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今宵も星は、黙して灯る  作者: 七瀬 尚哉
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第3の人生 終の住処へ

フルマラソンから帰った昭は、何か虚しさを感じていた。


自分は、何をしているんだろう?

この60年間、色んな事があった。

生まれてから、自分は、何をしてきたんだろうか?

生きる為に、一生懸命働いて、ある時は、食べる事にも精一杯で、そうかと思うと、何不自由なく、好きな物が買え、自分の為に、人の為に、様々な事をして来た。


それは、結局、自分が生まれて来たから始まった事で、もし、自分が生まれて来ていなかったら、こんな苦労はせずに済んだのでは無いか?


俺は、何の為に、親も望んでいなかったのに、生まれて来たのだろうか?

かと言って、命を消す理由も、度胸もない。

命ある限り、金を儲けて、贅沢をしたい。

でも、ある程度の贅沢はして来たけれど、その上は?

限りがない。


昭は、いつも、井上陽水の、「限りない欲望」と言う曲を思い出して、人間には、上を見ればキリが無い!と言う事を思っていた。

今まで、生きる為に、色んな事をやってきて、次は?次は?と、いつまで続くのか?

フルマラソンを終えて、気付いた。5Km走って、次は10Km、次は後10Km、やっと42.195Km完走したら、次は何をする?100kmマラソン?永遠と続く欲望。


確かにお金は欲しい。

だけど、幾ら?

それは、無限に。

そんな事をしていたら、人生に限り無い。

その日1日過ごせたら、それでいいんじゃない?

折角与えられた人生なんやから、自分の思う通りに、自由に生きた方が楽しいんじゃ無いか?

人生は、無限に続くわけじゃ無い。

それだったら、自分が楽しく生きるのが一番の人生じゃないのか?

そうだ、全てを辞めて、初めからやり直してみよう!

朧げながら、昭は、何かが分かってきたような気がした。


ある日昭は、華に打ち明けた。

「突然なんじゃけど俺、田舎に住むわ。」

「えっ、何で?」

「何か、今までの人生は、違う気がしてきた。」

「そうね、今までの貴方見てたら、何か、生き急いでるようで、怖いもんが有ったわ。」

昭の突然の提案に、華も、何か感じていたようで、同感するように言った。

「それで、どうするの?」

「田舎に住んで、自由に生活しようと思う。」

「貴方がそれで良かったら、それでいいんじゃない?私は別に何も望みは無いし。」

「そやけど、俺には毎月6万円の年金しか無いんやぞ。お前はまだ若いけん、年金がないけん、2人で6万円やぞ?」

「田舎暮らしやから、物価も違うし、足りんかったら、チョット働けばいいんと、違う?」

華は、簡単そうに言った。

「ホンマにええんか?俺ら2人だけやぞ。」

「どうせ、年取ったら皆んな夫婦2人だけよ。子供が居っても皆んな、自分達の生活があるけん、親の事まで、面倒観れんわよ。その時は、その時よ。」

華が、あっけらかんと言ってくれたので、昭は、チョット肩の荷が降りた感じがして、ホッとした。


それからの昭は、全ての店の明け渡しに奔走した。

リフォームの店3店舗は、本部に話をして、関西で、12店舗経営しているグループに、スタッフも、機械も全てそのままで、譲渡した。

そして、キャッツアイ リターンは、スタッフの1人が、跡を継ぎたいと言うので、そこも、全てそのままで、譲渡した。


全てを譲渡した昭は、その年の11月22日に、市役所で、婚姻届を出す事にした。

11月22日は、(いい ふうふ)と言って、婚姻届を出す人が何組か居て、結構混雑していた。

婚姻届を書いていくと、下の欄に立会人と書かれた箇所があり、それも2名。

そんな事とは知らず、2人で顔を見合わせて、「どうする?」と、一瞬悩んだが、そうだ、1人は兄の勝也になって貰おうと思い、早速勝也に電話を入れて、事の内容を伝えた。

今までに、勝也にも、華との結婚について相談していたので、即OKしてくれて、名前は、昭が書き、印鑑は、昭が常に峰岸の印鑑を持っていたので、それを押して終了したが、さて、あと1人!

