断罪の宣告という処刑台だけが待っている
大ホールの空気が、王太子の登場と同時に張り詰めた。
壇上に立った彼の姿は、まるで舞台の王者のよう。
天井から吊り下げられた豪奢なシャンデリアが、なぜか不自然に光を強め、その輝きは彼一人を照らし出す。
観客も、他の令息たちも、まるで脇役のように影へ沈み、そこにいるのはただ一人の主役――王太子だけだった。
彼は威圧感をまとい、ゆるやかに片腕を伸ばす。
その指先が、真っ直ぐにセシリアを射抜いた。
「セシリア・オルブライト! 君の数々の悪行――この場において断罪する!」
朗々たる声は、拡声器を通したかのように大ホールを揺るがす。
だが、そこに熱も激情もなかった。
彼が語るのは“意志”ではない。
世界そのものが語る「予定調和の言葉」、ただの代弁者の声にすぎなかった。
セシリアの耳には、それがまるで“運命そのもの”の宣告のように響いた。
王太子の宣告が終わるや否や、壇上に並ぶ攻略対象たちが一斉に動き出した。
まるで糸で操られた人形のように――しかし、その顔に浮かぶのは怒り、軽蔑、そして悲哀と、感情のバリエーションだけは豊かに揃っている。
「彼女はリリアナを妨害した!」
「嫉妬にかられて、学園に不和をもたらした!」
「婚約者としての資格はない!」
声が次々と重なり、やがて合唱のように響き渡る。
大ホールの壁や天井に反響し、その一言一言がセシリアを押し潰す槌音となって降り注いだ。
彼らの視線は冷たく、どこか機械的ですらあった。
怒りに燃えるはずの目が、実際には何の熱も帯びていない。
――そう、これは彼ら自身の言葉ではない。
用意された脚本どおりに読み上げられる“罪状”。
役割を与えられた登場人物が、ただ自分の台詞を順に演じているだけだった。
セシリアはその光景を見つめながら、強烈な déjà vu に胸を締めつけられる。
(……まただ。何度も、何度も、同じ言葉を浴びせられてきた……!)
合唱のような非難の声が、世界そのものの圧力と重なり、彼女の逃げ場を徹底的に奪っていった。
セシリアの耳に突き刺さる非難の声――その一言一言が、既視感の刃となって彼女の心を抉っていった。
(……まただ。何度目になる? 同じ光景、同じ非難、同じ結末)
頭の奥で、ぐにゃりと視界が歪む。
目の前の学園大ホールが、幾度も重ねてきた“断罪イベント”の舞台と重なり合う。
王太子の断罪の宣告。
攻略対象たちの冷たい証言。
観客の期待に満ちた視線。
それらが断片的にフラッシュバックし、現在と過去が区別を失っていく。
胸を覆うのは、暗黒のような絶望。
何度繰り返しても、彼女は同じ地点へと引き戻される。
まるで舞台の上を走らされる操り人形のように――。
(……今回は逃げられない。そう思わされている……!)
空気が重くのしかかり、呼吸が浅くなる。
強制力が極限まで高まり、彼女の意識を“破滅の一本道”へと押し込もうとしていた。
壇上に響き渡った王太子の声を合図にしたかのように、世界がきしみ始めた。
シャンデリアが怪しく光を増し、その輝きは一点――セシリアだけに降り注ぐ。
他の人物たちは闇に沈み、顔も輪郭も曖昧にぼやけていく。
まるで舞台照明が「彼女ひとりを罪人として照らし出すためだけ」に存在しているかのようだった。
視界の端で、豪奢な装飾や観客席がにじみ、油絵の具で塗り固められた絵画のように歪んでいく。
列席していた貴族子弟や教師たちの顔は、同じ仮面をかぶったかのように均一化し――ただ一つの感情だけを貼り付けられていた。
「断罪を待ち望む顔」。
次の瞬間、その無数の口が同時に開かれる。
「悪役令嬢は断罪されねばならない」
「破滅は避けられない」
それは声ではなく、世界の強制力そのものが観客を通じて放つ“反復の呪文”。
セシリアの全身を締め上げ、逃げ道を一切奪うための圧倒的な支配だった。
(……これが、世界の意思……! 私を破滅へ導く脚本の正体……!)
セシリアの胸が、張り裂けそうなほど激しく打ち鳴らされる。
耳鳴りのように響く鼓動は、世界の反復する断罪の声と重なり合い、彼女を内と外から押し潰していく。
(……世界そのものが……私を“断罪”という結末へ押し流している……!)
そう理解した瞬間、視界が異様に歪んだ。
足元に広がる赤い絨毯は、もはや華やかな装飾ではなかった。
流れる血を固めて編んだかのような、ぞっとするほど生々しい「血の川」へと変貌し、その先には断罪の宣告という処刑台だけが待っている。
後方を振り返っても、出口は存在しない。
観客席は無機質な壁のように連なり、通路は黒い闇に飲み込まれていた。
この大ホール全体が「一本道の檻」へと変わり果てていた。
進むしかない。いや――“進まされる”しかない。
セシリアは、全身を縛り付ける強制力の鎖をはっきりと感じていた。