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まるで舞踏会のチェスの駒のように

煌びやかな楽曲が高まり、舞踏の輪が広がっていく。

色とりどりのドレスが花のように舞い、煌めく光に照らされる令嬢たちの姿は幻想の一幕そのものだった。

その中で、ひとりの少女――リリアナが踊りの流れに乗って進む。

しかし、次の瞬間。

彼女の足元にふと影が差す。隣をすり抜けた令嬢の靴が、リリアナの裾を踏んでしまったのだ。

「きゃっ……!」

ぐらりと体が傾き、悲鳴が広間に響く寸前――。

伸ばされた逞しい腕が彼女をしっかりと抱きとめた。

「怪我はないか、リリアナ嬢」

低く落ち着いた声。振り返ればそこにいるのは王太子アルベルト。

その姿に場は一瞬静まり返り、次いで「まるでシンデレラのようだ」と甘い囁きがあちこちから漏れ始める。

光の下で抱きとめられる二人――この瞬間こそ、原典が描いた“運命の始まり”だった。

きらめくシャンデリアの下、舞踏の輪に溶け込むように歩を進めるセシリア。

その瞳は楽しげに細められていたが――心の内では、数手先の盤面を読み切っていた。

(ここでリリアナ様が転ぶ……ならば、私が先に頂戴いたしますわ)

彼女は人の流れを正確に見極め、運命の交差点に立つ。

すっと裾を払って一歩踏み出すと、わざと小さくヒールを傾けた。

「――っ」

優雅な所作のまま身体が揺らぐ。

だが、すぐに支える腕が差し伸べられた。

「セシリア、大丈夫か」

振り返れば王太子アルベルト。その手に支えられ、彼女は涼やかに笑みを浮かべる。

「まぁ……失礼いたしましたわ、殿下」

軽やかにお辞儀するその姿に、周囲の視線が集まる。

「まるで絵画のようだ」「殿下にふさわしいのはやはりセシリア様」

小声で飛び交う賞賛の囁き。

こうして――本来ならヒロインが手にするはずだった“運命の抱擁”は、誰も気づかぬうちに完全に奪われていた。

セシリアが王太子の腕に支えられる光景を目の端で捉えた瞬間、リリアナは小さく息を呑んだ。

だが、その瞳は怯まず、すぐに別の光を宿す。

(……なるほど。ならば、次の一手を)

舞踏の輪に紛れ、軽やかにステップを踏む。

ほんの一瞬、裾を自らの靴先で踏み――バランスを崩す。

「きゃっ」

わざとらしさのない自然な仕草。だが次の瞬間、力強くも丁寧な腕が彼女を支えた。

「ご無事ですか、リリアナ様」

低く落ち着いた声。振り向けば、騎士ユリウスが真剣な眼差しで見下ろしていた。

「……ありがとうございます、ユリウス様」

頬を赤らめ、小さく微笑むリリアナ。

そのやり取りは、ただの庶民出身の少女と騎士――ではなく、確かな絆の芽生えとして周囲に映る。

王太子の腕は奪われた。だが、その代わりに――騎士ルートの糸は、より強く結ばれ始めていた。

煌めく舞踏会の喧噪の中。

セシリアはアルベルトの腕に支えられながら、唇に柔らかな微笑を浮かべる。

(……これで王太子ルートは私のもの。序盤の山場は、潰させていただきましたわ)

一方で、ユリウスの腕に支えられたリリアナは、頬を赤らめつつも目だけは涼やかに輝かせる。

(ふふ……ええ、その代わり――ユリウス様は、私がいただきます)

