……なぜ、こんな時に限って私の方へ飛んでくるの?)

(これではまるで……“舞台装置”に選ばされているみたい)

彼女の胸に浮かんだのは感謝ではなく、抗えぬ運命への寒気だった。

昼下がりの図書室。

窓から差し込む光が埃の粒を照らし、静寂が支配するその空間で、リリアナは棚の前に立っていた。

(今日は……恋愛小説や英雄譚の棚は避けて。安全な、学術書を選ぶ)

狙いを定めて、上段に並ぶ魔法理論の本へ手を伸ばす。

その瞬間――指先がほんの少し滑った。

――パサッ。

隣の分厚い書物がバランスを崩し、床へ落ちる。

慌てて拾おうと身を屈めたリリアナよりも早く、その本を拾い上げる手があった。

「……大丈夫ですか?」

穏やかな声。顔を上げると、そこにはエリオット・グランベル――知略と魔術で知られる青年が立っていた。

彼は落とした本を手にし、口元に柔らかな笑みを浮かべる。

「ふむ……“失われた古代精霊の伝承”ですか。リリアナ嬢に、よく似合いそうな選択ですね」

さらりと告げられた言葉に、周囲の空気がきらめくように感じられる。

まるでゲームの画面に 好感度+10 と表示されるかのように。

リリアナ(心の声)

(違う……! 私はただ、偶然本を落としただけ)

(それなのに、この演出は……“恋愛ルート”へ書き換えられている)

図書室の静けさの中で、彼女の心だけが騒がしく跳ねていた。

図書室を後にしたリリアナは、胸の奥に澱のような重さを抱えていた。

(また……だ)

王太子、騎士、魔法使い。

誰もが、まるで台本どおりに私のそばへ現れる。

助けられ、褒められ、手を差し伸べられる――望んでなどいないのに。

(私は彼らを避けていた。目を合わせないように、言葉を交わさないように……それなのに)

気づけば、光の中心に立たされている。

背後から押し出されるように、彼らと並ぶ舞台へと。

リリアナは指先をぎゅっと握りしめた。

(これは“選ばれる”のではなく、“選ばされている”)

(まるで、この世界そのものが私を持ち上げて……強制的に愛される立場に押し込めている)

甘やかすように降り注ぐ好意は、彼女にとっては鎖に等しい。

眩しさの裏に潜むのは、自由意志を奪われるような不快さ――。

リリアナは小さく息を吐き、虚空に冷たい眼差しを向けた。

(こんな補正に……屈するわけにはいかない)

(……またフラグ。避けたつもりでも、結局こうして組み込まれてしまう)

(これではまるで、世界そのものに背中を押されているよう……)

(彼らが私を望んでいるのではない。私が“選ばされている”のだわ――)





放課後の学園。

中庭の噴水は、夕陽を受けて黄金色の水飛沫を揺らしていた。水音が静かに響き、生徒たちの賑やかな声はもう遠ざかりつつある。校門へ向かう者、談話室へ足を運ぶ者――人影はまばらになり、やがて広い庭に残されたのは二人だけだった。

セシリアは噴水の縁に腰を下ろし、開いた本を膝に乗せて視線を落としている。けれど、読み進める気など初めからなかった。彼女の耳に届くのは、水音と、ゆっくりとした足取りの気配。

視線を上げれば、ちょうどリリアナが書類を抱えて通りかかったところだった。

「……ごきげんよう」

微笑を添えたセシリアの挨拶に、リリアナもまた自然に立ち止まり、優雅に一礼する。

「ごきげんよう、セシリア様。……偶然ですね」

口ではそう言いながらも、二人ともそれがただの偶然ではないことを悟っていた。

世界に仕組まれた“舞台装置”が、あたかも彼女たちを同じ時間、同じ場所へと導き合わせたかのように。

噴水のきらめきを背景に、二人の令嬢は並び立つ。

その姿は、誰が見てもごく自然な光景に見えるはずだった――だが、互いにとっては必然に近い再会の瞬間だった。

――夕刻の中庭。

噴水が柔らかな水音を奏で、空気に溶け込むように響いていた。傾いた西日が庭全体を赤く染め上げ、二人分の影を長く伸ばしている。

噴水の縁にはセシリアが腰掛けていた。白磁のカップを手に、優雅に紅茶を嗜むように見える。だが、膝に置かれた本のページはほとんど進んでおらず、視線は文字を追いながらも心ここにあらず。

そこへ、廊下から足音が近づいてくる。書類を抱えたリリアナだった。あくまで偶然の帰り道、という体裁を崩さず歩を進める。

二人の視線がふと重なった瞬間――互いに歩みを止める。

夕陽に照らされた中庭には、ほとんど他の人影はなかった。ただ静けさと噴水の音だけが、二人の間に流れる時間を区切っていた。

噴水の水面に夕陽が揺らめき、赤金の光が二人を縁取っていた。

セシリアは微笑を崩さぬまま、手にしたカップを軽く揺らし――あくまで優雅な所作の一部として、口を開く。

「……ごきげんよう。今日も随分と賑やかでしたわね」

声色は落ち着いて、まるで舞踏会の一幕を飾る台詞のよう。

リリアナは抱えた書類を胸に抱き直し、同じく柔らかな微笑を浮かべる。

「ええ。舞踏会に模擬戦……皆さま本当に楽しそうですわ」

二人のやり取りは、第三者の目にはただの上品な世間話。

貴族令嬢らしい礼儀正しさと、優雅な余裕を漂わせている――はずだった。

だがその言葉の裏に潜む「別の意味」を、互いが理解していることを、誰も気づくことはない。

夕陽がさらに傾き、噴水の水面に赤と金のきらめきが散る。

セシリアは扇を閉じる仕草をゆるやかに行い、伏し目がちに視線を落とした。

微笑は保ったまま、けれど声はわずかに沈み込む。

「……抵抗しても、結局は台本通りに動かされる」

吐息のように漏れた言葉は、噴水の水音に溶けていく。

それでも隣に立つリリアナには、はっきりと届いていた。

彼女は一瞬、呼吸を止める。胸に抱いた書類をわずかに抱き締め、やがて小さな苦笑を浮かべた。

「ええ。世界が私たちを舞台に押し上げてくる」

水の落ちる音がふたりの声を覆い隠し、誰も近くにいない夕刻の庭。

しかしその短い会話は、確信の重さを持って互いの胸に刻まれた。

夕陽に染められた中庭。噴水の水音だけが、静かに時を刻んでいる。

セシリアは伏せていた睫毛をゆっくりと上げ、リリアナの横顔を見た。

(……もう誤魔化す必要はない。あの子も気づいている)

一方、リリアナもまた視線を返す。

(やはり……私だけの錯覚ではなかった)

互いの胸に去来するのは、確かな理解。

言葉を重ねる必要はなかった。ほんの一瞬、目元に浮かんだ微笑――その小さな仕草こそが、沈黙の合図となる。

ナレーション:

「こうして二人の令嬢は、“物語を強制する見えざる力”を共有した。もはや偶然ではなく――確かな現実として」

──舞台は整い、逃れられぬ流れはすでに動き出していた。


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