第37話 閑話 孤児院の夕食
【孤児院の少女】
わたくしはカナと申します。
もともと孤児としてこの孤児院で育ちました。
おととし12歳になったので、孤児院を出ることになっていたのですが、神父様が心配なのと、神父様だけでは孤児の面倒を見きれないという心配が重なったので、しばらくの間ここに残って神父様のお仕事を手伝うことにしました。
本当に心配ですから。
神父様はすばらしいお方です。
話に聞くと、他の孤児院では孤児の扱いがひどいらしいのですが、ここの孤児院では神父様がよくして下さいます。
ここを出てもなんとかなるように、文字と計算を教えてくださいます。
下町の人の半分くらいは、字が読めないというのに。
とはいっても、孤児であることには変わりません。仕事をしてもお給金は安いのです。
それでも、ここを出た孤児は、たまに、少しずつとはいえ、寄付をしてくれるのです。痛んだ野菜を農家の奥さんからもらってきてくれたりもします。
そのおかげで、なんとかみんな生きられているのです。
そんな孤児院ですが、今日は二人も寄付を申し出て下さる方が来ました。
わたくしは、できる限りていねいに応答し、神父様に報告に行きました。
一人はどこから見てもお金持ちの、宝石をたくさん身に着けた男の人。
もう一人は、私より少し年上に見える、貧乏そうな下町の少女。
なんでこの二人が同じタイミングで?
それでも寄付はありがたいです。すぐに使わないと、どこかから取られてしまいますが。
一人コップ半分のミルク、買えるくらいあるといいな。
◇
お金はどれくらい寄付して頂いたのかわかりませんが、女の子、ルツィナ様というのですか? ルツィナ様が夕飯を与えて下さるそうです。
お金じゃなくてこちらが寄付の内容なのでしょうか? それはそれでありがたいです。
調理場ですか? かまどがあるところでいいのですよね。
え? 野菜は煮れば食べられますよね。潰して混ぜればみんなに分けられますし。
包丁? ナイフですか? 切るだけならハサミを使っていますけど。
子供たちを集めて、ルツィナ様の指示通り机を移動させます。
火を起こすと、他の子どもたちも集まってきました。
何をしているのか興味津々のようです。いえ、わたくしもですが。
ルツィナ様は、硬くて使えないカボチャを、タタタタタと切り分けています。
なんですか、その簡単そうな切り方は!
カボチャは昔貰った時に困った野菜です。切れないし、鍋にも入らなかったので、まるごと薪の上に置いたのですが。
外が黒焦げになっても中までは火が通らず、結局食べることができなかったのです。
ルツィナ様はカボチャを煮だしました。そして、どこからかミルクを!
ミルクです! 栄養価の高いミルク!
コップ半分も飲めば、何日分もの栄養があると言われているミルクです。
これをわたくし達にくださるというのですか!
って、なんてことでしょう、お鍋に入れてしまいました。
子供たちが「「「うわ~!」」」「「「なにするんだ!」」と大声で叫びます。
そうですよ。とんでもないことを!
「あの、ミルクは飲むものです。なんでそのようなことを」
子供たちの叫びを、言葉で伝えないと。
ルツィナ様はお鍋をかき回しながら、はっきりと言いました。
「こうするとおいしくなるの。信じて」
え? おいしい? おいしいって何でしょう。
ミルクを飲んだときに感じるあの感覚でしょうか?
よくわからない言葉に戸惑いを覚えました。
お鍋から不思議な、いえ、よい匂いが香ってきます。
灰汁を掬うとこんなにいい匂いが? それともミルクを入れたから?
早く食べてみたい。体がそう言っているみたいです。
他にも何か入れたルツィナ様は、お玉でかき回し続けるように私たちに言いました。
みんなやりたがっています。でももしもひっくり返したら。
まずはわたくしがやってみせましょう。このくらいゆっくりでいいのですよね。
子どもたちを見守りながら、やらせてもよいものかと迷います。それでも……やらせてみましょう。何事も経験です。
って、お肉ですか! そんなに!
せっかくのお肉が細かく! フライパンってそういう風に使うのですか?
玉ねぎの匂いが甘い? お肉ってこういう匂いがするの?
ルツィナ様が、「できました」と仰っています。神父様を呼んできて! それからお椀を持ってきて! お皿も!
神父様が泣いています。何ででしょうか?
「これは! ちゃんとした料理。私がふがいないせいで、作ることができなかった正しい料理……。ありがとうございます。この子たちにとって忘れられない日になることでしょう」
そうです。こんなこと忘れられるわけないではないですか。
「ねえ神父様、食べていい?」
「早く食べたい!」
「食べさせて!」
子供たちが我慢できないですよ。神父様、いいですよね。
「そうですね。食事の時間には早いですが、温かいうちに食べましょうか。天気もいいですので、ここで食べましょう。さあ、ルツィナ様も一緒に」
そうです。まるで神々の食事を再現したようなルツィナ様と共に、食事を頂きましょう。
「か、帰ります」
え? なんで? 一緒に食べて感謝を伝えたいのですが。
「あ……明日も、来ます、から」
「「「うわ~~~」」」
明日も? 明日も来ていただけるのですか! もしかしてまた作って下さる?