二人の視線が一瞬だけ交差する。

外から見れば、淑女同士が礼儀正しく微笑み合っただけ。

だがその裏で、盤上にはすでに新たな駒が置かれたのだった。

煌びやかなシャンデリアの下、華やかな舞曲が流れる。

令嬢が転びかけ、殿下に支えられる。別の少女は騎士に守られる。

表向きは「舞踏会での微笑ましい小さなハプニング」。

周囲の貴族たちは「青春の一幕ね」「麗しい光景だ」と微笑ましげに囁き合う。

だが実際は――水面下で“攻略対象の分配”が始まっていた。

殿下を射止める駒はセシリアへ。

騎士との縁はリリアナへ。

優雅な旋律に合わせ、二人の駆け引きは舞踏のごとく進んでいく。

観客には決して見抜けない、“裏のゲーム”が確かに動き始めていたのだった。


学園の閲覧室は、静寂に包まれていた。高くそびえる書棚には、ぎっしりと魔導書が並び、魔法の香りと紙の匂いが微かに混ざる。

その書棚の前で、セシリアとリリアナが偶然に出会った。互いに目当ての一冊を直感で察知し、手を伸ばす――その指先が、ほんの一瞬触れ合う。

外から見れば、ただの偶然の出会いに過ぎない。

だが二人の内心は、静かなる駆け引きで満ちていた。

セシリア(心の声)

「ふふ、また先手を取られそうね。だが、油断は禁物」

リリアナ(心の声)

「負けないわ。今回は私の方が一歩先に触れるわよ」

そして、二人はそれぞれ書を片手に微笑む。

静かな図書の風景の中で、誰も気づかぬ“読み合いの一手”が、確かに打たれた瞬間だった。


広い校庭に、模擬戦用の柵と剣道場が設けられ、生徒たちがわくわくした表情で見守っていた。光が差し込む午後の空の下、セシリアとリリアナがそれぞれ得意な剣術や魔法を披露する。

外から見れば、ただの華やかなパフォーマンス。だが水面下では――。

セシリア(心の声)

「ふふ、誰がどちらを支援するか――盤上の駒の配置を見極めるのは楽しいわ」

リリアナ(心の声)

「観察済みよ。今は私が手を貸す番」

観客席には、ユリウスやアルベルト、ライラたちが自然に振り分けられ、それぞれの視線や手が二人の元に向く。

外見上は「華やかな模擬戦」として映るが、セシリアとリリアナにとっては、これもまた“攻略対象の分配とルート調整戦”のひとコマに過ぎなかった。

中庭の静かなベンチに、留学生ライラが一人で異国の文化資料を広げていた。周囲からは少し距離を置かれているが、その瞳は好奇心で輝いている。

リリアナはにっこりと笑いかけ、軽やかに声をかける。

「一緒に見ましょう、ライラ様」

孤立した留学生を自然に自分の輪に巻き込み、共に資料を覗き込む。

そこへセシリアも遅れて現れる。貴族としての余裕を漂わせながら、穏やかに手を差し伸べる。

「異国の文化を学べるのは、貴族としても大きな喜びですわ」

表向きには、二人の笑顔が共演しているように見える。しかし内心では――

セシリア(心の声)

「ふふ、先に手を出すのは私の役目……と思ったけれど、油断は禁物ね」

リリアナ(心の声)

「今回は私が先に繋ぐわ。ライラ様、仲良くしましょうね」

こうして、友情ルートや好感度フラグの“先手争い”が静かに始まる。

表面上は穏やかで華やかな学園生活のひとコマだが、水面下ではセシリアとリリアナの“駒の読み合い/先回り戦”が着々と進行していた。

周囲の生徒たちにとって、セシリアとリリアナのやり取りは――

「華やかなライバル関係」

「お互いに助け合っているようにも見える」

程度の印象しか与えなかった。

しかし実際は、静かな図書室の書棚、校庭の模擬戦、そして中庭での留学生との交流――どの場面も、先読みと駆け引きに満ちた“ルート潰し&横取り合戦”の舞台だった。

ナレーション:

「まるで舞踏会のチェス盤に駒を並べるように――セシリアとリリアナは、次の一手を競い合っていた」





学園生活が始まって数日――。

授業の合間、休憩時間、寮への帰り道。日常の何気ない瞬間が、学園という舞台ではすべてが意味を持つ。

大理石の廊下を歩く生徒たちの足音が規則正しく響き、図書室の静謐な空気には魔導書の匂いが漂う。校庭では風に揺れる旗の下、剣術や魔法の練習が行われている。

そんな日常の小さな場所――廊下の角、書棚の前、木陰のベンチ――は、二人にとっては偶然に見える邂逅の舞台。だが、この学園全体は「社交界の縮図」であり、すべての出来事は加護と運命の収束点として機能する、予定調和イベントの温床でもあった。

