第21話 炊き立てご飯
「ひき肉は何の肉がある?」
え? 牛、豚、鳥。どれも肉ひき機にかければできるよ。
「よし、何種類も作れるのね。とりあえず豚のひき肉がノーマルだから豚肉で。鳥だとつくねができそうね。あとは合い挽きに。いいや、時間ないからまずは豚のひき肉出して! 200グラム作って」
はいっ! これでいいですか?
「次に調味料。砂糖、醤油、生姜はある?」
生姜? ジンジャーですか? あいにく今は切らしています。何に使うんですか?
「風味付けと匂い消しね」
じゃあ、我が家秘伝の、乾燥薬草ミックス粉を入れたらどうでしょう。
「なにそれ。まかせるわ。あと味醂はある?」
ミリン? 聞いたことがありませんが。
「そう。この世界にはないのか。じゃあ砂糖多めに入れようか」
フライパンにひき肉を入れ、塩コショウをしながら炒める。
ひき肉が茶色に変わったら、大さじ三杯の砂糖を振りかける。
甘い匂いが立ち込める。
「さあ、醤油を回すように入れて。静かに手早く」
大さじ二杯分お皿に分けておいたお醤油を、フライパンのふちに当たるように回し入れる。
ジュワーッと一気に泡立ったお醤油は、ゆっくりと振っているフライパンの中で、波打っているようなひき肉に吸い込まれていった。
「さあ、味見して」
甘い、塩辛い。でも奥深い旨味が口いっぱいにひろがる。
「薬草の爽やかな風味、めちゃくちゃ合うじゃん!」
ルリが褒めてくれた。
「じゃあ、お皿に入れて冷まそうか。次は味噌味を作ろう!
え? この茶色の調味料で?
味噌味の肉そぼろ、全然違う料理のように、複雑な味になった。
「おっ、いい時間だ。ご飯蒸らすのそろそろいいかな。ふたを開けて見な」
もういいの? どんな料理になっているの?
ドキドキしながら、ゆっくりとふたを上げる。
真っ白な水蒸気が一気に立ちこめた。
不思議な甘さが鼻につく。
「さあ、ご飯を混ぜて。って、ニュアンス伝わらないよな。ルツィナ、体貸して」
え? ルリが私の体に入ろうとしてくる。
「難しいな。ああ、できた」
体が勝手に動いていく。お米を潰さないように切るように空気をいれていくのか。なるほど。
「ここで、ご飯を潰しちゃ台無しだから。優しく空気を含ませるんだ」
そういえば、ごはんって。お米じゃないの?
「あたしの国では、調理前の硬いやつを米、炊きあがった米をご飯って呼び分けている」
ふ~ん。なるほど。
「サラダボールに入れてと。試食しよう」
ルリが編み棒を持ってご飯をつまんだ。
二本の棒で器用につかんでる、何でそんなことできるの?
「箸っていう道具の代わりにしているのさ。調理する時も便利なんだ」
凄い。
「ルツィナも覚えなよ。それよりごはんの味を試してみて」
水分をたくさん含んだ白いご飯は、窓からの光で瑞々しく輝いている。湯気がまだ立っている。
熱い! でもおいしい。
初めての感触。ルリが噛み続けるとどんどん甘味が増してくる。
「デンプンが糖化するからね。おいしいでしょ」
淡泊なご飯は、いくらでも食べられそう。
「じゃあ、肉そぼろをかけるよ。一緒に頬張るんだ」
真っ白いご飯に黒茶のひき肉を乗せたルリ。
口の中にご飯と共に入ってきた。
えっ、さっき味見した醤油味の肉そぼろが……。
ご飯の優しさに包まれると、こんなにも豊かな味わいに変わるの?
