第5話 16歳の誕生日③(お買い物)
片付けを終えたから、畑に向かいます。雑草を抜き水をかけないと。
それだけでも小一時間かかったね。
「今日の晩御飯と、明日のお弁当の分の収穫。何にしよう」
まさかお弁当が全部売れるなんて思ってもみなかった。
これは神様からの誕生日プレゼントなのでしょうか?
「そうね。今日はお誕生日なんだ」
だったら明日はお休みしてもいいのかも。明日売らなきゃいけない残り物のお弁当もないし。
明日お店をお休みにして、今日の仕込みはなしにしましょう。
お金に余裕もあるし、久しぶりに買い出しに出てみても……いいよね。
そう思ったら気持ちが楽になった。
久しぶりの町へ行くために、少しだけ特徴のある耳を隠すためのフード付きの上着を羽織った。
◇
露店は昼近くになると品物が薄くなる。早く閉めて他の仕事に付きたい農家は、思い切った値下げを始めることもある。そこを狙って見て回る。
値引き交渉なんてできないし、野菜も肉も言い値で買うほどお金に余裕がない。
私の目的は、小麦粉、植物油、お酢、塩、砂糖、調理用の安いワイン、などの基本材料。あ、バターがある。まけてもらえないかな?
お金があるって楽しい。必要なだけ買っても安心できる。
でも胡椒とかはなかなか手が出せない。お父さんがいた時は使えたんだけど。
でも、今日は胡椒も少しだけ買おうかな。
保存期間一週間あれば、もっと高く売れるのにね。私じゃ三日が限界だよ。
材料はそれぞれ両手で持てるだけ買った。路地裏でギフトの収納を使って両手を空にした。
どこか見えない所に置いておける不思議な能力。食材を普通より長い期間、新鮮なままで大量に保管できる。この事は絶対内緒にするようにとお父さんから言われ続けた。
野菜の種もいくつか買った。秋に向けてサトイモやサツマイモの苗も買おう。
露天での買い出しが終わったので、久しぶりに町の商店街へ向かって行った。
◇
新しい下着と靴下を買ったよ。それから古着だけど冬用のコートも。
夏は売れないコートは、秋も過ぎると高くなるから今買うのがお得なんだ。
小さくなった子供服は売ったけど、ほとんど値がつかなかった。
本屋さんにも寄ったよ。読み終えた本を三冊売って、中古本のコーナーで小説を見て回った。
新刊本は高くて手が出ない。
半額で買える中古本でも、読んでいないストーリーは私にとっては新刊と同じ。
あらすじを確かめ、貧乏な少女が王都に出て店を持つまでのサクセスストーリー『パン屋の娘リリア』という本を買った。
いいよね。誕生日のプレゼントだもん。
帰りにパン屋に寄って、大きな硬いパンを買えるだけ仕込んだ。お弁当に必要なパン。値段も安くて重宝している。
ここのパン屋の奥さんは、獣人の血を引いている私にも優しい。特に話もしないけれど、嫌な顔もしない。ちょうどよい距離感が心地よい。
今日はたくさんお金を使ったな。
いいよね。たまに贅沢しても。
戻ったら仕掛けた罠を見に行こう。そして少しだけ贅沢な夕食を作ろう。
◇
罠には子ぎつねが、魚籠には鯉が二匹掛かっていた。
一応私も冒険者。狐の血抜きをし、皮を剥ぎ肉を切り分けた。
冒険者としては下から二番目のFランクだけど。難しい依頼をこなさないで、薬草採集をしたり動物の毛皮を売るだけだからまあ十分。Dランクになれたら便利なんだけど。肉をギルドに卸さないから中々ランクアップできないのよね。
それでもお弁当に使う材料を狩るために、ギルドには登録しないといけないから、たまに動物の皮をまとめてギルドに売ると小銭稼ぎにはなるし、年一回の更新料も払える。
ランクは上がらないけど、解体はかなり上手だと思うよ。
スライムを見つけたので、それも狩った。食べられるように毒抜きの魔法をかけてから収納する。これだけ取れたら明後日のお弁当は心配ないね。
◇
今日は贅沢に鹿のお肉でステーキを焼こう。少しだけ買った胡椒と、贅沢にバターも使って。ジャガイモと大好きな人参を茹でて、スープも作ろう。
スープができたら、肉を焼く。ステーキは熱々で食べるのが正解よね。
フライパンを熱々に熱したら、水で濡らした布巾の上で一度冷やす。
ジューッと音が鳴ると、フライパンの底から水蒸気が上がる。
熱を均一に保つための神聖な儀式だ。
火を少し弱め、フライパンを戻す。油を入れると、幕を張るように広がっていく。
ここでひとかけらのバターを投入。
ジュワーという音と共に、先に敷いた油の上で黄色く泡立ちながら溶けていくバター。一面に芳醇な香りが広がる。
油を先に入れるのは、バターを焦がさないため。
しっかり馴染んだところに、鹿の厚切り肉を乗せる。
はじける油の音が、何とも言えないほど、食欲を刺激する。
両面をしっかり焼き、もう一度水布巾にフライパンを乗せて、少しだけ温度を下げた。
蓋をして弱火で温める。じりじりと蒸し焼きになるように熱をこもらせる。
ここは待つだけ。何もしてはいけない。今のうちに洗い物をしてしまおう。
待つこと五分。ふたを開け肉を返す。
コンロの火を強火にし、赤ワインを投入!
ジューという音を立てたかと思うと、蒸発したアルコールに火が回った。
フランベ完了! 火を止めバターをひとかけ追加し、塩を一つまみ入れて味を整える。
お皿に肉を乗せ、フライパンに残った肉汁とワインのソースを肉の上にかけた。
一振りだけ胡椒も追加。
上出来! 我ながら最高のステーキが焼けた。
スープを盛り、ワインを注いだ。さあ、私の一人だけの誕生会を始めましょう。
「かんぱーい」
天国の父と母に向かってグラスを掲げる。初めて飲んだワインは、渋みが強かった。
ステーキにナイフを入れる。肉汁が湯気を立てながら流れた。
赤身なのにとても柔らかい。
熱々のステーキは、しっかりとした噛み応えと柔らかさが混在し、バターとワインの濃厚なソースと相まって、旨味の塊となっていた。
鼻から抜ける香りは、それだけで幸せを呼び込む。
もう一口飲んだワインは、口の中の旨味と混じりながら、油を洗い流しながら胃の中に納まった。
ワインって、お肉と一緒に飲むために存在していたんだ。
一口目の渋い印象は、一瞬で忘れ去った。最高に贅沢な誕生日の食事。
おめでとう、私。
そう思った時、本当に「おめでとう」という声が聞こえた。