外から見れば、ただの穏やかな学園生活。

しかし水面下では、セシリアとリリアナの読み合いが静かに、しかし確実に動き出している。

日常の舞台に散りばめられた“予定調和”を、二人は飽きることなく読み合いで崩していく。

廊下ですれ違う一瞬――。

リリアナが微笑んで王太子アルベルトに声をかけようとしたその時、セシリアが優雅に一歩前へ出て、流れるような挨拶で場を収める。形式的なやり取りに終始し、芽生えかけたフラグは自然にしぼんでいく。

模擬戦やクラブ活動の場でも同じだ。

互いの立ち位置、観客の視線、教師の評価。そうした細部を逃さず観察し、あえて自分が目立つことで誰に声援を送らせるか、誰が手を差し伸べる役を担うかをコントロールする。

アルベルトやユリウス、エリオットたちは加護に縛られ、決められた通りの反応しか示さない。

けれど二人にとっては、その“既定路線”をどうずらし、どう奪うかこそが醍醐味だった。

――まるで、目に見えぬ盤上に駒を並べるように。

一手先を読み合うその静かな攻防は、華やかな学園生活の裏側で確かに進行していた。

学園のざわめきの中で、ただ一人だけが自分の意図を読み取っている――。

そう確信できる相手がいることは、奇妙な緊張と同時に、ほんのわずかな心地よさすら伴っていた。

セシリアは振り返りざまにリリアナの瞳を捉える。

その瞬間、彼女が「次に誰へ声をかけるか」を理解する。

だからこそ、先んじて微笑みを浮かべ、ほんのわずか角度を変えて立ち位置を取る。

リリアナもまた、セシリアの扇を広げる仕草ひとつで察する。

「この場を流すつもりね」と読み取り、あえて遅れて発言を重ねることで、相手の狙いを無効化する。

外から見れば、完璧な礼儀作法でやり取りする二人の令嬢。

しかし、その奥底では刹那ごとに小さな駆け引きが繰り広げられている。

セシリア(心の声):「……やはり、読み切ってきたわね」

リリアナ(心の声):「ふふ、こちらも同じ。油断はできません」

互いに笑みを崩さず、視線と所作だけで盤上を操る。

まるで舞踏会のチェスの駒のように――次の一手を、誰にも気づかれぬまま競い合っていた。


廊下に差し込む陽光の下、二人の令嬢はごく自然にすれ違った。

軽やかなスカートの揺れ、優美な会釈――周囲の生徒から見れば、ただそれだけの光景。

けれど、笑みを交わす刹那、胸の内では別の声が響いていた。

セシリア(心の声):「……この子、また私の手の内を見抜いている。ふふ、退屈しないわね」

リリアナ(心の声):「やはり、セシリア様も私のことを把握している……。でも負けるものですか」

声には出さず、笑みを保ちながら目線を交わす。

外見だけを見れば、礼儀正しく互いを尊重し合う上品なご挨拶。

だが水面下では、目と目の交錯が駆け引きの合図となり、どちらが次に先手を取るかの戦いが続いていた。

優美な微笑の裏に潜む、冷ややかで鋭い読み合い。

それは他の誰にも理解されぬ、二人だけの「密やかな舞踏」だった。

陽光きらめく廊下で、セシリアとリリアナの視線がふと交わった。

ほんの一瞬の出来事――だが、そこに宿る光は、互いの策を探り合う者だけが知る鋭さを秘めていた。

周囲の生徒たちは気づかない。

彼らに映るのは「完璧な令嬢同士が礼儀正しく微笑みを交わす」優雅な光景にすぎない。

――誰も知らない。

王太子も、騎士も、魔法使いも。

彼らは“加護”という見えぬ糸に縛られ、予定調和の言葉と仕草を繰り返すだけ。

しかし、セシリアとリリアナだけは違った。

互いの一手を、目線や所作の陰に読み取り合う。

その駆け引きの熱は、他の誰にも理解されぬ領域にあった。

やがて――この「唯一の対等な相手」の存在が、敵対を超えた共犯関係へ、そして奇妙な友情の芽生えへとつながってゆく。



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