第12話 見学されています
ドサドサドサ。
え~! 机の上が食材だらけ! なにこの食べ物の山!
「ボクは止めた。だが、止められなかった」
魔法使いさんが私に謝ってくれている。うんうん。なんだろう。わかります。
「ほら、俺は料理についてはよくわからねえから、足りないと悪いと思って」
「分からないなら口出さない。金だけ出せ」
魔法使いさん、毒舌?
「あたしはね、こいつら肉ばかり買うから。野菜も必要かと思って」
きれいなお姉さんがそう言ってるけど……種類も量が半端ない。
「調理というのは化学反応だからな。わたくしはその過程と組み合わせを知るためにだな。スパイスは種類があった方がいいだろう」
見たことがないスパイスは急に使えません!
「ほら。店主さん、引いてる。ボクには、わかる」
ありがとう! 私の代わりに言ってくれて。
って、私まだ一言もしゃべってない?
「店主殿。そもそも弁当五十個という無茶を言っているのは承知している。この食材はその弁当に役立ててくれればいい。こちらからの提供だと思って受け取って欲しい」
なんで? みんな黙って私を見てるの? え~とこれは交渉なんだよね。
「わ、かりました。では、お弁当の値段……値段を……」
「安くしなくていい。こいつらの暴走。責任はこいつら」
魔法使いさん! それは私にプレッシャー!
「で、でも」
「そうだ。俺の好きなもんで作って欲しくて買っただけだ。ようはリクエストだ」
「そうよ。それより早くお肉を食べさせて! さっきのように!」
「店主殿が気にすると言うのであれば、その、なんだ。調理の様子を見学させてほしい。それと質問に答えて欲しい」
ええ~! 見学? 食材費払うから許して!
「そうね。あたしも見てみたいわ」
「そうだな、ヴィラは料理の腕を磨いた方がいい。お前の料理は」
「うるさいボルク! あんたは食えりゃぁ何でもいいんでしょ」
「そんなことあるか! ここの店主の料理を食って気付いたんだ。料理はうまいに限る!」
「ごめん。ボクが見張ってるから……。こいつら止めるためにここにいる」
うわ~! 結局全員分いるわけね。あ~! やりづらいよ~。
いい。じゃあお肉を焼いて食べていてもらおう。食べてる間は静かになるよね。
「どの……お肉、焼けば」
「おう、この牛肉を頼む。肉屋にあった最上のステーキ肉だ」
うわっ、本当にすごい。脂が細かく全体を覆っている。しかも柔らかい。これが幻のヒレ肉ってやつなの?
まずはいつも通り、毒抜きの魔法をかけた。
「店主殿。何をしておられるのです?」
え? ええと。
「毒、抜き、の……魔法、かけて、い、ます」
「毒抜きの魔法? キュアポイズンか?」
「バゥイ違う。キュアポイズンとは別物」
「そうなのか、シルル」
「うん。波長が別」
なに? 二人の瞳孔が開いている。
「店主殿、その魔法はどのような魔法でしょう」
「え~と。獣人に……伝わって、いる、調理用の、魔法です」
「そうか。獣人にはそのような魔法が伝わっているのか」
「知らなかった」
「う~む。下手に発表する訳にはいかなさそうだな」
「なんで?」
「獣人たちの秘儀かもしれない。であれば店主殿に迷惑がかかるかもしれない」
「なるほど」
あっ、察してもらえたの、かな?
「それに、どのようなものか不確定な状態で知らせることは、獣人に対する今以上のイメージ悪化につながりかねない」
「それはだめだ。意味のない排除はよくない」
気を使ってくれているのはわかった。いい人たちみたい。
「何ごちゃごちゃ言ってるんだよ。店主さんの邪魔しないで早く肉を焼けるようにしろよ!」
「そうよ。お肉待っているんだから!」
あ、どけてくれた。まあ、どいたからいいや。下味をつけよう。
筋に包丁を入れ、塩を振る。あ、胡椒も買ってきたんだ。せっかくだから使わせてもらおう。いいよね。この人たちが食べるんだから。
薄く広がるように胡椒をかけてしばらくなじませる。その間にフライパンを温める。
えっ、なに肉を凝視してるの? 四人の頭がくっつきそうになっているよ。
「お肉、焼く、から……」
どいてくれた。ああ、疲れる。
よい感じで温めたフライパンに、脂を入れしっかりと熱したら牛肉をトングでつかんで側面に焼きを入れる。
ジュワーという音が低くなると回すようにまだ赤い側面へと転がすように焼いていく。その都度音は大きく、脂がパチパチと跳ね上がる。
側面は全て焼き色がついた。私はトングから肉を離した。
ジュワー、と一気に大きな音を立て、肉が横たわる。
しっかり焼きが入るまで、じっくりと待つ。ここで肉を動かしてはいけない。
って、うわっ、冒険者さんたちが顔をフライパンに近付けている。
だめだよ! 脂跳ねるから!