塩辛さがごはんで中和され、複雑な旨味が引き出されていた。
ご飯も肉汁を吸ったのか、味に深みが加えられている。
なんて素敵なマリアージュ。
「ご飯はね、それだけでもおいしいけど、おかずと一緒に食べることでいろいろな表情を見せてくれるんだ。ほら、味噌味も試してみな」
味噌味の暴力的なコク! 旨味の塊とご飯の優しさが、新たな世界を作り上げていった。
どっちもおいしい! でも、どっちも別物。
「これから、いろいろなものと合わせたらもっと驚くぞ。卵かけごはんは本当にうまいからな」
さっき食べた、目玉焼きを思い出した。
お醬油と卵とご飯? 絶対おいしいに決まってる。
「まあ、先におにぎりを作ろう。水がいるな」
ルリが手桶に水を張った。え? 私の顔がルリと混ざってる?
「ルリ、鏡・鏡を見て」
「おう。あれか?」
茶色に交じった白い髪は、ルリの黒髪の影響か灰色になっていた。子供っぽい輪郭は、少しだけシャープになり、私の特徴的な耳はそのままだったが、いつもおどおどしたようなたれ目が、意志の強そうなきりっとした釣り目になっていた。
「融合してるな」
ルリはなにかツボに入ったように、フフフフフと笑いだした。
「これがフュージョンというものか。新たな力を得たというのだな。ふはははは」
どうしたの? 大丈夫?
「あ、悪い。つい嬉しくなってね。ご飯冷める前に握るよ」
準備を整えたルリは、私に手順を話しながら体を動かした。
「まずは手に水をつけるんだ。そうして、手のひらに塩をまぶす。ラップかビニールの手袋があればいいんだけど、ルツィナには浄化の魔法があるから素手で握っても大丈夫だね」
ラップ? ビニール? よくわからないけど、ないものはいいのだろう。
手の上に熱々のご飯が! 戦闘の時みたいに、感覚が分断されない。
ご飯の真ん中に肉そぼろを置いて握り始める。
右手と左手が、リズムよく上下に入れ替わると、なんと、三角形の塊に変化した。
「これがおにぎり。海苔があれば嬉しいけどさすがにないか。中身は……今日は肉そぼろだけしかないけど、焼き魚とかいろいろ変えられるから。じゃあ、一個目は味見。まだ食べても平気だよね」
夕食抜いたら大丈夫だよね。
「ほら、味わって」
えええええ! そぼろご飯と一緒のはずなのに。
塩がダイレクトに舌に当たった瞬間、米の甘味が広がった。塊になったご飯は、先ほどとは全く違う舌触りと歯ごたえに。なんで? なんでこんなに別物に? しばらくすると肉そぼろが口の中に広がり……。
最高です! コンパクトで携帯しやすい形。甘味と塩の最高の取り合わせ。
中身を変えられるなら、野菜を入れてもいいのかな。栄養も調整できそう。
「気に入ったようね。じゃあ、お弁当のために握ろう」
ルリが張り切って握っていたが、10個ほど握った時、「もう無理」といい、私の体から離れた。
「どうやら、フュージョンは長く出来ないみたいだね。まだ、魂が同一化してないんだろう」
なんとなく言いたいことはわかった。私もずっと違和感を持っていたから。
「なにか、そう、体力じゃないけど、そんな感じのものが減った感じがする。少し休まないと」
そう言って、ルリは目の前から消えた。
大丈夫よね。戻ってくるよね。
心配ないって予感がしている。少し休んでいるだけだろう。
なぜかため息が出た。さっきまで騒がしかった家の中が、急に静かになっただけ。
いつもと同じはずなのに。いつものぼっち生活に戻っただけなのに。
小説に出てきたメランコリックな気分ってこういう感じなのかな。
そんな気分になりながらも、テーブルに目が行った瞬間現実に引き戻された。
おにぎり握らないと! お弁当100個作らなきゃ!
う~。ルリみたいにどうやったらうまく握れるの!
私はルリの動きを思い出しながら、おにぎりを握り続けた。




