第6話 16歳の誕生日④(おめでとう)
「久しぶりね。もう十六年経つんだ」
え~と、どなたでしょう? お会いしたことない方が目の前にいますが
「覚えてない? 思い出せない? ほらぁ」
「……は、い」
「成人したからやっとつながったのに。っていうかもっと早く話したかったのに……。まあいいわ。とりあえず約束したから持ってきたわ。はい、これ。どうぞ」
え~と、頂いていいのでしょうか? っていうかなんでしょうこれ?
変わった形の瓶に、黒い液体が入っています。
「以前のあなたが、心の底から欲しがっていたものよ」
はぁ。以前の私?
「ちょうどいいわ、そこのお肉に二~三滴たらして食べてごらんなさい」
「……ど、毒……とか……じゃ……」
「そんなことしないって! ほら大丈夫でしょ」
指に付けて舐めた。毒見したの?
「これ、なん……です、か?」
「ただの調味料よ。いいから、お肉が冷めるわよ」
ええと。せっかく上手に味付けしたステーキに、本当にかけないといけないのでしょうか。
まあ、二滴だけだし。
なんだかかけないと帰ってくれそうもないし、少しだけならいいか。
私は気をつけてポタリ、ポタリと、真っ黒い液体の滴を垂らした。
「ん!」
たった二滴なのに! 溶けたバターと混ざり合った液体は塩辛く、しかし肉の旨味を数段階引き上げた。不思議な香りが頭の中の記憶を引き出す。
お醤油! そう、確かそんな名前の調味料。はるか昔よく使っていた……あれ? どこで?
「思い出したかしら。私との約束」
「……いい、え。まった、く。でも」
「でも?」
「この、お醤油、を……私、知って、いま、す」
「ふうむ。じゃあ説明しないとね」
「あなた、は……だ、れ……なの、です、か?」
「ああ、そうね。前回も名乗ってなかったわ。私は、そうね、神の下僕ね」
「げ、げぼく?」
げぼくって? 召使いとか、だっけ?
「そうね。下僕というか下女というか、神の使い、というより使い走り? まあ、そんなところね」
「たいへん……で、すね」
「そうなのよ! あなたの支援がままならなくて大変だったの! だから協力して!」
「は……はい。あの、名前……」
名前、思い出せない。
「ああ、名前? え~とね、321番って呼ばれてるわ」
まさかの番号制!
「321でいいわ。言い悪かったら好きに呼んで。『おい』でも『お前』でも」
しゃ、社畜根性ってやつですか? 噂でしか聞いたことがないけど、大商会に勤める下っ端は名前で呼ばれないって言うし。
「お名前……聞いても?」
「だから321番。呼びたいように呼んで」
だめだ、ブラックな仕事場だ。
「じゃ、じゃあ、サニーさんっ、て、呼び、ま、す」
「サニー! ステキじゃない。サンニーイチでサニーね」
まあ、そうです。単純でごめんなさい。
心の中で謝ったその時、サニーさんの体から光があふれた。
なに? 何が起こったの?
サニーさんが神々しく見えるよ!
「ありがとう! 思い出したわ!」
えっ、あれ? 思い出さないといけないの私じゃなかったの?
「私の名前は、サビナ・スヴェトヴァ 。サビナは陽だまりに流れる歌、スヴェトヴァ は世界を照らす者という意味が込められているの。サビナだから親しい人はサニーって呼んでいたのよ。本来の名前を取り戻したから、記憶も戻りました。下僕人生から解放されたわ!」
あ、そうなの? 結果オーライでいいのかな?
「ちくしょう、あの上司《神》め! 人員不足だからって、ここまでやるか? 有給だ有給! 休みを勝ち取るわよ!」
え~と、何か独りで盛り上がってる。私、関係ないよね。
「お仕事、辞める、の……です、か?」
「仕事は辞められないわ。ここの世界を壊せないから。だから、あなたも協力してね、ルツィナさん」
「は、はぁ」
何をするのでしょうか?
「大したことじゃないわ。本来出合わない魔物に襲われた冒険者がいたら、あなたをダンジョンに送り込むから、その魔獣を倒してほしいだけだから」
はぁぁぁぁ? 何でっ? 私がっ! 冒険者を! 助けないとっ! いけないんですかっ!
大きな声で叫びたい! でも、恥ずかしくて声が出ない!
わなわなと震えながら、サニーさんを睨んだ。
「あ、もうこんなに時間が! ごめん、今日は時間切れだわ。詳しいことはまた今度話すから。ほら、お肉冷めるよ。お醤油は無くなると補充されるから。使いすぎ注意ね。あと、これ、新しいレシピあげる」
早口でまくし立てると、そのまま消えてしまった。
何だったんだろう。疲れた。考えるのよそう。
そう思っても私の中で混乱している気持ちを落ち着けるまでに、ずいぶんと時間がかかってしまった。
◇
お肉冷めた。温め直そう。
その前にレシピを見よう。どんな料理が書いてあるの?
『大根おろし』
大根をやすり状の[おろし金]で細かくおろす。
水分をきり固める。
醤油をかけて完成。
肉や魚と一緒に食べるとGOOD。
え? これだけ?
やすりをていねいに洗い、大根をやすりでおろしてみた。
ざくざくと大根が削れていく。
布でこし、水気を切ったらお皿に置く。白い塊が出来上がった。
お肉と一緒に食べればいいのね。
ステーキを温め直し、その側に大根おろしを置いた。
肉に少しだけお醤油をかける。
大根おろしにもかけると、白い塊が漆色に染まる。
誕生日の食事、やり直しね。
お肉を食べる。お醤油の香りがお肉を引き立たせる。そして、大根おろしを口にした。
大根の絡みとお醤油の塩辛さが私を驚かせた。しかしすぐにさっぱりとした大根の汁が、肉の脂を洗い流し、続けざまにお肉を食べたくなる口に仕立て直す。
「さっぱりしておいしい!」
試しに大根だけ食べたが全く違う。
大根おろしは、お醤油の良さを最高に引き出すレシピだった。
ごめんなさい。何でこんな変なレシピを、って思って。
よく分からない誕生日だったけど、本当によいプレゼントを貰った。
冒険者を助ける。そんなことは忘れ、もう一杯ワインを飲みながら、おいしい食事を頬ばった。
今日から成人。おめでとう、私。
あらためて自分にお祝いの言葉をかけた。




