……収束……戻せ……矛盾は……消去……
――二人の足元で揺らめいていた“影”が、静かに溶け落ちていった。
砕けた断罪の舞台も、糸に絡め取られたヒロイン像も、跡形もなく消え去る。
その瞬間。
白の無限空間に、ぱきん、と硝子が割れるような音が走った。
境界のない世界にひび割れが広がり、裂け目は蜘蛛の巣のように全方位へと伸びていく。
――ノイズ。
深淵から響いていた低音の“律”が、突然、乱れた。
重厚で冷たいはずの声が、一瞬だけ人の呻き声に似た歪な響きを帯びる。
「……ぁ……ぎ……ッ……」
セシリアとリリアナは同時に息を呑んだ。
音ではない、意識に直接響いていたその声が――確かに“苦しみ”を含んでいたからだ。
白の空間に走る亀裂は止まらなかった。
ぱきぱきと音を立てながら世界を侵食し、空白の大地に黒い影を落としていく。
その中で――“律”の声が震えた。
「……矛盾が……走っている」
冷たい均衡を保っていたはずの響きが、初めて揺らぐ。
それは機械的な無機質さを残しながらも、苦悶を押し殺すかのような、歪んだ叫びにも似ていた。
「……道理が……収束点が……見失われていく……」
セシリアとリリアナは思わず互いを見合った。
――この存在が、確かに“動揺している”。
予定調和を外れた彼女たちの選択が、“加護”という絶対の律そのものを追い詰めていた。
白の空間に、二人の足跡が刻んできた“逸脱”が影のように浮かび上がる。
ひとつは――断罪の舞台。
本来なら孤立し、冷たい視線の中で破滅するはずだったセシリア。
だが彼女の傍らには、手を取り合ったリリアナの姿があった。
もうひとつは――ヒロインの微笑み。
本来なら「選ばれる」ことで物語を完成させるはずのリリアナ。
しかし彼女はその結末を拒み、“ヒロイン”という枷を打ち砕いた。
「……予定調和から、逸れている……」
加護の声が、軋む歯車のように軋んだ。
二人が選んだ協力と拒絶――そのわずかな歪みが、世界そのものに矛盾を刻み込んだのだ。
破滅と選択という定型が崩れた瞬間、律は確かに揺らぎを始めていた。
白の空間を震わせる加護の呻きが、二人の胸に深く刻み込まれた。
セシリアは唇を噛み、揺れる胸中を抑え込む。
(……私たちの選択が、世界を揺るがしている? 舞台を壊したことに、意味が……あった……)
その戸惑いの奥で、黒い絶望に沈みかけた心に、かすかな光が差し込む。
「破滅しかない」と決めつけられていた未来に、わずかでも抗う余地があるのなら――それは希望に他ならなかった。
一方、リリアナは小さく息を呑む。
(……なら、私たちはもう、駒じゃなくなれるの……?)
胸の奥に広がるのは恐怖ではなく、震えるような高揚。
これまで与えられるだけだった未来を、初めて“自分で選べるかもしれない”という予感が芽生えていた。
互いに目を合わせる二人の瞳には、同じ熱が宿っていた。
それは運命に抗う者だけが知る、確かな意志の輝きだった。
白一色の空間が、突如として激しく脈打った。
鏡面のように滑らかだった景色がひび割れ、細かな亀裂が走る。
やがて――世界そのものが崩れかけのガラス片のように、鋭い光の破片となって四散していった。
その只中に、加護の声が断続的に響く。
「……収束……戻せ……矛盾は……消去……」
低音はノイズに掻き消され、まるで乱れた電波のように言葉が途切れる。
揺るぎない律であったはずの存在が、必死に自らを保とうともがいているのが伝わってきた。
――だが、もはや覆せない。
ナレーション:
「世界は拒み、同時に縋った。
矛盾を消そうとしながら、矛盾に依存せざるを得なくなっていた。」
崩壊と再生の狭間で、二人の存在だけが、ひときわ強く浮かび上がっていた。




