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今宵も星は、黙して灯る  作者: 七瀬 尚哉
8/13

新たなる人生 ブティックを始める

東京での様々な経験を経て、昭は自分の力で人生を試したいという思いを強く抱いていた。

東京には確かにスケールが大きく、無限のチャンスがある。

しかし、それを体験するには、莫大な軍資金が必要で、生活するにも、遊ぶにしても、金がかかりすぎた。

「まずは地元に帰って金を作ってから考えよう」

そう思い、昭は故郷へと帰った。


父の一郎は、末っ子の昭が帰ってきたことに心から喜び、母の英子も、久しぶりに実の息子に会えて涙を流しながら喜んだ。

しかし、昭が最も驚いたのは、兄の英一が銀行を辞めた後、一郎の店を手伝って、営業をしていること、そして地元の若手青年経営者ばかりが集まっている会に入り、発売されたばかりの車、マークIIを買ってもらい、意気揚々としていることであった。

あの、ボクシング元学生日本チャンピオンの英一が、人に頭を下げて営業する?

地元のヤクザからでさえ挨拶されるような兄が、頭を下げてスーツを売りに行く姿を、昭は想像できなかった。

一方、中学校を卒業してからずっと父の右腕となり、峰岸洋服店を支えてきた長男の勝也は、当然面白くなかった。

銀行で集金の金を床に叩きつけて辞めた異母兄弟の弟が、いきなり町のエリートが集まる若手青年経営者の会に入り、新車を乗り回しているのだから、心中穏やかでいられるはずがない。

しかし勝也は、そんな感情を口に出すことはなく、毎日黙々と営業に励んでいた。

田舎に帰って3日目、昭は一郎に相談を持ちかけた。

「オヤジ、ここでブティックを開こうと思うんやけど、200万円貸してくれないかなぁ」

恐る恐る言うと、一郎は笑って言った。

「そりゃ200万円くらいなら貸せるけど、どこでやるんや?」

昭は、計画を話した。

「実は、この近くのたばこ屋の隣に、シャッターが降りた車1台分のガレージがあって、そこはもう使ってないから貸してあげると言ってくれてるんや。

家賃も月5万円でいいと言うてくれてる。

峰岸さんは、知り合いやから、敷金も礼金もいらない言うてくれてるんや。俺も東京での貯金は20万円しかないけど、何とかなると思うんや」

一郎は少し考えてから、

「分かった。ほしたら、明日貸したるけど、金のことは親子でもきっちりするけん、毎月10万円ずつ返せよ。ほしたら、1年と8ヶ月で終わるけん。

ワシも店の金には手を出せんけん、ワシの小遣いやけん、遅れるなよ」と、笑顔を見せた。

昭は、その言葉に安堵と感謝を覚えた。

早速翌日から行動を起こすことを決意し、新たな人生の第一歩を踏み出した。


早速次の日、昭は行動を起こした。

知り合いの紹介で、個人の大工さんに頼み、ガレージの壁に板を貼り付けてもらい、店の正面の右側にはショーウィンドウを作ってもらった。

間口4メートルほどの小さな店なので、ショーウィンドウも1メートルほどしかない、こぢんまりとしたものだ。

奥には、カーテンで仕切っただけの試着室を作ってもらい、その横には、兄・英一の友人が経営する電気屋さんに頼んで、エアコンを取り付けてもらった。

それから営業用のライトバンを購入し、天井に大きなスピーカーを設置。

音響屋さんに依頼して、大きな音楽と共に店の宣伝文句をテープ吹き込んでもらった。

ラック、ショーケース、電光看板を注文し、約2週間で、昭のブティックは完成した。

かかった費用は以下の通りだ。

* 大工さんへの支払い:15万円

* 前家賃:5万円

* エアコン代金:12万円

* ライトバン代金:90万円

* スピーカー代金:3万円

* 音響屋さんへの支払い:1万5千円

* ラックとショーケース:2万5千円

* 電光看板代金:3万円

合計で132万円の出費となった。

父親に借りた200万円と、昭が持っていた20万円を合わせると220万円。

そこから132万円を引くと、残りは88万円になった。

昭は、その残りの金を持って東京へと向かった。

まずは、古巣である東京アパレルと、片岡先輩が立ち上げたサンクへ行って、商品を仕入れるためだ。

東京アパレルでは、百貨店への卸しが専門で、一般への卸しはしていなかったが、若松部長が特別に、昭のために商品を卸してくれた。

サンクでは、マンションメーカー独特の変わった服があった。

東京では斬新で受けるかもしれないが、田舎では難しいデザインばかりで、なかなか売れそうにない。

しかし、片岡先輩が、売れ残りだが3万円のドレスを3千円にしてやると言ってくれたので、昭は3着だけ買って帰った。

結局、全ての仕入れ価格は80万円。

手元に残ったのは、わずか8万円になっていた。

昭は、この8万円を元手に、故郷で新たな挑戦を始めることになった。


ブティックの開店準備と同時に、昭は東京アパレル時代に知り合った、他社メーカーの販売員、鍋島洋子と結婚した。

彼女は昭よりひとつ年上の26歳で、ファッションに詳しく、売り場での会話も上手だった。

昭は、彼女が独立した自分のブティックで大きな助けになるだろうと考えていた。

また、自分で商売をするには、いずれ銀行からお金を借りる必要が出てくる。

その際、既婚者の方が借り入れがしやすいと聞いていたため、ちょうど良いタイミングだとも思い、東京生活時代の付き合いが半年ほどだったが、結婚を決めた。

ただ、彼女の実家は東北で、両親は幼い頃に亡くなっていた。

そのため、昭の地元での結婚式には、彼女の姉2人と友人の3人しか出席できず、昭も両親と兄弟だけのシンプルな結婚式となった。

こうして、いよいよブティック「アドレ」の開店を迎えた。


「アドレ」とはフランス語で「とても愛している」という意味で、昭は、以前から、グラシェラ スサーナのアドロと言う曲が大好きで、何とかその歌に近い店名をかんがえていた。