「近寄らないで……ください」
「店主さん邪魔しない」
え? 三人が尻もちをついた?
「ボクの魔法。店主さん、心配しないで」
えーと。魔法使いさん、親指立てているよ。うんうん。
「あ、りがとう」
なんかもめているけど、私には何もできないから。料理に集中しましょう。
うん。今がジャストタイミング。
肉をひっくり返し、また待つだけ。
これくらい焼けたらいいか。
私はフライパンに蓋をして、濡れ布巾にフライパンの底を当てた。
ジュワーという音と蒸気が広がる。
「何をしているんだ」
リーダーさんが聞いてきた。
「熱を取って……お肉を……休ませて、いる、ん、です」
焼き過ぎないように、でも中までじんわりと熱を伝えるために、一度保温で置いておくのが上手く焼くコツ。
「へえ、焼けばいいってわけじゃないんだ」
「なるほど。熱伝導のパターンを変える、ということですか。薬品の製作にも役に立つ手法かもしれない。これは意外な発見だ」
そんなたいそうなものじゃないですよ~! お肉焼いてるだけです!
そろそろかな? あらためて弱火にしたコンロにフライパンを乗せた。
「また焼くのか」
「焼く、と……いうより、温める……感じ、です」
「わからん!」
「そうね。分からない」
「分からないなら、離れて。店主さんの邪魔」
「わたくしには分かります。一方から弱い熱を当てても、肉から出た水分が蒸気となって全体を温めることができるのでしょう。それによって、肉汁を閉じ込めジューシーな焼き上がりになるのですよね」
そう、なのかな? 試行錯誤でこうなっただけなんだけど。
焼いている間に、お皿を準備しましょう。さっき茹でていた人参とジャガイモを付け合わせとしてサラダボールに入れましょう。これは四人前必要だね。
もういい頃かな? 蓋をあける。
フライパンに凝縮された、焼けた肉の脂の匂いが鼻腔にぶつかるように来た! いいお肉の脂って、こんなに甘い芳香をまとっているの? 嫌なにおいが一切しない、上質なバターのような甘味が広がっていく。
「早く食わせろ~!」
そうね。このままでも問題ない。でも、お醤油を使って欲しいんだよね。
お皿にお肉を移すと、空の鍋を逆さにして隠した。
「何をしているんだ! 焼けたんじゃないのか!」
「今、肉汁を、落ち、着かせて、い、ます。その、間に、ソースを作り、ま、す」
私は、火にかけたままのフライパンに赤ワインを流し入れた。
一気に沸騰したワインにボワっと火がついた。
「おわっ」
「大丈夫?」
驚いているけど無視。単なるフランベのようなもの。ワインではあまりならないけど。
まあいい。これでアルコールは飛んだ。肉の脂と赤ワインそこにバターと醤油を投入。
うん、いい匂い。普段より複雑な感じ。
絶対おいしいはず。
そうだ。レシピ大根おろしを添えてみよう。
大根にやすりをかけて、白い破片をたくさん作る。
水分、おおいから布巾で絞ってみよう。
うん。これをお肉の側に置けば。
私は鍋を外し、お皿の上のステーキにソースをかけた。
その上に醤油を五滴だけ追加。
大根おろしを端に沿え、そこにも半分だけ色がつくようにお醤油をたらした。
「出来上がりです。みなさんで味わってください」
四人で食べるんだよね。分けて食べるんだよね。まさか独り占めしないよね。
だって、一枚焼くのに10分以上かかっているんだよ。
うん。取り合うように食べているけど、みんな一口は食べているから大丈夫だよね。
「足りない。一枚を四人で分けるなんて耐えられない」
「あたしもよ!」
「よろしければ他の肉も試してみたい」
「店主さん。……焼いて」
ええと……断りたいよ~。はい。無理ですね。
冒険者さんたちの顔を見ながら、私はため息を吐いた。
「次は鹿だ!」
「いえ、豚よ。絶対この白いのに合う」
「白いの食えなかった」
「ええ。不思議な爽やかさがありましたよ。店主殿、この白い料理はどのようなものなのでしょうか」
「もっと焼くの。……豚も、鹿も、鳥も」
あ~! わかりました。焼けばいいんでしょ、焼けば。
私は昼までずっと冒険者の料理を作り続けた。