「あと1人どうする?誰でもと言う訳にもいかんし、誰かおらんか?」

「私も、心当たり無いわ」と、2人で悩んでいると、背後から急に「アレ、峰岸さん、何やってんの?」と、声が掛かった。

それは、M21のメンバーで、昭のバンドメンバーのドラムで、楓ちゃん募金代表の中江家さんだった。

「オゥ、中江家さん、丁度良かった。今日、婚姻届出しに来たら、立会人が2人居る言うのんを聞いて、1人は兄貴になって貰ろたんやけど、もう1人居るらしいんで、どないしょう?と思とったとこなんや。立会人になってや。」

「えー、おめでとうさん。俺でええの?こんな大事な事に。」「ええなんか言うもんじゃ無いわ、コレも何かの引き合わせじゃ。頼むわ。」

「よっしゃ、ほんならサインするわ。」と、快くサインしてくれた。

「ほんで、何処に住むの?」「まだ決めてないんやけど、どっか田舎に行こうと思て。まっ、決まったら連絡するけん、遊びに来てや。」そう言って、別れた。


昭と華は、田舎暮らしをする場所を探す為に、ネットで、色んな所をさがしたけれど、結局、山より海が良いね。と言う事になり、和歌山、淡路島、しまなみ、岡山、長崎と、見て回ったが、しまなみ海道の景色に感動して、大島の中で探す事にした。


瀬戸内海の穏やかな海と、周りの小高い山の景色が飽きさせる事もなく、ここだったら、何とか終の住処に向いているんじゃ無いか?と考えて、今度は古民家の空き家を探し始めた。


田舎の事だから、空き家は沢山あり、不動産屋さんでも、訪ねたが、不動産屋さんも、中々いい話が出て来なかった。

仕方がないので、2人は揃って、民家を一軒一軒一訪ねてみた。

「すみませーん。こんにちはー。」

と、オバチャンが、ドアを少し開けて、顔を半分出して「ハイハイどなた?」

「すみません、この辺りに、何処か空き家で、売ってくれるような家は無いですか?」昭がそう言うと、「さぁ、私ゃ知らないね。」そう言って、ドアをピシャリと閉めた。

2.3軒回ったが、全て同じ対応。

昭が首を傾げて、「えらい、つっけんどんやなぁ。何でや?」そう言うと華が、「そんな背広着て、指輪して、セカンドバッグ持った人見たら、田舎の人は、怖がるんと違う?」

「そうかなぁ?俺は、静かに丁寧に言うてるんやけどなぁ。」「今度は、私が行ってみようか?」

「オゥ、そうしてみ?」と言う事で、華が行ってみた。

昭が、物陰からそっと見てると、オバチャンが、ドアを目一杯に開けて、外まで出て来て何か指を刺して話している。

華が帰って来たので聞くと、「丁寧に教えてくれたわ。あそこの家の人に聞いたら、ひょっとしたら何か知ってるかも分からんけん、行ってみな?と教えてくれたわ。やっぱり、怖かったんやわ。」

「そうかいなぁ、俺は、優しそうなんやけどなぁ。」

2人で、教えてくれた家を訪ねた。


その家は、すぐ近くに有った。

家のチャイムを押したが、一向に返事がない。

もう一度チャイムを押して、静かに耳を澄まして家の中の音を聞いても、チャイムの音は聞こえない。

「これ、壊れとんのと違うか?」そう言って大声で「ごめんください。」と、言うと、直ぐに「はい。」と言って、1人の男性が出てきた。

「すみません、何回もチャイムを押したんですけど。」

「あぁ、それはもう、とっくの昔から壊れてるんよ。まっ、皆んな勝手にドア開けて入ってくるけん、そんなん、いらんのやけどな。」笑いながら、そう言った。

「それより何?」

「すみません、実は、この島に移住したいんで、どこか、古民家が有ったら売ってくれんかなぁと思って訪ねたら、ここを教えてくれたんで。」

「ウチを教えたてて、無責任な。そうじゃなぁ、空き家は一杯有るけど、中々売ってはくれんわなぁ。」

「何でですか?」

「そりゃあんた、先祖代々の家やから、迂闊に売ったりしよったら、やれ金に困っとるじゃ、何考えとんじゃ、とか、色々言われるけんな、そりゃ難しいと思うわ。」

「そうですか、それでも、そこを何とかならんですかねえ。」

「ほしたら、どうせワシも暇やからチョット色々回ってみるか?」

そう言って、2人の車に乗り込んできた。

「ありがとうございます。」

村上 幸吉と名乗るその人は、島の中をぐるぐる回らして、5.6軒紹介してくれたけど、

「ワシの目の黒いうちは売らん。」とか、「ワシの代で売ったら何言われるか分からん。」とか、挙げ句の果てには、傾いた家で「この家は100年前の家じゃけん、大黒柱も、エエのんを使うとるけん、1700万円じゃ。」とか、べらぼうな金額を言ってきたりして、結局は、見つからない。

