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……これで、終わり――

天井から垂れ下がる幾重ものシャンデリアが、燦然とした光を降り注がせる。磨き上げられた赤い絨毯はまるで血の川のように壇上へと続き、金縁の柱が誇らしげに並び立つ。

観客席には華やかな衣装をまとった貴族子弟や厳格な教師たちが整列し、ひそやかにざわめく声が波のように寄せては返す。

まるで舞踏会のように豪奢で華やかな空間。――だが、セシリアにはそれがすべて虚飾の仮面にしか映らなかった。

(ここは社交の場でも、学び舎でもない……)

彼女の視線は壇上へと吸い寄せられる。

(私にとっては――幾度となく死を宣告された処刑台)

光の海は舞台の照明。観客たちは傍観者であり、彼女を断罪する芝居を楽しむ観劇者。

この場に立つたびに胸を押し潰す既視感が、セシリアの呼吸を静かに奪っていった。

壇上に歩み出た王太子アルベルトの姿に、場内のざわめきがすっと凪いだ。

豪奢な装束を纏ったその立ち姿は、ただそこにいるだけで空気を支配する。

「――セシリア・オルブライト!」

朗々と響く声が天井のシャンデリアを震わせ、広間を満たす。

「君の悪行を、今ここに暴き、断罪する!」

その宣告に呼応するように、攻略対象たちが一斉に壇上へ歩み出る。騎士、魔法使い、宰相の息子――いずれも煌びやかで、観客の目を奪う存在。

だが、セシリアの瞳には別のものが映っていた。

(……また、始まった)

彼らの動きは淀みなく、言葉は淀みなく――あまりにも“完璧すぎる”。

視線を交わす間合い、感情を込めた声色、誰一人として逸脱しない仕草。

(強制力……まるで台本に従う人形たち。いいえ、役者と呼ぶべきか)

場内を圧する断罪劇。観客は息を呑み、ただその「予定調和」を飲み込まされていく。

セシリアは喉を締め付けられるような感覚に耐えながら、足元の赤い絨毯が自らを奈落へ誘う錯覚に震えた。

大ホールの観客席。

貴族子弟や教師たちは一様に口を閉ざし、ただ壇上を見据えていた。

その様子はまるで、舞台芝居を鑑賞する観客。

拍手も囁きもなく、静寂だけが広がる。だが――その眼差しの奥には一種の熱が宿っていた。

期待。

待ち望むような熱。

悪役が悪行を暴かれ、ついに断罪される――その瞬間を求める光。

(……そう、わかっている)

セシリアは視線を逸らすことなく、唇を噛む。

(この場にいる誰もが、私が“悪役”として裁かれることを望んでいる……。いや――違う。彼らもまた、望まされているのだ)

観客は裁定者ではない。

ただ筋書きに従って「正義の断罪」を喜ぶよう仕向けられた、もう一人の役者たち。

セシリアの胸に広がるのは、孤立の痛みではなく、世界そのものへの違和感だった。

観客の拍手なき沈黙すら、周到に仕組まれた演出の一部のように思えたのだ。

セシリアの胸に、重苦しい déjà vu が押し寄せた。

――この光景を、幾度となく経験してきた。

王太子の声、攻略対象たちの非難、観客の沈黙。

全てが「決められた台本通り」に流れていく。

(また……繰り返される……!)

呼吸が浅くなる。

まるでこの広間そのものが、彼女の逃げ道を塞ぎ、空気を圧縮しているかのようだった。

観客のざわめきが次第に重なり合い、一つの巨大な合唱となって圧力を増す。

それは言葉にならぬ糾弾のコーラス。

「断罪を受けろ」と迫る声の洪水が、耳を塞いでもなお頭蓋の内側に響き渡る。

その瞬間――

頭上のシャンデリアが、不自然なほど強烈な光を放った。

広間全体を包む黄金の海。だが、その中心にいるのは彼女ただ一人。

まるで舞台に立つ役者を縛るスポットライト。

否応なくセシリアを照らし出し、「悪役令嬢」としての役割を強制する光。

セシリアは、震える手で胸元の扇を握りしめた。

抗う力を奪われながらも、その瞳だけは舞台装置の圧に屈さぬと告げていた。

王太子の断罪の声に続くように、横に並んだ攻略対象たちが次々と口を開く。

「彼女は、リリアナ嬢を妨害した」

「嫉妬に駆られ、学園に不和を撒き散らした」

「王太子殿下の婚約者として、到底ふさわしくない」

声は冷え切っていた。

そこに個々の感情は存在しない。

ただ舞台の役者が、台本に記された台詞を機械的に読み上げるように。

セシリアの鼓膜を打つその一つ一つが、重く、鋭く、胸を抉る。

呼吸するたび、言葉の刃が内側から心臓を削ぎ落としていく感覚。

(……また、同じ……!)

彼女は悟る。

これは彼ら自身の意思ではない。

――運命の強制力が操る、完璧に組まれた「舞台脚本」だ。

視線を上げれば、そこにいる彼らの瞳は硬直していた。

怒りでも憎しみでもなく、ただ“そう演じるよう仕向けられた”人形の瞳。

セシリアの唇が、微かに震えた。

(ならば……私はいつまで、この脚本通りに罪を背負わされなければならないの……?)

(……また始まった……)

頭の奥で、冷たい鐘が鳴るような感覚が走る。

王太子の声、攻略対象たちの非難、観客のざわめき――

すべてが既視感の鎖となって、彼女を締め付ける。

(何度目になる? 同じ光景、同じ非難、同じ結末……)

胸がひどく苦しい。

吐息さえも絞り出せないほど、絶望の重みが心臓を押し潰す。

まるで処刑の繰り返しを自ら数えさせられているようで。

だが、その絶望の淵で――セシリアの瞳に、ほんの微かな光が宿った。

(……いいえ。今回は……違う)

理由はわからない。

けれど、確かに胸の奥で、誰かが囁いている。

「まだ終わっていない」と。

「この輪を断ち切る兆しが近づいている」と。

セシリアは唇を噛み、わずかに視線を上げた。

恐怖と絶望に飲み込まれながらも、その目だけは確かに“抗う者”の色を帯びていた。

「――セシリア・オルブライト! この場をもって、婚約破棄を宣告する!」

王太子の声が大ホールに轟いた。

その瞬間、観客席は息を呑み、時間が凍りつく。

シャンデリアの光が一層強まり、赤い絨毯の上に立つセシリアを鋭く照らし出す。

まるで舞台の終幕を告げる最後のスポットライト。

(……これで、終わり――)

胸の奥に迫るのは、既に何度も味わった「死の気配」。

逃げ場のない強制力が、彼女を断罪という結末へと押し流していく。

観客の沈黙は、処刑を待ち望む熱狂の裏返し。

だが、その時――。

赤い絨毯を踏みしめる足音が響いた。

静寂の海に、一つの波紋が走る。

壇上に向かって、迷いのない足取りで歩み出る少女の姿。

リリアナ。

その瞬間、セシリアの胸を貫いていた「終幕の気配」に、ひび割れが走った。

予定調和の舞台に、初めて不協和音が差し込む――。

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