昭は、営業時間を朝8時から夜9時までと設定した。

地方のほとんどの店が午前10時から午後7時までだったため、近所の人々が口々に

「どうしてそんなに朝早くから夜遅くまで店を開けているのか?」と尋ねた。

そのたびに昭はこう答えた。「この町は、一つの大企業に勤めている人がほとんどで、みんな自転車で通勤してるから、誰も店を開けていない朝早くから開けていれば、通勤の時によく見てもらえる。

夜は、みんな店を閉めて真っ暗な中に、うちだけ煌々と電気を点けていれば、よく目立つから良い宣伝になるんです」


開店初日には、親戚や知り合い、近所の人々が訪れてくれ、そこそこの売上を上げた。

しかし、それも2日目には来店がほとんどなくなってしまった。

昭は、洋子に店を任せ、自分はライトバンに乗って街へと繰り出した。

スピーカーからは大音量で音楽と、吹き込んでもらったテープが流れる。

音楽は当時流行っていた、一度聞いたら忘れられない

「オゥ、よう来たのう」

などという強烈なセリフが入った歌だ。そのセリフに人々が「何事?」と立ち止まると、すかさず「この度オープンしたブティック・アドレです。最新の東京のデザインのお洋服を多数展示販売致しております」という内容が続いた。

宣伝をしながら市内を走り回る途中、昭は知り合いの病院や職場などを訪問した。

昼休みの時間に「洋服を持ってくるので、展示させてください。もし気に入ったものがあれば、購入していただき、分割で結構ですから毎月集金に伺います」と交渉して回った。

兄の勝也の紳士服の得意客、生花教室の先生、旅館の仲居さんなど、彼の顧客の輪は徐々に広がっていった。

当時、ローン会社がなかったため、全て個人分割での集金方式だった。

昭は、東京での経験と、故郷での人脈を活かし、ゼロから顧客を開拓していった。


ブティック「アドレ」を始めてから、何とか1年が過ぎた。顧客は少しずつ増えてはいたものの、内情はまさに火の車で、その日の夜の食費にさえ困る毎日が続いていた。

売上は確かに少しずつ伸びてはいた。

しかし、店に来る客の多くが、昭の母親の知り合いだった。

彼女たちは口々に「あんたが峰岸さんの息子さん?まあ、いいものをいっぱい置いているわねぇ。今日は、これとこれを貰うわ。6回払いにしといてね。毎月5千円ずつ持ってくるからね」と言って、商品を持ち帰っていく。

最初の1回は律儀に持ってくるのだが、次の月には「今月は3千円しかないの。来月は、今月足りない分も足して持ってくるからね」などと言い、そのまま来なくなることが多かった。

そんな客が増えていき、住所がわかるので集金に行っても、なかなか払ってくれない。

無駄な集金の時間ばかりが過ぎ、売り掛けばかりが増えて、1年経った頃には、仕入れの金も底をつき始めていた。

そんな内情を知る由もなく、父の一郎がある日、店にやって来た。

「昭、あの貸した金、返してくれ。英一も、金を貸せと言うて、こないだも金を貸して、ワシも小遣いが無いんじゃ。今週中に、残りの金、返してくれ」

昭は耳を疑った。

「それは無いやろ。まだ半年以上あるやないか。約束が違うやろ」

「そんなこと言うても、ワシもお前にも英一にも金を貸して、金のなる木を持っとるわけじゃ無いんじゃけん、返してくれ」

一郎はそう言って、店を出ていった。

昭は腹が煮えくり返る思いだった。

今晩の洋子に食べさせるおかず代や、明日からの店の営業、そして仕入れのことを考えると、寝付かれそうになかった。

翌朝一番で、昭は銀行へ向かい、借金の交渉をした。

店の運転資金が必要だと訴え、これまでの売上を見せた。

売上はそこそこあること、そして峰岸紳士服店の息子であることも手伝って、何とか100万円を貸してくれることになった。

しかし、これで一時的に資金は確保できたものの、売掛金だけが増えているという根本的な問題は解決していなかった。

銀行から金を借りた翌日、昭は父・一郎の前に立ち、残りの80万円をテーブルに叩きつけた。

「金返したで。もう、貸し借りなしじゃ」

昭の言葉に、一郎は疲れたように言った。

「英一にも、借金を頼まれて、しょうがないんじゃ。あいつは、営業をしてくる言うて、毎日雀荘で麻雀しとるんや。今まで、背広を1着も売ってないけん、そのことを言うと、この間も、窓ガラスを手で割って、自分の手から血をいっぱい出して飛び出したわ。ワシも、もう、あいつのことは怖いんじゃ」

一郎はそう言って、力なく下を向いた。

昭も、何か言いたかったが、自分にも自分の生活があり、それどころではなかった。

ただ黙って、峰岸紳士服店を出た。

家では、ご飯とふりかけだけの晩ご飯が待っていた。

女房の洋子も、何も言わず、黙ってふりかけご飯を食べるだけだった。

それでも、何とか凌いで、2年が経過した。

売り掛けがドンドン増えて、480万円の売り掛けになり、毎日集金に明け暮れるようになっていた。

食事は、相変わらず、ふりかけと、近所からの貰い物の漬け物がほとんどの日々が続いた。



 

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