ルツィナ様、もしかして天使様でしょうか。
あっという間に行ってしまわれましたが、お礼の言葉は明日ゆっくりと伝えられます。
子供たちがテーブルと椅子を運んできました。
「私もご一緒させてもらえるだろうか。ああそうだね、少ないが寄付をさせていただこう」
ギルド長様が、銀貨を私に差し出しました。
銀貨! 銀貨ですよ!
久しく見たことがなかった銀貨! どうしましょう。こんなことあり得るのでしょうか。
「神父様、いいですよね」
わたくしが問いかけると、神父様は頷いてくださいました。
まだまだたくさん残っている汁をお椀に、玉ねぎと肉をフライパンからよそってギルド長の前に持っていきました。
「では、神への感謝を」
祈りをささげ、食事を始めました。
周りでは、子供たちが叫んでいます。
では、わたくしもいただきましょう。
汁をスプーンで掬い、口に運びます。
口に入れる前から、甘く深い匂いがわたくしの鼻をくすぐります。
「あつっ」
汁は熱さを保ったままです。そして、口の中はまるで様々なお花畑にさく花の蜜を集めたような、甘さと濃厚さであふれました。
とろとろとしたカボチャが、舌に絡みつきます。
カボチャってこんなに甘い食べ物でしたのでしょうか。
ミルクの甘味と芳醇な香りが鼻から抜けていきます。
カボチャを食べ、汁をすする。
カボチャを食べ、汁をすする。
カボチャを食べ、汁をすする。
何度となく繰り返し、気が付いたらお椀の中は空っぽでした。
神父様が……なぜでしょうか? 泣きながら鍋に残った汁を皆に等分に分けて配っています。
「さあ、カナもおかわりしなさい。私が料理をできないせいで、ちゃんとした食事というものを味わわせることができなくて、本当にすまなかった。」
神父様がなぜ泣いていらっしゃるのかわかりませんが、わたくしは頷いて、神父様から直々に、汁をお椀によそってもらいました。
魅力的な汁。ですが、その前にこのお肉と玉ねぎを確かめないと。
スプーンで掬い上げ、一口いただきます。
お肉、お肉です!
バラバラになったかわいそうなお肉ですが、しかし、その存在感を失うことはありませんでした。
それどころか、しっかりと付けられた塩がお肉の甘さを引き出し、一緒に入れられた玉ねぎが、甘さとコクを引き出しています。
そしてこのピリッとした感覚は……。
これがもしやコショウというものでしょうか! お肉特有の匂いを抑えているようです。
はぁ。これがおいしいということなのですね。
誰かが、パンを汁に付けたみたいです。
「柔らかくなって、味も付いて、おいしい」
本当でしょうか? 確かめてみましょう。
なんですかこれは! 天国の御馳走でしょうか。
いつもの汁では、パンをつけるとべちゃべちゃで食べたくなくなるのですが、この汁はそんなことはありません。
むしろ、お互いが手を取り合い、全く新しい食べ物になってしまいました。
「さすがルツィナの料理だ。明日も寄せてもらっていいだろうか」
ギルド長様が、料理をほめていらっしゃいます。
普段から立派なもの食べているのですよね?
「料理自体はよくある煮込み、あるいはスープの一つだ。カボチャとミルクの組み合わせは素晴らしいものだがね。下町の食堂では見かけたことがない。特出するのは、仕事の丁寧さと調味料の組み合わせ方だね。食堂ならもっと大雑把だな。まあこの程度の料理では、高級なレストランでは出せる料理ではないが、ルツィナのことだ。まだまだ本気で作ってないだろうしね」
よく分かりませんが、気に入っているみたいです。
ルツィナ様の食事、なんだかすごいみたいです。
明日も来られるのですよね。
お料理のやり方、教えてもらえるように頼んでみてもいいでしょうか。
こんなに幸せな食事の光景、初めてです。
明日もきっと、いい日になることでしょう。
◇
片付けも終わり、神父様に今日の寄付の事を伝えられました。
は? 金貨50枚分の寄付を孤児院の修理に?
新しい毛布を人数分?
毎日食材が届く?
ルツィナ様からの金貨一枚断って分割にした?
神様、もしかしてわたくし達を堕落させようとしておられるのでしょうか。
質素倹約ってなんでしたっけ?
ですが……
あのおいしい食事だけは、手放したくありません!
これが七つの大罪の『強欲』? もしかして『暴食』?
ああ! 今日はいつもの何倍も食べてしまいましたし……。
神よ。迷えるわたくしを導きたまえ。
もう、ルツィナ様の料理無しでは、生きられない体になりそうです。