村上さんも、「なっ、結構無いもんじゃろ?さっきの家なんか、あんなんで1700万言うたら、住めるかどうか分からんのに、住めんかったら壊さんと、あかんし、壊し代だけでも、大分掛かるのに、よくボケにボケてからに、困ったもんじゃ。あんなんやから、島は、いつまで経っても変わらんのじゃ。」と、怒りの混じった声で、言った。


昭と華は、困って、

「どうするかなぁ?」と言うと、村上さんが、「いっその事家建てたらどう?それやったら、俺の叔父さんが持っとる土地が有るけん、そこを見てみん?」と言って、海岸近くの土地に案内した。

確かに海までは歩いて1分で、土地も広くて、周りに人家は1軒しか無くて、静かな所だった。

「ここは何坪ですか?」

「そうやな、大体200坪くらいやろう。」

「ほーっ広いのう。」2人は顔を見合わせて、仕方ないか?と言う顔で、頷いた。


陽当たりも良く、海にも近く、静かで、思い描いていた理想の土地では有ったが、上の山から段々になって、かなり下がっているので、80cmほど土を入れないと、海は見えない。その事を村上さんに言うと、

「分かった、ワシも乗りかかった船じゃ、盛土を入れて、周り全部に、セメントで擁壁も作ってあげるわ。」

そう言うので、2人は、その土地を購入して、新築の家を建てる事にした。

家は、2人暮らしなので、平屋にし、掃除が大変だと言う事もあって、部屋も2部屋だけにした。

その時初めて、平屋が2階建ての家より高い事を知った。

お金は、松山のビルを売ったお金で支払い、あと、多少のお金が残った。

翌年の3月3日に引っ越しをして、初めての夜を迎えたが、

瀬戸内海に面した島で、暖かく過ごしやすいと思って引っ越してきたにも関わらず、松山と比べると、メチャクチャ寒くて、エアコンの暖房を入れて、蓄熱暖房も入れて、それでも足が冷た過ぎて、ガタガタ震えるので、床にもホットカーペットを入れて、やっとテレビを見れる環境になった。

「ホンマにこんなに寒うて、これから、住めるんだろか?」

「私も、こんな寒いとは思わなんだわ。」2人は、後悔しながら眠りについた。

そんな日が2.3日続いた後は、気候も良くなり、暖かくなってきた。


朝からは、鶯が鳴き、風が穏やかで、何と言っても、空気が美味い。

すると、見知らぬ人が、次から次へと、色んなものを持ってきてくれる。

特に隣のミカン農家さんは、伊予柑、八朔など、キャリーに一杯持って来てくれ、色んな人と顔見知りになり、お友達になった。


松山から移住して来た当初2人は、最初、ミカンが一杯出来ているのを見て、凄いなぁと思い、せめて1個食べたいと思ったけれど、それは、農家さんの売り物だから、無理だと思い、せめて、下に落ちているものでも、取ってはダメだろうと思い、道に転がっているミカンを拾って食べようとすると、それを見ていたオバチャンが、

「あんたら、何しよん?」と言うので、慌てて、

「すみません。道に落ちとったけん貰うてもええんか?と思て、拾うたんやけど、すみません。」と、謝ると、「何言いよん。そんなん捨てて、コッチヘおいで。」そう言って2人を、オバチャンの家の倉庫に連れて行って、「そんな落ちとるもん取らんと、コレ持って帰り。」そう言って、ミカンを袋一杯くれた。

昭が、驚いて、「ええ、ええんですか?コレ売り物でしょう?」そう言うと、「規格外やから、農協さんが取ってくれんのよ。どうせ捨てるもんやから、持って帰り。せやけど、味は一緒やからね。」

昭と華は、顔を見合わせて、「いいんですか?ほしたら、遠慮なしに貰って帰ります。」と言うと、「ところで、アンタら、何処の人?」と、聞くので、「今度、この下に引っ越して来た峰岸です。宜しくお願いします。」「あーあ、あの下の新しい家?そうか?そしたら尚のことや、ミカンいるんなら、あんな落ちとるもん取らんと、いつでも言い。その代わり、企画外の、もんじゃけど。」そう言って、色々、この島のことを教えてくれた。


最初のうちは、島に移住した2人に会いに、今までの友人達が、次から次へと遊びに来て、賑やかな日々が続いた。

折角会いに来てくれたのだから、昭は、精一杯のおもてなしをして、民宿を借りて、一緒に泊まり、夜遅くまで、食べて、飲んで、楽しい日々を過ごした。

当然、わざわざ遠い島まで来てくれたのだから、支払いは、全て昭が払うのが決まりだった。

大体、1回の接待に、飲食代、宿泊費、観光費を入れると、約10万円掛かったが、それも、致し方のない出費と心得ていた。

それでも、月に3組ほど来ると、結構痛手になっていた。





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