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いずれ、私は断罪の舞台に立たされる

校庭の片隅、夕日を浴びて黄金色に染まる木陰のベンチ。

セシリアは優雅に腰掛け、カップを持つ手を休めていた。

そこへ、書類を胸に抱えたリリアナが歩いてきて――ちらりと視線を走らせる。

周囲には他に空席がないことを確かめると、ほんの少しためらう素振りを見せてから、彼女は自然にセシリアの隣へと腰を下ろした。

「……失礼いたしますわ。他に席が見当たりませんでしたの」

「ええ、どうぞ。お気になさらず」

言葉だけを取れば形式的なやり取り。

けれど、不思議とそこには軋轢も緊張もなく、むしろ当然のように並び合う調和があった。

――まるで、最初から隣に座ることが決まっていたかのように。

「今日の戦術学の講義、なかなか興味深いものでしたわね」

セシリアがカップを傾けながら、まるで他愛もない世間話のように口を開いた。

「ええ。……けれど、内容が少々“予定通り”すぎる気もいたしましたわ」

リリアナは微笑を浮かべつつ応じる。声色には棘を忍ばせず、むしろ淡々とした共感がにじむ。

「ふふ、そう感じられました? 私も同じですわ。まるで結末まで用意された芝居を眺めているようで」

「……そう。あなたも、そう思うのですね」

噴水越しに咲き誇る花々へと視線を逸らしながら、リリアナが小さく息を吐く。

「それにしても、校庭の花……季節ごとに見事に揃っていますわね」

「まるで誰かの手で“完璧に”整えられているかのように、ですわね」

二人のやり取りは、周囲から見ればただの優雅な談笑。

だが、言葉の端々に滲む響きは――互いが“同じものを見ている”という暗黙の証だった。

放課後の校庭。リリアナの手元から、白いハンカチがひらりと舞い落ちた。

「あら」

拾おうと身をかがめるより早く、セシリアの指先がそれをすくい上げる。

「落とされましたわよ」

「……ありがとうございます」

微笑みを交わすだけの一幕。けれど、リリアナの胸の奥に、妙な温もりが残った。

――寮へ戻る廊下。今度はセシリアが腕いっぱいに本を抱え、歩みに少し不自由していた。

その前にある扉が自然と開かれる。リリアナが片手で押さえ、軽く会釈する。

「どうぞ」

「ご親切に。……助かりますわ」

一見すれば、ただの礼儀正しいやり取り。

だが――

セシリア(心の声):「ふふ、あの子なら計画の邪魔をせずに楽しめそうね」

リリアナ(心の声):「油断はできないけれど……この人とは共に戦えるかもしれない」

ほんの些細な補助。それでも確かに、二人の間には“敵ではない”という認識が芽吹き始めていた。

夕暮れの校庭。

並んで座る二人の令嬢は、まるで優雅なライバル同士のように見える。

微笑を浮かべ、上品な会話を交わし、周囲の生徒たちにはただ「微笑ましい関係」にしか映らない。

だが――その視線の奥には、互いだけが知る熱と策謀があった。

「敵か、味方か――まだ誰にも分からない。

けれど確かに、セシリアとリリアナは、互いに通じ合える唯一の存在として、次の一手を静かに準備し始めていた」

夕日が二人の横顔を照らし、影だけが長く寄り添うように伸びていった。





放課後の大講堂は、煌びやかな熱気に満ちていた。

 壁際には舞踏会の立ち位置を示す掲示が貼り出され、生徒たちは「あちらが私の場所?」「まぁ、あなたは王太子の近くなのね」などと楽しげに声を弾ませている。

 模擬戦の予定もまた公開され、次々と歓声や期待のざわめきが広がっていく。

 その光景は一見すれば、青春の舞台そのもの。

 しかし――セシリアとリリアナの目に映るのは、別の色合いだった。

 セシリアは、手にした扇を静かに揺らしながら周囲を見渡す。

(……舞踏会、模擬戦、告白劇……。どの出来事も“必ず”発生する。生徒たちが望もうと望むまいと、この世界は舞台の幕を強引に開けるのよ)

 一方のリリアナも、掲示板の前で小さく息を吐いていた。

(ほんとうに……。まるで見えざる糸に引かれるように、物語は勝手に整えられていく。努力や選択の余地なんて、与えられないのね)

 煌びやかな笑い声の輪に包まれながらも、二人だけがその背後に潜む“予定調和の不気味さ”を嗅ぎ取っていた。

 大講堂の中央では、舞踏会の立ち位置を確認する生徒たちが列を成していた。

 煌めくシャンデリアの下、未来の社交界を担う若者たちが、緊張と期待を胸に自分の役割を見定めている。

 セシリアの隣に、当然のように王太子アルベルトが立つ。

 蒼いマントを翻すその姿は、まるで絵画から抜け出したような完璧さだった。

「セシリア、舞踏会の準備は進んでいるか?」

 柔らかな声が向けられる。婚約者として交わす、ごく自然な会話。

 セシリアは内心で小さく息を整える。

(……ここは無難に応じるだけ。余計なことは言わない。それが一番安全――のはず)

 そう考えたはずだった。

 けれど、唇からこぼれたのは、ほんの僅かな棘を含んだ言葉だった。

「殿下は舞踏会でも、きっと完璧な主役を演じられるのでしょうね」

 ――その瞬間。

 周囲の女生徒たちが、わずかにざわめいた。

「今の……皮肉っぽく聞こえなかった?」

「婚約者なのに、あんな言い方……」

「まるで愛情がないみたい」

 小声のさざめきが波紋のように広がっていく。

 セシリアは扇の陰で瞳を伏せ、心の中で苦く笑った。

(……しまった。たったこれだけで、もう“断罪フラグ”の材料にされるのね)

 王太子は何も気づかぬまま、優雅な微笑みを返していた。

 だが、その背後で運命の糸は確かに編まれ始めていた。

 演習場では、騎士ユリウスと上級生との模擬戦が繰り広げられていた。

 金属の打ち合う音が高らかに響き、生徒たちの歓声が波となって押し寄せる。

「見事だ、ユリウス」

 勝利を収めた瞬間、王太子アルベルトが笑みを浮かべ、称賛の言葉を送った。

 その立ち居振る舞いは、誰が見ても堂々たる主役のもの。

 だが次の瞬間――観客の視線は、自然と一人の少女へと集まっていた。

 リリアナ。

 夕刻の風が、まるで舞台演出のように彼女の髪をさらりと揺らす。

 陽光を受けて煌めくその姿に、アルベルトがふと口を開いた。

「リリアナ嬢は……風に映えるな」

 ――静寂。

 続いて、観客席にいた女生徒たちが小さな歓声を上げる。

「まあ……!」

「殿下があのように褒めるなんて」

「やっぱり、特別扱いされているのでは?」

 空気が、一気に甘く色づいていく。

 まるで乙女ゲームの効果音が鳴り響くかのように――“好感度上昇”の雰囲気が場を支配した。

 リリアナは微笑を崩さず、胸の奥で苦く呟く。

(……これよ。本人の意思ではなく、“世界が私を押し上げる”この力)

 加護に縛られた物語の補正。

 その不気味な甘美さを、彼女は冷静に見つめていた。

 歓声とざわめきに包まれた大講堂。

 舞踏会の準備、模擬戦の余韻――どちらも華やかで賑やかだが、その片隅で、二人の少女は黙って目を合わせた。

 セシリアとリリアナ。

 言葉は要らなかった。ただの目配せだけで、互いの胸の内が通じ合う。

(……私が口を閉ざしても、舞台は用意されてしまう)

 セシリアの瞳には、逃れられぬ“断罪フラグ”の影。

(……私が避けても、必ず好感を寄せられてしまう)

 リリアナの唇は笑みを浮かべつつも、その奥に“愛され補正”への冷めた自覚を隠していた。

 二人は同時に悟る。

 ――イベントそのものを止めることはできない。

 それは、もはや呪いに等しい予定調和。

 だがその運命に抗おうとするのは、彼女たち二人だけではない。

 今、無言の誓いが、視線の交錯とともに刻まれた。

 喝采と拍手の渦が、大講堂を満たしていた。

 誰もが舞踏会や模擬戦に浮かれ、物語は華やかに進行しているかのように見える。

 だが――。

「物語の強制力。それはまるで見えざる糸のように、彼女たちを舞台へと引き戻していた」

 セシリアは冷ややかな瞳で、王太子と取り巻きの微笑ましいやり取りを見つめる。

 リリアナもまた、喝采の中心に押し上げられる自分を遠巻きに観察していた。

 沈黙の中で、二人の間にだけ通じるものがある。

 言葉にせずとも、確かに芽生えてしまった“共通認識”。

 ――抗わねば、この糸はどこまでも絡みつき、私たちを絡め取る。

 二人の瞳に灯る光は、まるで密かな共犯者の合図だった。

大講堂には煌びやかな音楽が響き、舞踏会のリハーサルに集まった生徒たちが足取りを合わせていた。

壁際で控えめに立っていたつもりのセシリアに、王太子アルベルトが当然のように歩み寄る。

「セシリア、こちらへ」

伸ばされた手に、彼女はわずかにため息を噛み殺しながらも応じた。

その瞬間、周囲の令嬢たちの視線が一斉に突き刺さる。

羨望、嫉妬、そして探るような視線――婚約者という立場が、彼女を勝手に舞台の主役へと押し上げていく。

(……私はただ、目立たずに済ませたいだけなのに)

次の場は庭園での社交練習。花壇の前に立つだけで、誰かが「殿下の婚約者にふさわしい立ち居振る舞いだわ」と囁き、また一人が「でも、どこか冷たい雰囲気ね」と続ける。

セシリアが息をひそめればひそめるほど、かえって周囲の注目は増していく。

(まるで逃げ場がない……)

舞踏会、大講堂、庭園。どの場所でも、セシリアは意図せず“視線の中心”に立たされる。

それは彼女自身の意思ではなく、この世界が仕組んだ予定調和。

――まるで、見えない糸に操られる人形のように。

舞踏会のリハーサルが始まった大講堂は、煌びやかな装飾と楽団の音色に包まれていた。

王太子アルベルトがゆったりと歩み寄り、自然な仕草でセシリアの手を取る。

「セシリア、共に並ぼう」

彼女は胸の奥で小さく息を吐き、計算された笑みを浮かべる。

(……ここは無難に。余計な色を出さず、ただ形式的に応じればいい)

「ええ、殿下」

完璧に整えたはずの微笑。だが、その表情はかえって冷たさを帯びて見えたのかもしれない。

周囲にいた女生徒たちが小声で囁き合う。

「見た? あの笑み、どこか硬いわよね」

「婚約者なのに、まるで義務みたい」

「本当に殿下を想っているのかしら……?」

些細なさざめきが、あっという間に大講堂の空気へ染み込んでいく。

(……しまった。たったこれだけで、もう“断罪の材料”にされてしまうのね)

セシリアの胸に、冷たい予感がじわりと広がっていった。

模擬戦が佳境を迎え、大講堂に緊張と熱気が満ちていた。

騎士たちの剣戟が交わり、最後にはユリウスが見事に勝利を収める。

王太子アルベルトは満足げに頷き、隣に立つセシリアへと視線を向けた。

「どう思う、セシリア?」

その問いかけは自然なもの。だが、数多の視線が一斉に自分へ注がれる感覚に、セシリアは小さく息をのむ。

(無難に……ただ褒めればいいだけ。余計な波風を立てる必要はないわ)

「……素晴らしい戦いでした。ですが――」

自覚するより先に、声色に鋭さが滲んでいた。

一拍の沈黙ののち、観客席からひそやかな囁きが広がる。

「今の聞いた?」

「なんだか批判めいてなかった?」

「殿下を立てようとしてない……気が強いのね」

まるで見えない網に絡め取られるように、周囲の評価が形を帯びていく。

セシリアは伏せた瞳の奥で、静かに苦く笑った。

(……これ以上ないくらい、普通の返事をしたはずなのに。どうして“断罪の色”にされてしまうの?)

舞台は進行し、彼女の意思とは関係なく、次の伏線がまた積み上げられていった。

午後の陽光が柔らかに降り注ぐ庭園。白いテーブルと椅子が並べられ、香り高い花々が社交の舞台を彩っていた。

「セシリア様、ぜひお手本をお見せくださいませ。殿下の婚約者としての立ち居振る舞い……私たちも学びたいのですわ」

年若い令嬢たちが期待を込めた眼差しを向ける。

セシリアは扇を軽く閉じ、わずかに眉を寄せた。

(また……逃げ道を与えないように、上手く仕組まれている)

渋々ながらも、彼女は淑女の作法に則り、優美に一礼した。歩み、微笑み、仕草のひとつひとつに迷いはない。

誰が見ても、非の打ちどころのない完璧さ。

しかし――

「……なんだか近寄りがたいわ」

「まるで冷たい人形のよう」

「殿下も窮屈に思われているのではなくて?」

囁きは瞬く間に広がり、花園の空気を変質させていく。

セシリアは笑みを崩さず、内心だけで深く息を吐いた。

(褒められても、貶されても……結局、断罪へと誘導される。まるで出口のない迷宮ね)

その瞳に、ほんのわずか影が差す。

世界そのものが、彼女を「罪人役」へと押し込もうとしていた。

「……また誘導される。私は目立つつもりなどなかったのに」

舞踏会でも、模擬戦でも、庭園でも――ただ“婚約者として無難に”振る舞っただけ。

けれど、その一挙手一投足が勝手に解釈され、囁きとなり、伏線へと積み重なっていく。

「まるで台本に従わされる人形の気分だわ」

何を言っても、どう応じても、舞台はすでに用意されている。

彼女は望まずとも脚光の中心へ引き出され、逃げ場を失っていく。

「これが“物語の力”。どんなに慎重に立ち回っても逃れられない」

胸の奥に冷えた諦観が広がる。

それでも――ただ従うだけでは終わらせない、と決意の炎がかすかに揺れていた。

大講堂の隅。壁に背を預け、セシリアは静かに視線を巡らせていた。

中央では舞踏会の練習に沸く笑い声。楽師たちが奏でる旋律。煌びやかな光景は、まるで祝福の舞台のように華やかだった。

だが、その喧騒を見つめる彼女の瞳は、氷のように冷めている。

「……いずれ、私は断罪の舞台に立たされる」

その確信は、胸を押し潰すほど強烈で――同時に抗えぬ運命の糸を、彼女自身が指先で感じ取っていた。

それでも、背筋は折れなかった。華やぎの中心には入らずとも、彼女は壁際で冷ややかに笑う。

その笑みはまるで、「台本に従う気はない」と告げる小さな反逆の印のようだった。

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